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楽団の正体

 もうこの楽団に入ってから16年になる。それはつまりわたしが生まれ育った年数と同じなのだけれど。

 団長のスペンサーさんいわく、わたしは拾われた子らしかった。町から町へと旅をしながら各地で演奏を続けているが本拠地は一応あって、その国の名はアーク王国という。わたしが拾われた時もたまたま戻っていた時で、楽団専用の屋敷の外に置かれていたらしい。それ以来、わたしはリンと名付けられ、物心ついた時からわたしの家族は楽団の皆で、オモチャは楽器で、遊びは踊りと歌だった。

 初舞台は3歳、楽団の癒し係を担ってきたけれど、7才を超えるとさすがに「可愛い」だけじゃ売り物にならなくなって、本格的に歌と踊りをみっちりと仕込まれた。勿論楽器も一通りはできるけれど、見目麗しく育ったわたしには表舞台が向いているってことで。あ、別にこれ、自慢じゃなく本当の事なだけです。

 本当の両親がどんな人たちだったかは全く分からないけど、いい遺伝子を引き継いだのね。いつか会えたら、お互いにここまでどうやって生きてきたのか報告し合えたらなと思えるくらいには幸せな16年を過ごしてきた。ま、一発ずつぐらいは殴らせて欲しいけど。

 とりあえず拾われた楽団は普通の楽団ではなく、仕込まれたのも楽団のスキルだけじゃなかったけどね。

 今日もわたし達スペンサー楽団は、とある国の貴族の庭で、演奏と歌と踊りを披露していた。

 今回のわたしの役は踊り。その衣裳はといえば、キラキラと宝石で飾られた乳当てと小さな布でわたしの大事な所は隠れているけれど、その上に羽織った絹の衣裳は透け透けで「着ている意味があんのか?!」ってレベル。頭からも同じ薄絹を被って、口元を隠す。つまりハッキリ見えるのは濃く化粧を施した目だけなのだけれど、男性にはそれがまた良いらしい。

 そんなわたしを舐めるように見てるひげ面のオッサンが今回のターゲット。元は商人だったが、このところ何かの商売で大儲けして、金で貴族の地位を買った男だ。

 オッサンは杯をグイグイ空けて、酒のお代わりを注いでる女性なんか、オッサンがそちらを見ようともしないから、めっちゃ呆れた顔で機械的に入れてる。

 正面で踊ってるわたしからは、そんな観客の様子がよく分かる。わたしはわざとオッサンに流し目をくれてやり、身をくねらせてみる。長い絹の袖がふわりと広がる。オッサンは肘掛けから身を乗りだして、今にもヨダレが垂れそうな顔になってる。間にテーブルが置いてあってよかったよ。そうでなきゃ、今頃抱きつかれてたかも。

 あ、でも今回はそれくらいやんなきゃダメなんだっけ。わたしは内心ため息をつきながら、オッサンがわたしを()()()()呼び出したくなるよう、おもいっきり扇情的に踊ってやった。

 退場はサッと身を翻して、まるで何事もなかったかのようにアッサリと。後は他の演奏が終わるまで一切顔を出さずに待つことしばし。案の定、ここの主人からのお召しがあった。

「リン、あいつ相当飲んでたし、大丈夫だとは思うが、無理はするなよ」

 団長のスペンサーさんから小さく肩を叩かれ、わたしも静かに頷いた。


 わたしは薄絹の衣裳を厚手の黒い服に替え、相変わらず目だけを出して男の元に向かった。案内の侍女が胡散臭そうにわたしを振り返りながら案内する。悪いけど、わたしは呼ばれて行くんだからもうちょっと愛想よくしなさいよ、と心の中でだけ文句を言ってみる。

 なんだかぐるぐる廻らされたのは多分気のせいじゃない。恐らくは刺客を警戒してるんだろうけど、残念ながらわたしには通用しない。しっかりと逃走経路も確認しながらしばらく歩いて、やたらとでかくて派手な彫刻がしてあるドアの前まで連れてこられた。

 ぶっちゃけ、こーんないかにも「中に主人がいます」的なドアだったら、どんな間抜けな刺客だってたどり着くだろう。そして結局この主寝室は2階の真ん中にあって、玄関からまっすぐ階段を上がって右に折れたところにあった。庭から入ってこの部屋までの無駄な案内のせいで、屋敷の造りを全部教えちゃってることに気づかないここの主人の浅はかさ加減に、思わずあんぐりと口を開けてしまったけど、それは厚い黒布が隠してくれていたので、中の成金オッサンには何も気づかれてないだろうと思った。

 オッサンは偉そうに皮張りのソファーにふんぞり返って座り、飽きもせずまた酒を飲んでいたようだった。

 おっと、目が完全に据わってるけど平気か、これ。

「おお、よく来た。ほれ、ここに座れ」

 と叩いているのはもちろん自分の隣だ。わたしは覚悟を決め、小さく頷くと、指定された所に座った。

 あー、侍女が出て行っちゃう。もう少し居てくれないかなあ、と思ったけど、案の定ドアが閉まると同時に鼻息も荒くわたしを抱きしめにかかる。

 わたしは「あれぇ」なんて小さな悲鳴をあげながら、左手でオッサンを押し返し、右手で素早くオッサンのグラスに薬を入れた。

「ご主人様、そのように急くのは不粋というもの。まずはお酒でも一緒に飲みませんこと?」

 わたしはやんわりと、しかし断固としてオッサンの体を押し戻すと、上目遣いに囁いた。

 オッサンは予想外に強いわたしの力に驚いたようだったけど、逆に寄り添ってやるとすぐに顔はにやけ崩れた。肩を抱き寄せられると、服に付いている宝石が頬に痛い。

 オッサンの服は、黒地の絹に宝石でかたどった鳥がいっぱい飛んでいる。この服についてる鳥一羽だけでも一年は暮らせるんじゃないだろうか。オッサンにくっついたわたしは、歯で宝石を食いちぎりたい衝動を一生懸命押さえていた。

「随分と焦らすではないか、それも手なのか?」

 当たり前だ、あんたみたいな油ぎったオッサンに、何もさせる気はないぞ。なんたってわたしはまだ16才、ファーストキスだってまだなんだからねっ!

 心の中で舌を出しながら手にグラスを持たせ、飲めとばかりに上目遣いで迫ると、オッサンはふんぞり返りながら杯を飲み干してみせた。

 胸へと伸びてくる右手をかいくぐって、すかさず二杯目を注いでやる。ついでに薬も。そうして立て続けに3杯ほどあおったところで、オッサンはようやく自分の異変に気づいたようだった。

「む、なんだか・・・眩暈が」

 そう言って頭を振る。わたしはうつむいたオッサンの背中を擦りながら、優しく耳元で囁いた。

「おや、どうされましたか、ご主人様。もう酔われたのですか?」

「そ・・・うではない気がするが」

 わたしは布の下でニヤリと笑った。薬が効いてきた証拠だ。

「ご主人様、わたし、お聞きしたいことがあるのです」

「なんだ?」

 オッサンは額を押さえ、うつむいたままぼんやりと答える。

「ご主人様はこのところ、急にお金持ちになられましたでしょう?その儲けの秘密を知りたいのです」

「ああ、それは・・・ぐ・・・おかしいな、話しても良いものか・・・」

「もちろん。お話ししてくださるでしょう?」

 自白剤って話したくなる薬だもの。

「それはな、ある国に、武器を売ったからさ」

「ある国。どこです?」

「・・・アーク王国」

 来た来た、これだ。やっぱりこいつだったか。

「アーク王国側の相手は誰だったのですか?」

「ぐ・・・王弟・・・のノアとか言っておった。・・・それが本当かどうかは定かではないが、金払いは確かに良かった」

 マジか。アーク王国は王様も王妃様も、次期王となる皇太子様も、聡明で見目麗しきご家族で善政を敷く方々だったが、唯一頭の痛い親族がその王弟ノアだった。

 悪い方に頭が良くて、数々の悪行も、あと一歩というところで証拠がないままウヤムヤに終わるか、トカゲの尻尾が差し出されて終わるかで、毎回追及の手を逃れてきた。

 今回の任務の重さを感じて、わたしはため息をつきつつ尋問を続ける。

「王弟?他国の王族とご主人様とは身分が違いすぎますよねぇ。一体誰が橋渡しを?」

「お・・・まえは・・何者だ?」

 ここに来てようやく自分がペラペラと言ってはいけないことを喋っていると気づいたらしい。オッサンは顔を上げて焦点の合わない目を一生懸命わたしに合わせようとしていた。

「やだなあ、そんなことどうでもいいでしょう?さあ、教えて。()()()()()()?」

 オッサンはビクリと震え、そしてまた口を開く。

「・・・わしはこの国の第3王子とは遊び仲間でな。その関係で」

 なーるほど。第3王子といえば、飲む、打つ、買うを国家単位でやる穀潰しのロクデナシだったな。それはさぞかしノア殿下とも話が合うだろう。

「その帳簿はどこにあります?」

「ぐ・・・ぎぎ・・・それは」

 オッサンは汗だくだった。ごめんね、こんなの、墓場にまで持ってく話だったろうに。オッサンの首がゆっくりと書棚へと廻る。

「その書棚の・・・青い背表紙の本を・・・」

 わたしは立ち上がって指示通りに青い背表紙の本を抜いた。奥にレバーが見えたので引いてみると、低い地鳴りが響いて書棚が下へと下がっていき、目の前にでかい金庫が現れた。

 迷わず大きなハンドルを右に回す。分厚い金庫のドアの向こうに、積み重なった金塊の山と一冊の帳簿があった。

「金塊は置いておいてあげますね。あなたも逃走資金が必要でしょうし。どちらかの国の王族があなたの裏切りに気づいて、殺されるのが先でなければ、ですけど」

 わたしは振り返ってニコリと笑いかけてやった。だけどオッサンはわたしのサービスを受け取れなかった。なぜならブルブルと震えながら、頭を抱えてたから。

「ああ、もうおしまいだ・・・わしは何でこんなことを!」

 うん、自白剤のせいだけど、元はといえば、わたしをここに呼んだから、かな。

「じゃあ、せめてもの罪滅ぼしに」

 わたしはうずくまっているオッサンに近づくと、その首に針を突き立てた。オッサンの体が硬直する。

「目が覚めたら今夜の事は忘れていますよ、ご主人様。その代わりに、わたしと熱い夜を過ごしたのです。それはそれは、情熱的な一夜を、ね」

 耳元で囁いて針を抜くと、ドッと前のテーブルに突っ伏した。

「ま、これで暫くは平和に過ごせるんじゃないかな。あの金庫を開けない限りは。・・・あーでもすぐ開けちゃうかな。そしたらパニックだよね、帳簿がいきなり無くなってて。ま、きっとオッサンは怖くなって誰にも言えないだろうし、そもそも言っちゃったら殺されるの分かってるだろうしなー」

 わたしは呟きながら書棚を元に戻し、ベッドを適当に荒らして(酒も撒き散らして)そっと部屋を後にした。

 庭に設営されている楽団のテントに戻ると、楽団のみんなとスペンサーさんが待っていた。楽団のメンバーは3人ほどがさりげなくテントの外に出て、周りに人がいないか警戒を怠らない。

「首尾は?」

 スペンサーさんが心配そうな顔でわたしを見る。

「上々」

 わたしはニヤリと笑って帳簿を渡し、あったこと、聞いた話を全て報告した。

「アーク王国に大量の武器が密輸されているようだとの噂の確認でやってきたが、まさか王弟の謀反に当たるとはな」

 聞いていた団員達も驚きのため息を漏らす。

「とにかくこの国での任務は終了だ。急ぎアーク王国に連絡を取るが、この証拠品も王弟の裁きの場で必要となるだろう。我々も直ぐに発ち、アーク王国に戻ろう」

 スペンサーさんはそう結論づけ、わたしを労ったあと、休めと言ってくれた。

 こうしてわたしの今回の任務は終了した。

 そう、このスペンサー楽団は、実はアーク王国お抱えのスパイ集団なのだった。



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