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潜入?

「・・・で、一体どうしてこうなった?」

 クロー隊長の低い声がわたしを鞭打つ。

  わたしはスペンサーの屋敷に戻り、自分の部屋の真ん中で立たされ、背もたれの方にまたがるようにして座り、腕を乗せてその上に顎を乗せている状態のクロー隊長の取り調べ(?)を受けていた。

「だからですね、不可抗力だったんです。不審な女を追っかけていったら、ヘンリー様を襲ってたんで、つい助けちゃっただけで。ほら、追っかけた以上、見過ごすってわけにもいかないじゃないですかぁ」

 クロー隊長の盛大なため息が、組んだり解いだりしている自分の手を見ているわたしの前髪を揺らす。肺活量もすごいな、この人。

「おまえなあ、あれだけ目立つなって言っておいただろうが」

「目立ってはないですよ?だってみんなの視界からは消えてたわけだし?わたしが女を拘束するのを見ていたのはヘンリー様だけだし。衛兵はその後来ただけですからねえ。あ、クロー隊長、ドアの外にいた衛兵が部屋の中の異変を感じ取れないっていうのはおかしいと思うんですよね。もしかして衛兵もグルとか?」

「今はそんな話はしていない。というか、あの部屋はそもそも利用しない予定の空き部屋で、衛兵は隣の試験会場を中心に詰めていたのだから仕方ないことだったのだ」

「えー?ということは、ヘンリー様がそもそも、いちゃいけないところにいたってことじゃないですか。じゃああのボンボンも怪しいですね。何をしようとしてたんだろう」

 腕組みをして考えているところに、また盛大なため息が飛んで来た。

「ヘンリー様にもきつくお伝えしておいたが・・・しかしよりにもよってなぜあの方なのだ」

 意味がわからない。首を傾げつつクロー隊長の言葉を待ったが、ため息をつきながらわたしを見て、何か言いかけてやめる。

「まあ、王宮に上がればわかることだ。お前はすでに配属先も決められてしまったしな。・・・それがお前の運命なのだろう」

 運命。また大袈裟な言葉が出てきたなあ。その時のわたしはそれくらいにしか考えていなかった。


 数日後、合格証と召喚状が届いて、わたしはいよいよ王宮に上がることになった。うん、そこまではいい。けど、届いた箱の中見を見て、首を傾げることになる。

 白シャツに黒のベスト。フロックコートと、そしてパンツ。むう。どう考えてもこれは男物で、そして執事服では?

 そこにタイミングをはかったかのようにドアがノックされ、クロー隊長が入ってきた。今朝は珍しく正装している。私服だろうが正装だろうが、いつも全身黒いけど。

「おう、届いたか」

「隊長、届いたか、じゃないです。これ変です」

 フロックコートをつまみ上げて見せる。実は王宮のお仕着せの侍女服、かわいいなあと思っていたので、着るのが楽しみだったんだけどな。

「変じゃないぞ。お前はこれから執事としてお仕えするのだからな」

「執事・・・って、できなくはないですけど、女性の執事ですか?」

「いや、男の」

 ・・・この人また難題を言ってきたよ。このわたしに、男装して執事として働けとか言ってるのか。

「数年前ならなんとか男でも通せたかもしれませんけど、わたしこれでも、出るとこ出て、くびれるとこはくびれてますよ?声だって男にしては高すぎますし、ちょっと無理がありません?」

「そこでこれだ」

 と胸元から取り出したのは、小さな袋だった。ひょいとわたしに投げて寄越す。

 中を開けてみると、小指の第一関節くらいの大きさの丸薬が入っていた。

 飲むには結構な勇気のいる大きさだ。

「それを飲むと、その長い髪が短髪になり、そして男性の声になる。つまり魔法薬だな。超貴重なものだから、絶対になくすなよ。首から下はさらしを巻くなりなんなりして対処しろ。それはできるだろう」

 魔法?はい、あります、この国には。というか、あると言われていますと言った方が正しいかもしれない。生まれてこのかた、この目で見たことはないけれど。

「効果は一週間。しかしお前の意識がなくなると元に戻る。だから寝る時には絶対に鍵をかけ、侵入者を許すな。くれぐれも効果が切れる前に次の丸薬を飲むんだ。わかったか」

「そうまでして行かなきゃいけないんですか?男性がいいなら、別の団員に頼んでも・・・」

「いや」

 クロー隊長が言葉の途中で首を振る。

「お前でないとダメなんだ。苦労をかけてすまないが」

 そっか。ま、そこまで期待されてるなら仕方ない。わたしはわかりましたとうなずいた。

 わたしが男装執事になって宮中で仕えることは、クロー隊長以外に、王様しか知らないことらしい。ということで普通の服で食堂へ降りていくと、団員の皆が待っていてくれた。

「あれ、お仕着せで行かないのか」

「うん、汚れるのいやだし、あっちで着替えるよ」

 大柄のジョンさんは早くも涙ぐみながらわたしの肩をポンポンと叩いた。

「そうか。・・・いいか、リン、王宮に上がれば簡単には城外に出られない。辛いこととか悲しいことがあったら、手紙を寄越せ。俺が忍び込んで愚痴を聞いてやる」

「おう、俺もそうしてやるから、誰に愚痴を聞いてほしいのか、ちゃんと指名しろよ?暗殺したい嫌な上役がいれば、それも書いておけば俺が何とかしてやるからな」

  やめてよ。団員の皆の温かさが身にしみて、わたしも泣きそうになるじゃん。

「こらこらお前ら、宮廷に仕える騎士でありながら、何という物騒なことを言ってんだ。リンは別に、ここから抜けるわけじゃない。活動の場所が移るだけだろうが。・・・けど手紙は寄越せよ」

 スペンサーさんの優しい微笑みに、わたしの涙腺は決壊した。考えてみれば、物心ついてから、わたしはこのスペンサー楽団から出たことなどなかった。いつも皆に守られ、隠密活動中も、長期にわたって単独で行う任務は別の人間に与えられた。これは本当の旅立ちなのだ。そう思うとたまらなく淋しい。

「うえっ・・・っく・・・今までありがとう、スペンサーさん、皆」

「ほらほら、お前は泣くと本当にブサイクになっちまうんだよ。しっかりと涙を拭いて、これからは一人前のスペンサー団員として活躍してくれよ」

 スペンサーさんは優しくわたしの涙を拭いてくれた。

 そうやってわたしは家族の元から旅立った。


「とは言っても、うちから王宮までは歩いていける距離だけどね」

 数分後、わたしは隊長と共に宮廷に勤める人間専用の入り口から王宮へと入っていった。

 入ったすぐそばに小部屋があり、わたしは荷物と共に押し込まれ、着替えるように指示された。さらしを巻いてシャツとベストを着込み、そして丸薬を一粒、つまんでみる。やっぱりでかい。あれ、水もらってないけど、窒息死しろってことですかね?

「隊長隊長、水!」と小さく声をかけてみると、扉の向こうからも同じように潜めた声が戻ってきた。

「魔法薬ってのは口の中に入れたら術式が溶けて体に染み込むんだよ!さっさと飲め!」

 へえ、つまりこれって、見た目丸薬だけど、言い換えると文字の固まりみたいなもん?わたしは半信半疑のまま、えいとばかりに口に放り込んだ。するとたちまち固形のものは消えてなくなる。味も臭いもしなかったけど、確かに髪が縮んだ感触があり、うなじをさわってみると、ザラリと綺麗に刈り込んだ感触が返ってきた。

「ほう、すごいな」

 思わずひとりごち、ぎくりと体がこわばる。今の声ってわたしが出したんだよね。反射的に他の人間がいたのかと思ったくらい、本当の声からかけはなれた、低くて素敵な声だった。

「おい、まだか?」

 外からイラついた小声が急かすので、渋々ドアを開ける。

「遅い!人に見つかったら・・・」

 言いかけたクロー隊長の口があんぐりと開き、そしてまじまじとわたしを上から下まで眺めた。

「ほう・・・お前が男になるとこうなるのか。なかなかイケてるじゃねえか。俺ほどではないにしても」

「変じゃないです?ここ、鏡ないから自分の姿、まだ確認できてなくて」

「おお、声もバッチリだな。恐らく宮中の女たちが騒ぐくらいにはいい男になってるぞ」

 クロー隊長はニヤリと笑うと、遅くなったからと急ぎ足でわたしを先導し、豪華な絨毯の敷かれた一角へと連れていった。

 あと一歩で絨毯の感触が確かめられると思った直前で急に左へと曲がり、柱の裏へと誘導される。残念ながらそこから先はレンガ作りの通路であり、つまりここが宮中で下働きをする者たちの専用通路というわけだ。少し進むと粗末なドアがあり、クロー隊長はノックをすると返事を待つ間もなく中へと入っていった。

「おう、ちょっといいか」

 中には数人の人がいるようだった。クロー隊長の大きな背中で見えないけど。

 ひょいと視界が開け、大きなテーブルの周りに座る人々と目が合う。そのとたん、皆が目を大きく開き、ついでに口まで開くのを見るはめになった。

 なんだろう、なんか変なのかな。相変わらず姿見のひとつも見つけられず、人の目に男装した自分がどう映っているのか確認できてないことはとっても不安。

「今日からレイ様付きになる、執事のリーセントだ。皆、よろしく頼む」

 ほう、わたしの名は今回はリーセントなのね。いっぱい名を名乗りすぎて、ちゃんと馴染めるか心配だなあ。おっと、とりあえず挨拶は愛想よくしとこう。

「リーセントです。どうぞよろしくお願いします」

 はい、一礼。顔を上げる時には女性だった時にたくさんの男を魅了した(はずの)とっておきの笑顔を添えて。

 かわいらしいお仕着せの侍女服を着た女性たちの頬に、ぱっと朱が散った。お?これは結構、いい反応なんじゃない?

 客観的感想を最初に述べたクロー隊長の言葉を信じると、結構イケメンに仕上がってるみたいだからね、わたし。

 そして男性陣は苦々しい顔をしている。

「隊長、またこんなやつを連れてきて、俺らのささやかな希望さえ打ち砕くおつもりですね?せっかく新人の侍女たちも入ってきて、これから俺にも楽しいことがあるかもしれないって思ってたのに。ああ、またこいつにどれだけの侍女達がやられることか」

「そうですよ!俺、町中にいるときはソコソコもててたのに、王宮ではさっぱりですからね!そもそも王族の方々が超絶美形なのに、それに加えて隊長もでしょ?王宮中の女性は、王様派、皇太子派、隊長派の三つに別れて俺らなんか見向きもされないってのに、また新たなライバルを」

 ははは、それはかわいそうに。わたしがいたスペンサー楽団は、みんな実力があり、さらに見目かたちの良い者が選抜される超エリート隠密騎士団だったから、クロー隊長レベルの男女にずっと囲まれて育ってきたのだ。それが普通だったので、そんな嘆きがあるとは思わなかったな。

「そうか?ま、こいつはずっとレイ様の後ろに控えているわけだし、残念ながらモテないと思うけどな?」

 そりゃああの有名な「太陽皇太子」レイ様とずっと比べられたら、どんな男でも霞んじゃうだろうね。

「いいえっ!」

 一人の侍女が両手を祈るように組み合わせたまま、勢いよく立ち上がった。その目は爛々と光ってわたしを見つめている。わあ、なんか身の危険を感じちゃう。

「わたくしはレイ様よりリーセント様の方が好ましく思います!」

 ええと・・・こういう場合は一応なにか答えてあげないとかわいそうだよね。

「それは光栄です、レディ」

 さすがあの厳しい侍女選考に合格した女性ともあって、どの人も美しいことには間違いない。そんな美女から嫌われるの嫌だし、とりあえず愛想よくにっこり笑っておこう。

「あ、大丈夫ですか?!」

 いきなり失神しちゃうんだもん、びっくりした。慌てて周りの人が支えてくれたから、彼女は綺麗な顔をテーブルにぶつけずにすんだ。

「・・・初日からたらし込んでんじゃねえよ、お前は」

 クロー隊長に肘で突っつかれ、わたしはそんなつもりないよとばかりに、肩をすくめて応えた。

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