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敵 判明

「りんご」

「・・・」

「ぶどう」

「・・・」

「それ何?」

「・・・ライチです」

「じゃ、それ」

 何をやっているかと言うと、わたしはベッドに寝ているレイ様のために一口大の果物を口に入れてやっているのだ。

 言われるがまま黙々と口の前まで差し出すと、レイ様は綺麗なピンク色の唇を開いて受け入れる。何のメンテもしていないのにこの唇のみずみずしさは、女性としてのわたしの自尊心を大変傷つける。・・・ぐらいのことを考えていないと、その魅力にクラクラしそうだ。

「飲み物も欲しいな」

「・・・飲み物」

「あ痛たたた、みぞおちがやけに痛くて起きられないんだよね」

 わたしはぐっと両手に力を込め、色んな感情を耐える。

 ロック伯爵家で痺れ薬と催淫剤を盛られたレイ様は、事もあろうに男装姿のわたしに襲いかかろうとし、わたしは反射的にみぞおちにキツイ一発をお見舞いしてしまった。レイ様は昏倒、先にトラブル発生を伝えていたクロー隊長他数人の手で部屋に運び込まれた。その後解毒の副作用で発熱し、散々うなされたレイ様は、翌日の昼になってようやく目を覚ましたのだ。

「どうぞ」

 病人用の吸い口を出すと、レイ様は眉をひそめた。

「なんだこれ」

「寝たままでも飲み物が飲める容器です」

 綺麗な緑の目がわたしを見つめる。

「昨日の馬車の時のようにして欲しいのだが」

 わたしは冷ややかに睨み付けた。

「いっそ流動食しか食べられないようにして差し上げましょうか?」

 わたしの殺気を感じて、レイ様が首をすくめた。

「冷たいな。昨夜はあんなに情熱的に介抱してくれたのに」

「薬の副作用で記憶の混乱が起きているようですね。思い返す限り、全く情熱なぞかけておりません。無謀なことをしでかしたあなた様に呆れつつ解毒薬を作って差し上げただけで」

「ふっ」

 金髪をかきあげなから怠そうに笑うレイ様から、わたしは注意深く視線を外す。少し弱っているレイ様は、異常なほどの色気があったからだ。

「それにしてもロック伯爵は叔父上の親友だと思っていたのだが、彼は彼で、王室の外戚になるという野望を持っていたとはな。それは叔父上にとって裏切りにならないのか?」

 食事の世話をしている間、わたしはシルヴィアから聞いた話を報告した。その感想がこれだった。

食欲も落ち着いたようだったので、わたしは片付けをしながらレイ様の呟きを聞いていた。

「なにも考えてなかったのでしょう。成功すればそれはそれ、ダメなら殺せば良い、くらいに思っていたのでは?」

「そんなところだろうな」

「ところで他にご用がなければ、わたしは退室させていただきますが」

「ん?なぜだ?」

聞き返されてわたしも首をかしげる。

「なぜ、と申されますと?なにか他にございましたか?」

 執事には食事やスケジュールの管理などで色々な人との打ち合わせもあるし、何よりわたしの本当の任務は執事ではなく、裏での暗躍により相手の油断を引き寄せることにある。だから根本的に用がない限りは一緒にいない。だから今日に限って「なぜだ」と聞き返されると逆にどうした?と聞き返したくなる。

「いや・・・なんとなく・・・今日はずっと看病してくれるものと思っていた」

 ふいと横を向いたレイ様の耳が赤い。なに?甘えてることに気づいて急に恥ずかしくなったとか?わたしはまじまじとその姿を観察する。

「ご希望とあらばそういたしますが・・・まあ、今寝込んでおられるのは四分の一くらいはわたしの責任かとも思っておりますし」

「いや、いい。あとは侍女に任せる」

「そうですか。ではご用の際はお呼びください」

「ああ」

 金髪の皇太子は、頑なにわたしに背を向けたまま返事をした。


 内心で首をかしげながら廊下に出ると、クロー隊長と出会った。

「ああ、ちょうど様子をうかがいに行くところだった。どうだ、レイ様のご様子は」

「ええ、今朝5時ぐらいには熱も下がり、静かに眠っておいででした。13時にお目覚めになり、さきほどまでフルーツを中心としたお食事をなさっておいでででした。気分も悪くないとのことでしたが・・・やはりみぞおちは痛むとのことで」

「はっはっは、そりゃそうだろ。お前の手加減なしのパンチをくらったんだ、内蔵破裂しなくて良かったと心から安堵したくらいだぞ。綺麗に青あざになってたしな」

「申し訳ありません」

 だって本気で身の危険を感じたんだもん、女として。 

「で、徹夜で看病をしていたお前に代わって陛下へ報告しておいた。レイ様が全力で何事もなかったように振る舞って帰ってきたのなら、服毒はなかったものとして扱うしかないとのことだった」

「まあそうでしょうね。あのプライドの塊のような方が、敵の目の前で弱味を見せるわけはございませんし。これで少しは無謀な行いも懲りてくださるとわれわれも助かるのですが」

「それは期待するだけ無駄だぞ?俺は何年もあの方にお仕えしてきているが、基本、売られた喧嘩は高値で買う方だ」

 わたしとクロー隊長のため息は同じタイミングと深さだった。では、と別れてしばらく歩いていると、対面から男が歩いてくる。

「やあ執事どの。あなた一人でも十分周りに光を放っておいでですなあ」

 ん~このデブのおじさんは・・・と頭の中で手帳をめくる。

「ああ、これは総務大臣パリス伯爵。本日は会議ですね」

 わたしは極上の笑みを浮かべ、執事の礼を施す。

 彼はまだ陛下派なのか王弟派なのか、わたしの中ではっきりとしていない人だった。理由はひとつ。とことん目立たない御仁だからだ。

「さようさよう、午後からな。レイモンド殿下もおいでであろう」

 週に一度、御前会議が開かれる。そこでこの国の執政方針が決められるのだ。現在の執政はほぼレイ様の決裁によって行われている。

「本日は17時からに変更となりましたが、お聞き及びではございませんでしたか」

 何でこんな時間からウロウロしているの、と言外に聞いてみた。

「うむ、聞いておるよ。わしはな、食堂で振る舞われる食事を取るのが楽しみで仕方ないのじゃ。本日のメニューは何であろうの?」

 遠方から舞踏会や会議などに出席する貴族たちのために王宮内に宿泊施設がある。当然食事はその宿泊者のために用意されているのだが、このパリス伯爵は馬車で10分の距離に屋敷を構えていながら、そんなことを楽しみに早くから来ていたのかと内心呆れてしまった。

「確か本日の昼食のメインは白身魚のムニエルだったかと」

「おお、そうか、肉ではないのだな、残念。しかし魚も絶品だし、どれ、楽しんで来ようか」

 満面の笑みを浮かべ、ヨダレさえ垂れそうな顔で頭を下げる私の横を通り過ぎようとして、パリス伯爵はピタリとその歩を止めた。

「今日の会議が17時からとなったのは、レイモンド殿下の体調が思わしくないからか?」

 わたしは表情が顔に出ないよう努めて冷静にパリス伯爵を見返した。

「と申しますと?」

「い、いや、なにやらそのような噂を聞いたのでな」

「噂。どなたからのどのような噂でしょうか?」

 ニコリと笑ってみせたのに、パリス伯爵はなぜかヒュッと息を飲んだ。

「だ・・・誰だったかは忘れたが・・・その・・・レイモンド殿下が、昨夜なにやら飲み過ぎたとか」

「ああ、それですね」

 わたしは大袈裟にため息をついてみせた。

「なにやら珍しい酒だったとかで、調子に乗って飲み過ぎたらしいです。お陰で寝室までお連れするのに苦労しました。陛下の招聘でこちらへ参りましたが、レイモンド殿下のお世話は大変で、少々後悔しておりますよ。ああ、しかし会議の開催時間が遅くなったのは、殿下ではなく、陛下の公務のご都合です」

 全てにおいて嘘は言っていない。だから表情も意識して作る必要はなかった。

「ああ、そうなのか。それは知らなかった。・・・す、すまぬの、つまらぬことを言って」

「いえいえ、とんでもございません。わたくしも少し愚痴を聞いていただけて胸のうちがスッキリいたしました。お耳汚しで失礼いたしました」

 わたしは優雅に笑みを浮かべて執事の礼をしてパリス伯爵を見送った。

 なるほど、パリス伯爵も王弟派か。デップリとした後ろ姿を見送りながら心のメモにそう記す。昨夜、あの部屋にいたのはロック伯爵と侍女だけだった。その後「王宮からの急な呼び出し」により帰ったのだから、あのパーティ会場にいた人間が体調を崩したことを知っているわけがないのだ。つまりはパリス伯爵はロック伯爵にその計画を聞いていたか、事後報告を受けていたかのどちらかで、昼食を取りに来るというのを理由にレイ様の状態を確かめに来たのだろう。

「飲み過ぎた」とうっかり口を滑らせたと焦った様子だったが、わたしがそれに気づかない風を装うとあからさまにホッとしていた。

「だから王弟派の連中は間抜けすぎて相手にならないと舐められきってんのよね」

 わたしはひとりごち、とりあえず仮眠を取るためにすべての打ち合わせを終わらせた。


「この2ヶ月で調べたところ、王弟派大臣は総務大臣、饗応大臣、褒賞大臣、典礼大臣の4名でした」

 レイ様、クロー隊長、わたしの3人で秘密会議を開くのも、もう恒例のことになってきた。全ての公務が終わった夜中に、レイ様の私室で、わたしが淹れたお茶を飲みながら分かった事を報告していく。

「見事に政治的実務権限がない大臣ばかりだな」

 わたしの報告に、クロー隊長がため息をついた。

「あの4名は使えない奴か権力を振りかざしたがる奴のどちらかだったので、名誉職だとおだて上げて窓際に追いやった者たちだ。王弟派になったのが先か、立場に不満を持って旗色をはっきりさせたのか微妙なところだ。まぁ後者であってもそのメンバーでは痛くも痒くも無いがな」

 レイ様が鼻で笑いながら言い捨てる。こんな時のレイ様はとても冷酷な顔になる。

「当然子飼いの家臣もその者に連なるのですが、その中にはやはり騎士団所属の者も数名おりました」

「楽団の中には?」

「真っ先に確認しましたが、該当者はおりません」

 クロー隊長はホッと息をついた。

「あと、先日のパーティーで、初めて王弟殿下に直接声をかけられました」

「ほう」

 レイ様の目がキラリと光る。

「定例の舞踏会か?」

「はい」


 その夜もわたしはレイ様に連れられて舞踏会に参加させられていた。回を重ねるたびに確実に女性の参加が増えており、わたしは毎回香水の波の中で溺れそうになりながら、女性たちの攻勢をなんとか躱してきた。

 我慢できなくなったらお偉い男性貴族の所へ挨拶に行くのだ。さすがに政治の話をしている中に踊ってくれと言いに来るツワモノは少なくなる。しかし全くないとは言えないところが辛い。いい加減頭痛もしてくる事だし、わたしは毎回何名かと踊る時には、なるべく香水の匂いの少ない女性を敢えて選び、男性陣にはどうしてその女性を選んだのか伝えるようにした。

 こうしてここ最近のパーティーでは、むせ返るような香水の香りはしなくなり、むしろバラやラベンダーなどの爽やかな香りが流行の兆しを見せている。

 それでも這々の体で女性たちから抜け出したわたしは、会場が王宮なのもあり、誰にも見つからない秘密の場所に逃げ出そうと静かに移動していた。

 その途中の廊下で王弟に呼び止められたのだ。

「スペンサー子爵」

「これはノア王弟殿下」

 わたしは執事の礼をほどこした。

「どうかね、この国は。そろそろ2ヶ月だろう?」

 黙って立っていればさすが美形で評判のアーク王家の血筋とあって、充分鑑賞に耐えうる美丈夫だ。王家独特の豪奢な金髪は、中年に差し掛かると流石に少しくすんでくるが、紳士らしくオールバックに整えた王弟は堂々としているとつい見とれるぐらいだ。

「おかげさまで何とか馴染んで来たように感じております」

「いや、馴染むどころか、今ではすっかり貴族の女性達を夢中にさせておるようではないか。これではわたしも形無しだ」

 分かってるなら聞くなよ、と思いながらもわたしはニッコリと微笑みを返す。困った時は全て微笑みだ。

「色男ぶりもだが、執事としても完璧だそうだな。あの破天荒な甥をちゃんと御すことができるとは大したものだ」

 ええ、それは本当に褒めて頂きたいところだ。わたし頑張ってる、うん。

「いいえ、単に執事としての職務を全うしているだけにございます」

 はい、ニッコリ。

「どうだ、わたしの元に来ないか?今払っている倍額を出そう」

「それは大変魅力的なお申し出なのですが、生憎とわたくしは王様の招聘で入国いたしましたので、こればかりは勝手ができないのです」

 わたしはわざと困った顔をしてみせた。

「なるほど、別にレイモンドに好きで仕えているわけではないと?」

ほらほら、撒かれた餌に食いついたよ。王弟がぐいと身を近づけ、囁いてくる。ちょっと引きたい所をあえてガマン。

「それはそうでございますよ。ここだけの話、女性遊びは激しいですし、気分屋で衝動的に行動なさるし、それにわたくしまで巻き込まれるし、今まで仕えてきたどのご主人様よりも手を焼く方です。単なる契約であれば、とっとと別の好条件の所へ伺っているところですよ」

 心からの言葉に、王弟ノアは大きくうなづいた。

「ではお前はレイモンドから開放されたいと言うのだな」

「出来るなら」

「それが出来ると言ったら協力するか?」

 来たっ!わたしの笑みはきっと、ちょっと怖いくらいだったんだろう。王弟は一瞬怯んだように身を引いた。


「で、どんな提案をされたんだ?」

 自分の悪口を懇切丁寧に聞かされたレイ様は憮然とした顔でわたしに尋ねた。

「それがてんでお話になりませんで。食事に毒を混ぜろとか、寝ている所を襲えとか、実際やったらすぐに犯人がわたしだとバレるような提案ばかりされるので、もう少し入念にお考えになられてからわたしをお使いくださいと言っておきました」

 こんな事だから王家も大した事ないと放っておいたんだろうけど。

「ちなみにレイ様は普段より毒には慣らされておいでですとお伝えしたところ、そうなのか?と驚かれておりましたが」

「ああ、知らないだろうな、叔父上は」

「そこのところ、ほんとシビアですね、アーク王家は。他国では万が一に備える為にも皇太子の兄弟も幼少期は特に同じように教育されるものですが」

 潔いといえばそれまでだが、王家の者であっても、後継者以外は王としての教育は一切施されない。万が一後継者が亡くなり、適性の無い者しか王家に残らなければ、その時がアーク王国の終焉の日となるという伝説は次期王となる者に脈々と言い伝えられ、そして今のところ幸いにしてそのような事態が起きたことはない。

「次期王が産まれた時には国中の鐘が鳴り響くと言われている。叔父上の時には鳴らず、わたしが生まれた時には鳴ったとか。しかしわたしは聞いた覚えは無い」

「そりゃ産まれたてですから、記憶があったら怖いですよ。確かにレイ様が産まれた時には何事かと思うくらい鐘が鳴り響きました。わたしはその頃5歳の悪ガキでしたが、騒然とし、すぐに祝賀ムードに沸き立った街の様子はよく覚えています」

 クロー隊長が懐かしむように目を細めた。

「その不思議が、アーク王国が『神に祝福された国』と呼ばれている所以なのでしょう」

「他にも理由はあるのだが」

 クロー隊長が言いながらわたしを見た。

「まあそれは100年に1度だとも言われているし、実際俺は体験した事ないからなぁ」

 わたしは首を傾げた。

「100年に1度?その話は聞いた事がありませんが」

 再びクロー隊長が口を開こうとした時、侍女長がわたしを呼びに来た。

「恐れ入ります、リーセント様、王弟殿下が至急お呼びでございます」

 私たち3人で目を見合わせる。レイ様の眉には雷雲が立ち込めていた。

「こんな真夜中になぜ叔父上が呼びつけるのだ」

「それは存じませんが・・・とにかく至急呼び出せと」

「なんだと?」

 おおぅ、絶世のイケメンが怒ると本当に怖い。わたしはすぐに立ち上がった。

「わかりました。すぐに伺いますと伝えてください。ちなみにわたしが誰とどこにいたかは伝えないでいただけるとありがたいのですが」

 秘密会議であったため、探していた王弟の侍女から引き継いで侍女長自らここに来たのだ。もちろんと頷く。

「行く必要はない。わたしは今からもお前に用がある。わたしの執事だ、わたしの用の方が優先される」

 わたしはレイ様を冷静な目で見つめ、これ見よがしにため息をついた。

「そんな駄々っ子のような事を仰らないでください。きっと大切なご用なのですよ」

 恐らくはレイ様抹殺の案が浮かんだのだろう。次こそはしっかりと尻尾を握らねば断罪もできない。わたしの意図を瞬時に理解したレイ様もため息をついた。

「・・・そうだな。甚だ不愉快だが伺って来い」

 そんなレイ様をニヤニヤと笑いながら見ていたクロー隊長が、レイ様に足を思い切り踏みつけられて顔をしかめる。

 子どものような2人を呆れた目で一瞥して、わたしは王弟ノア様の元へと向かった。

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