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いつのまにか執事デビュー

 次に案内されたのは、今度こそ豪華な絨毯敷きの一角だった。重厚なドアがあり、横には衛兵が立っている。

 隊長は敬礼する衛兵にうなずきかけ、そしてドアをノックして中からの返事を待つ。

 ドアが開いても、またしても広い背中に邪魔されて中が見えない。くっそ、早く噂の皇太子様を生で見てみたい!

 しかしそこは、表向き「執事」たるもの、表情には出さず、静かにその時を待つ。

「レイ様。執事のリーセント・スペンサーを連れてまいりました」

「リーセント・スペンサー?」

 訝るような男性。あれ、この声、なんとなく聞き覚えが。

「わたしは『リン・スペンサー』をわたし付きにしてくれと言ったのだが?」

 へ、わたし?ひょいと視界が開けた。また隊長が横にずれたらしい。だけど王族の前で、真っ正面から顔を見るわけにもいかず、わたしは礼儀正しく斜め四十五度を維持し、三メートルくらい向こうの絨毯を見つめていた。

「はい。彼が通称『リン・スペンサー』です」

 おおい、なんだよそのこじつけ。つうか、別に男装する必要あったの?ここを辞したら、胸ぐらつかんで問い詰めてやるぞ、隊長め。

「お初にお目通りいたします、リーセント・スペンサーでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 深々と一礼。なんとなく怖くて、声がかかるまでその体勢維持。長い沈黙。うう、この状況どうしたらいいの?

「へぇ、通称リンねぇ。・・・顔を上げて」

 声に雷雲を感じるのは気のせいじゃないよねぇ。わたしは恐る恐る顔を上げた。

 バチっと目が合う。むぅ、やはり見覚えあるなぁ、この人。先日会った時は確か黒髪だった。

 今は豪奢な長めの金髪が波打って、白い卵形の輪郭を額縁よろしく縁どっている。

 形のいい顎を、肘をつき、組み合わせた両手の甲に置いてこちらを見る目は、先日の事情聴取の際にも見た鋭さだ。本当の金髪ってこの人みたいなのを言うのよねー、なんてのんびり違う事を思っていないと、緊張が外に出てしまう。

「リン、こちらが我が国の皇太子、レイモンド・ヘンリー・アーク様だ」

 なるほど。やはりこの間侍女選考を覗き見してた変態ヘンリー様だ。だから女版リン・スペンサーも知ってるわけね。

「女性のリンはどうしたんだ?」

 わたしを睨みながらレイ様が訊ねるのに、クロー隊長はヌケヌケと言う。

「彼女は期間未定の任務へ出ております」

 確かに任務についてるけどね、ここで。

「彼も団員?」

「ええ、以前から所属しております」

「へえ初耳。わたしは確かヘンリー団の長だったと思うけど?」

「はい、間違いございません。また、組織についての運営と人選についてはわたしに一任されていたかと」

 まぁ、言ってることは嘘ではない。ただ巧妙に言うべきことを言ってないだけで。この辺り、ほんとに隊長は凄い技術を持っていると思う。

 わたしは度々こうして任務に就いてから中身を聞かされたり、自分のなりすます役について説明されたりしてきた。内容を言うと絶対拒否るだろうなという時に限ってこの仕打ちをされる。

 今回もそのパターンらしい。恐らく複雑な任務なのだろう事が予測されて、わたしはこっそりため息をついた。

「で、なんで今さら執事?」

「はい、それですが」

 クロー隊長は深刻そうな顔をしてみせる。

「陛下の弟君が」

 言った途端、レイ様は腕を解き、背もたれに寄りかかった。

「また叔父上か。で、今回は何を企んでいそうだと?」

 つい先日も武器の密輸をしてたよね、おたくの叔父さん。

 わたしは皮肉な思いで2人を見つめた。

 ぶっちゃけ、毎回王弟の企みが発覚するたびに駆り出されるのは我々スペンサー団だった。そして尻尾を掴んで証拠を提出しても、一向に王弟が処罰されたという話は聞かない。いい加減、王族だからって甘過ぎると思うんだけど。

「ようやく、レイ様を消すことが王への近道だと気づいたらしく、どうやら暗殺を考えているようです」

 遅っ!普通ソコから行かないかな、王弟さん。

「なるほど。現国王を引きずり下ろすのは最早無理と諦めて、次期王を目指すことにしたのか。兄への拘りは消えたのかな」

 レイ様は面白そうにクスリと笑った。

 王弟は物心ついてからずっと、異様に兄にライバル心を燃やし続け、事ある毎に如何に自分が兄より優れているかをアピールしようとしてきた。自分が勝つためには手段を選ばずやってきた事は見事に兄に看破され、世間にバレまくった挙句、国民の信頼をどん底まで失墜させたのである。それでも本人は懲りずに今に至るという訳だ。

「結果王になれれば良いと考え方を変えたのでしょう。とにかくそういう動きがありますので、この際更にレイ様の身の周りを固めたいと存じまして。しかし護衛を増やすのは、陰謀がバレていると表明するようなものですし、この度はスペンサー団より執事を派遣することにしました」

「では女性のリンでも良かったではないか」

 ブスっとして呟くレイ様に、クロー隊長はニヤリと笑い返す。

「レイ様は絶対に侍女リンにチョッカイを出されようとするでしょう。今回はそれが命取りになります」

 チョッカイって・・・それってレイ様はわたしを気に入ってくださってるってこと?ああ、今すぐ正体を明かしたいっ!

「執事リンをつけておくことで、この者に取り入ろうとする者、排除しようとする者が出てくるでしょう。今まで散々王弟には証拠を隠滅され、逃げられてきましたが、それはこの宮廷内に内通者がいるからです。今回はその者たちを選別し、一網打尽にするのが目的です」

 侍女リンも執事リンも同一人物ですけどね。ああなんだか面倒くさい。

「リンも役目はわかったか?しっかりとレイ様の御世話をするように」

「かしこまりました」

 わたしはバカ丁寧に頭を下げて見せた。


 早速その夜は王宮で舞踏会が開催されるらしかった。

 わたしは不機嫌を絵に描いたようなレイ様の着替えを手伝う。それにしても外から見る皇太子とここに無言で突っ立っている金髪の彫像のギャップったら。

 こっちが本当の姿なんだろうけど、これのどこが太陽だってくらい冷え冷えとした雰囲気を辺りに振り撒いている。

 タイの形を整えながら、このままグエっていうまで絞めてやろうかってくらい可愛いげがない。

「お支度調いました」

 一礼して離れると、大きな姿見の前でざっと上から下まで眺め、そして鏡の中のわたしを睨み付ける。

「何をしている、お前も来るのだ。急いで用意しろ」

「は?いえ、わたくしは執事ですので・・・」

 侍女だって主人について舞踏会会場に入ったりはしない。お呼ばれしたときにはお付きの者専用の部屋で出された食事をいただきながら待っているし、ましてや自分の屋敷で主催するならば、パーティーの準備や裏方はしっかりして、あとはホストの主人がもてなすのが普通だ。王宮主催ともなれば、王族付きの侍女や執事は主が部屋に戻るまでは自由時間になる。

「任務を忘れたか?お前は()()()わたしに付いていなければならない」

「・・・かしこまりました。すぐに準備いたします」

 わたしは頭をさげ、退室のため踵を返した。

「初日から主人を待たせるとは、大した執事だな」

 こんのやろう!誰だ、こいつを非の打ち所のない太陽皇太子なんて言ったのは?!

「どちらにせよレイ様の会場入りは開始から一時間ほど経ってからですので、あと二時間ほど余裕がございます。軽食を準備させますので、こちらでお召し上がりになりながらお待ちくださいませ。後ほどお迎えにあがります」

負けない!絶対に!わたしはもう一度踵を返し、優雅に頭を下げながら言った。

「一人で食事をさせるつもりか?」

「お寂しいですか?でしたら侍女に話し相手になるよう申し伝えますが」

 へへーんだ、そんなに睨んだって怖くないやい。わたしはわざとニッコリ笑って首を傾げる。

 さっきレイ様の着付けを手伝う時、初めて自分の姿を確認して、思わず固まってしまった。

 ・・・イケてる、マジで。黒髪、黒目は変わらないが、心なしか顔が骨張っているようだ。女性にしてはわたしも背が高い方だし、正直レイ様の金髪と並んでも別の魅力があって見劣りはしないと思う。うっとりと自分の姿に見とれそうになり、不審げなレイ様の視線で我に返ったくらいだ。だからこの笑顔の威力もわかっている。

「・・・必要ない」

「ではお時間までゆっくりお過ごしください。わたくしは少し席を外します。ご不安でしたら・・・」

「必要ないっ!」

 笑顔、一礼、退室。ふっ、勝った。

「おうふっ?!」

 ドアの向こうににやにや笑いのクロー隊長が立っていたので、素早く腹に拳をぶちこんでやった。

「隊長、打ち合わせよろしいでしょうか」

 前屈みになったクロー隊長の前襟をつかんで足早に進む。豪華絨毯の一歩手前を曲がり、ドアを開けてぐいと隊長を引き込んだ。

「ゲッホゲホ!お前・・・ちょっと加減しろよ」

「冗っ談じゃない!なんなの、あの超不機嫌!わたしだって好きで付いてないっつうの!なんでこんな意味のわかんない任務に引き込んだんですか?!」

「うーむ。完璧な美男子の口から女言葉が出るってなんかイタイな。気をつけろよ」

 眉をしかめながら襟元を直すクロー隊長。そのまますたすたと私の前を歩いていく。

「お前の部屋はここだ」

 ちょうどレイ様の部屋の真裏あたりだろうか。開けてみて少し驚いた。

「あれ、この部屋」

「ああ、お前の部屋と同じにしてある。これから長くなりそうだし、休める時は少しでも落ち着く部屋の方がいいだろうと思ってな」

 緑の絨毯敷きで手前にソファーセット、奥に執務用の机と椅子。右手に書棚、その手前には寝室へと続くドアがある。

 昔からいわゆる女性的な飾り付けを好まなかったので、どうしても茶色い部屋になるが、シンプルで使い勝手は良い。

「寝室に執事服を何着か置いてある。今日使う舞踏会用のもあるぞ」

「それなんですけど」

 わたしはさっさと寝室に入り、ドアを開けたままで今のフロックコートとパンツを丁寧にハンガーにかけ、クローゼットからキラキラと光っているものと取り替えて着替えた。さすがに化粧台はないので、姿見を見ながら髪の毛をオールバックに固める。

 化粧をしなくていいってのは本当に楽。男っていいなあ。

 準備は以上。五分もかからない。

 バシっと決まったところで寝室を出、ソファーにふんぞり返っている隊長を睨んだ。

「なんで執事が舞踏会まで参加なんですか?てかなんで侍女じゃなく男装執事なんですか?」

「おお、似合ってるな。きっと今夜はモテまくるぞ、お前」

「わかってます」

「わかってます、ってお前・・・」

 クロー隊長は呆れたように首を振ったが、そのまま別の言葉を次いだ。

「なぜお前を入れたかと言うと、護衛ではガチガチに固めすぎてあちらの入り込む隙を作らなすぎるからだ。そこまではいいな?」

 わたしはこっくりとうなずく。

「で、なんで侍女じゃないかと言うと、さきほどレイ様にお伝えした通りだ。分かったと思うが、あの方は男性に見せる顔と女性に見せる顔が違う。お前が侍女として入れば、ひたすらお前に構い続け、お前が落ちたと確信するまで傍から離さないだろう。その間お前はまともに任務に就けない。ということで、執事のお前は野心家で、仕事は完璧にこなすがレイ様に心からの忠義を誓っているわけではない、という設定だ。陛下が他国を訪問したとき、完璧な執事っぷりを見て惚れ込み、たっての願いで招聘されたということにしてある。そろそろ皇太子妃も決めてほしいのに一向にその気がない我が子に焦れて、お目付け役をつけた、ということだな」

「あれ、あの方、結構浮き名流してなかったっけ」

「ああ。しかしどれも遊びで終わっている。もしお前の執務中に本気になりそうな女性が現れたら、それは別件として報告してくれ」

「わかりました」

 こうして侍女生活はいつの間にか執事生活へと入れ替わって、わたしの任務はスタートした。

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