お受験です?!
ようやくわたし達はアーク王国に帰ってきた。動かない家があってわたしの部屋もあるっていうのはほんとに「帰ってきた」という実感が湧く。
実は団長所有の家は「お屋敷」レベルで、広い裏庭に移動用テントや道具一式が馬車のまま置けるし、部屋も10人の団員全員に一部屋ずつ与えてもまだ客間が5室余ってる。普段使う食堂の他に、演奏の練習室、披露するホールもある。
我々が演奏を頼まれるのは各国の貴族以上で、だから我々もそれなりにお金持ちなのだ、という設定。
実体は王国の隠密騎士団であり、近隣諸国から色々な情報を仕入れてはアーク王国のために活動する特殊集団だ。
わたしはみんなと別れ、2階の自分の部屋へと向かった。ドアを開けて直ぐに人の気配を感じたが、あえて踏み込む。
後ろから太い腕が首へとまわったと認識するのと、右手でヒジテツを食らわせ、ウッという呻き声と共に左手で相手の腕をホールドして前へと体を二つ折りにしてその力で投げ飛ばすのは一瞬だった。
「うおっとぉ!」
相手の体重が軽くなったと思ったら、目の前に足がとんと着地する。
ちっと舌打ちしながら全体重をかけて相手の喉元に左腕をつけ、ドア横の壁へと押し付ける。そして右手でポケットからナイフを出して頬にあてた。
「いい加減、帰ってくるなり襲うの、やめてもらえませんかね、クロー隊長」
わたしはペンペンと頬をナイフで叩きながら低い声で背の高い男を睨み付けてやるが、クロー隊長はヘラヘラと笑って両手を上げていた。
少し長めの茶色い髪が柔らかそうに整った輪郭を縁取っている。この人の深刻な顔は見たことがない。イケメンの部類なのに、どうしても腹の立つ笑顔を浮かべる人っているもんだと思う。絹の白シャツに黒の皮のパンツをあわせ、白シャツは胸元のボタンを思いっきり開けているから、軟派なチャラ男にしか見えない。これがわたしの養父であり、うちの特殊部隊の隊長だっていうんだから。
「いやあ、腕を上げたなあ、リン。それでこそ生え抜きの隠密騎士団員ってもんだ」
わたしは必死でこのチャラ男の顔に傷をつけてやりたい衝動と戦いながら、ようやくナイフをポケットに戻した。最後にぐっと腕に力を込めて喉を締め付けてやると、ぐえっと情けない声を出す隊長に少し気が晴れた。
「リン、また隊長かー?」
ドアからのんびりと団員が声をかけてくる。
「今回は部屋だったかー。玄関で襲ってこないから、食堂かと思ってたけどな」
他の団員も笑いながら顔を出した。
「隊長も懲りないよな。ここ2年はリンに反撃されっぱなしでしょう。こいつももはや、一人前の隠密団員ですからね」
「えー、だってさー、お前らは正騎士として入団し、見た目の良さと抜きん出た実力を買われてこの隊に入っただろう?しかしリンは生まれた時からここだからな。こやつの実力不足のせいで、皆の足を引っ張ってはいかぬと思って」
「そんなこと言って、やられるのが嬉しそうですけどね」
団長が笑ってお茶のセットを乗せたトレーを押してきた。わたしはようやく養父を解放してやることにして、トレーを受け取り、お茶の準備をする。
この広い屋敷には侍女も執事もいない。スパイがスパイされるわけにもいかないから、掃除も洗濯も料理も、団員たちが手分けして行うことになっているのだ。ま、旅に出ればずっとそうだし、みんな慣れてるけど。
「で、どうしたんですか。今回の任務については先に報告してあったと思いますが」
うちの団は呼称も変わっている。隠密騎士団の一番上はクロー「隊長」で、その次がスペンサー「団長」なのだ。クロー隊長は王宮からの任務を受け、実行内容を考える役、そしてそれを実行させるための監督がスペンサー団長。なんでこんな呼称になったかというと、
「だってうちは一応楽団だもの。楽団のトップが『隊長』って変じゃん?呼称なんてどーでもいいんだよ、役割さえはっきりしてればさ」
というクロー隊長の一声でそうなったらしい。
クロー隊長はわざとらしく喉を押さえて咳き込みながらわたしの部屋のソファに座る。わたしは一流の侍女よろしく、上品にお茶を出してやった。その姿を注意深く見つめ、そしてニヤリと笑うと一口すする。
「うん、うまい。・・・謀反の件、ご苦労だった。これから先はレイ様と相談し、近衛騎士団で対応していくことになった。」
レイ様というのは、この国の皇太子、レイモンド王子のことだ。弱冠18才ながら頭脳明晰、眉目秀麗、豪奢な金髪に緑のきれいな目を持つ、この国のアイドルでもある。我々隠密騎士団は元は現王の発案で作られた組織だったが、レイ様が16で成人を迎えた時に皇太子直轄になっているから、クロー隊長はボディーガードとしてもレイ様と一緒に行動することが多い。
「今日来たのはな、リンへ任務を伝えるためだ」
「わたしですか?」
わたしはびっくりして目を見開いた。生まれて16年、任務は数々こなしてきたけれど、それは全て団長のスペンサーさんを通じて伝えられてきたし、そもそも単独での任務というのはなかった。
「そう。お前ももう16だろう。来週行われる侍女選考を受験せよ」
「ええっ?!・・・それは記念受験として?」
クロー隊長が鼻で笑う。
「なにを言っている、当然合格して侍女として宮中へ入るのが任務に決まっている」
「はあ?!」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
侍女選考は毎年行われているが、それは文字通りの年とそうでない年がある。
このアーク王国は、珍しいことに王族も自由恋愛が認められており、もちろん身分の差なども問題にならない。そのお相手として見初められるには、当然出会うチャンスが多い方が有利なわけで、この侍女選考は、宮中に入る絶好の機会なのだ。
現皇太子の眉目秀麗、頭脳明晰でモテモテのレイモンド王子にはまだ妃がいない。ということで、16才になられた年の侍女選考から、国中の女性が応募に殺到するという事態になっているわけ。
この意地悪な養父は、わたしにその競争率がとんでもないことになっている侍女選考を受験し、それに合格しろと言っているってことで。
「侍女選考の受験条件は、この国の生まれであること、16才以上の未婚の女性であることだけだ。お前ならなんの問題もないだろ?」
「えー・・・人に仕えるなんてガラじゃないですよ、わたし」
全くやる気になれない。応募者が多いってことは選考の時間もかかるし、第一面倒くさい。
「お前は既に俺に仕えてるじゃねぇか。それに宮廷に一人でも団員がいると助かるんだよ」
「それはそうでしょうけど・・・育ちのせいか、女性だけの集団って苦手なんですよねー。変に派閥争いに巻き込まれるのも面倒だし」
ここでクロー隊長はバカにしたように笑った。整った顔でそうやって笑ったらほんとにバカにされてるんだなと感じて腹が立つ。イケメンも良し悪しだな。
「あ、もしかして受かる自信がないとか?そうだよなー、おまえ、ガサツだもんな、宮廷の侍女とかお淑やかな女性の代表みたいなもんだし、やっぱムリか?」
むか。この人ほんと、人を怒らせる天才だな。
「ガサツになったのは誰のせいですかね。ここに入れたのは確かクロー隊長だったかと。だけど受かる自信がないわけじゃないですよ?受かった後が面倒くさいと申し上げているだけで」
「じゃ、決まりな」
「ええっ?話聞いてました?」
「リン、諦めろ」
スペンサー団長が苦笑しながら言う。
ちっ、こうなったら受験は仕方ないとして、わざと落ちればいいや。クロー隊長はさっさと立ち上がり、ドアの前で振り返った。
「あ、ついでに言っとくけど、俺も選考委員の1人だから。わざと手ぇ抜いて落ちやがったら、ここにも戻らせないからそのつもりで」
ギクリ。隊長はわたしの固まった顔を見て、ニヤニヤ笑いながら出ていった。
「ちくしょー!もー、隊長なんか禿げちまえっ!」
わたしは思わず閉まったドアに向かって叫んだ。
こうしてわたしの侍女選考お受験は決められたのである。




