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第一関門

 そしてわたしは大きな城門の前に立っていた。わたしが立っているのは少し離れているので、城門の上まで見渡すことができる。堅牢な鉄製の門は中の広大な庭も完全に隠してしまう、まさしく鉄壁で、大の大人が三人肩車をしても上までは届かない。

 普段荷馬車や貴族たちの乗った馬車がすれ違い、歩行者たちが同時にゆっくりと渡れるくらい、幅もとても広い。わたしたちと門の間には深い堀が掘られていて、門が橋の代わりにもなるので、完全に門が閉まっていれば、中には入りようがない。当然他にも門はあるのだが、今回は正門前に集合とのことだった。

 鉄扉がはまっている両側は大きな石が整然と積んであり、門が開くまですることもないわたしはなんとなくその数を数えてみたりして時間を潰していた。

 誰に言われたわけでもなく、門の近くには身分の高いご令嬢たち、その次にお金を持っている富豪の娘たち、というように、お互いの格好を上から下まで見回して、なんとなく身分順に並んでいるかたちになっていた。わたしはといえば、令嬢や富豪の娘たちが振りまく香水の香りで気分が悪くなるので、自然後ろの方に立つ。

 門までは緩やかな下り坂になっているので、後ろからは前の様子がよく見える。

 実際見てみると、門の前には赤や黄色やオレンジや、さまざまな羽やリボンのついた頭や帽子がひしめきあっていて、城門の上から見たらさぞかしきらびやかだろうな、などと思うくらいの盛況ぶりだ。この人たち、本気で侍女になるつもりで来ているんだろうかと思うくらい、絢爛豪華なドレスを来た女性も多い。

「開門!」

 中から大きな声が響き、鉄扉が重々しい音を立ててこちら側に降りてきた。そして完全に開ききった時、中の様子に皆が息を飲む。

 そこには、ずらりと机が並べてあり、その向こうに一人ずつ人が100人ほども座ってこちらを見ていたのだ。間は人が一人通れるくらいの隙間が空けてある。

 真ん中まで背の高い男性が出てきた。黒いマントをたなびかせて颯爽と歩いてくるその人は、遠目から見てもスタイルもよく、たぶんイケメンっぽい。

 ・・・うん、イケメ・・・クロー隊長じゃないかっ!

 思わず目をひんむいて相手を見る。クロー隊長は全体をざっと見渡した後、目ざとくわたしを見つけてニヤリと笑いかけた。

「このたびは侍女選考に、かくもお集まりいただき、感謝する!」

 隊長の朗々とした声が響き渡る。軍を指揮することもある立場とあっては、声が通るというのも必須条件なのかもしれない。

「今年も受験者はこのように多数のため、早速選考に入らせていただく!前には受付の人間が待機しているから、各自出身地と名前を告げるように!それからその者の指示にしたがって速やかに移動してもらいたい。では前の者から順に入ってくるように!」

 重い荷車が動き出すように、ゆっくりと人波が動き出した。わたしもそれに乗って移動していく。前を見ていると、皆必ず机の横は通れるようだが、その後奥へと進んでいく人と、左右に進んでいく人、三つの流れがあるようだった。

 20分くらい経つと、ようやく机を挟んでの会話がわかるようになった。

「名前と出身地は?」

「はい、ビュー村から来たアルマだす」

()()?」

「はい、アルマだす」

「・・・おつかれさん、帰っていいよ、左の門から出てね」

 机に置いてある紙に記入しながら係官が言った。

「ええっ?!どういうこったす?!」

 そらそうだ、ビュー村といえば、ここから歩いて一ヶ月はかかる辺境の村。それが一瞬でもう帰っていいよってのはあんまりだ。

「あのなあ」

 係官が顔を上げて、うんざりしたように言った。

「ここは宮廷の侍女選考の場だぞ。お前のような訛りがある侍女に、例えば他国の貴人の方が『舞踏会の会場はどこだ』と聞かれた時、『へえ、それはこちらだす』って案内するってのか?宮廷のお仕着せの侍女服を着るってのは、この国の代表としてどんな貴人にも対応するってことだ。覚悟がないにもほどがある。本気で宮廷侍女を目指すなら、せめて訛りは矯正してこい!次!」

 まあ、落ちた意味はわかった。そっか、そうだよねー、これ、王宮に勤める人の選考だもんね、表向きは。

 彼女はしょんぼりとして荷物を抱えたまま、左側へと移動していく。かわいそうだけど、また来年頑張りなよ、と心で声をかけながらアルマを見送った。

 ちょっと廻りを見渡すと、右の方でも揉めているようだった。どうやらそこは貴族のご令嬢ばかりが集まっている。色とりどりの女性がひらひらとドレスや扇子を振り回している様はまるで求婚する熱帯の鳥みたいだ。

「なぜ不合格なのです?!私は財務大臣の娘ですよ!無礼でしょう!」

「そうですわ、リリア様といえば、代々大臣を賜る由緒正しいフォクス伯爵家のご令嬢ですよ!それがこのような受付の時点で不合格なんてありえませんわっ!」

 周りの鳥たちも大騒ぎだ。

 遠くにいても意識を凝らして話の内容を聞く訓練がこんなところで役にたつとは思ってもいなかったが、意識せずともあれくらい大きな声で叫んでいたら、内容は筒抜けだろう。

 揉めている鳥たちに囲まれ、閉口した顔の係官の元に寄っていったのはクロー隊長だった。全身黒いから余計目立つ。わたしは興味深々で聞き耳を立てた。

「おやおや、大貴族の娘ともあろうものが、こんなに大勢の前でずいぶんとはしたない大声を上げていらっしゃるのですか?一体どちらのお嬢様でしょうね」

 にこやかに声をかけてるけど内容は辛辣よね。しかも大貴族の娘ってわかってるくせにどちらのお嬢様ときたか。

「クロー隊長!・・・この者がわたしに無礼な口を聞いたのです、黙ってはいられません!」

 財務大臣の娘ともなれば、皇太子付きの隊長の顔も知っているのだろう。ま、隠密の長だってことは、存在自体が王家の秘密だし、たとえ大臣でも知らないだろうけど。

「おや、どういうことかな?」

 隊長が形のいい頭を傾げて係官を見た。

「私は皆と同じ内容をお尋ねしただけです。出身地と名前は、と。そうしたらこのお嬢様が『私を知らぬ者など城内にいるのか?お前はクビだ』と仰るので、隊長のご指示通り、不合格と申し上げたのです」

 係官は青ざめながらも状況を説明する。クロー隊長はふむふむと顎に手を当てて二人を交互に見ながら聞いていた。

「ああ、リリア嬢、あなたはこの係官の言う通り、不合格です」

「なぜです!?」

 詰め寄るリリアと取り巻きの孔雀たちに、クロー隊長はバン、と机を叩いて黙らせた。

「よろしいか、ここは宮廷の侍女選考の場です」

「わかっています!ですから私は・・・!」

「いいや、わかっていらっしゃらない」

 リリア嬢に最後まで言わせず、隊長は声を張った。

「侍女というのは、貴人に仕える者です。もし採用となれば、新人の侍女なのですから、宮中で働く全ての者が先輩であり、目上の者となるのです。その覚悟もなくあなたはここに来られ、そして先輩の係官に向かって横柄な口を叩いた」

「でも私の父は・・・!」

「ええ、お父上は大変立派な方です。この国の重鎮でいらっしゃる。しかしそれがあなた自身となんの関係があるのです?あなたはこれまでに国のために何か働いてきたのですか?親の威光をふりかざして、あなたは()()()()()()()()ここに来たのです?」

 ああ、もはや作り笑顔さえ浮かべてないよ、クロー隊長。

「お分かりになったらお引き取りください。まだまだたくさんの女性が選考を待っているのです。不合格のあなた一人に割く時間などこれ以上ない。取り巻きのお嬢様方も、人の下で仕える覚悟がないのなら一緒に帰りなさい」

 痛烈な言葉のパンチはリリア嬢のプライドをズッタズタに引き裂き、そして怒りと恥ずかしさのあまり失神、という事態となった。周りの孔雀たちが大騒ぎしているが、非力な彼女たちでは何もできず、クロー隊長は仕方なくリリア嬢を抱き抱えて強制退場させた。

「あーあ、容赦ないねえ」

 わたしは苦笑しながら空いた机の前へと移動した。疲れた風の係官がわたしを見上げた。

「出身地と名前を」

「はい、アーク市出身のリンです」

 ちょっと屈んで顔を寄せ、ニコリと笑ってみせる。たぶんわたしより少し上くらいの若い係官は、ぱっと顔を赤くし、紙へわたしの名前と出身地を記入し、それをわたしへと差し出した。

「奥の建物に行って、指示を待ってください」

「ありがとうございます!」

 ウィンクをサービスしとくわね、係官さん。わたしはとりあえず受付を突破した。

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