第08話
「ありがとうございます……!」
涙で濡れた顔を上げ、女性がお礼を言った。
そのまま母に支えられるようにして、よろよろとした足取りで店内に入ってくる。
私には関係のない話だろうし、生活スペースがある2階へ避難した方がいいかなと思っていたら、あろうことか、母は女性を私の隣の席に座らせた。
そして私に「お願いね」的な目配せをして、自分はさっさとカウンターの中に入っていく。
(気まずい……)
話すことなど何もない。
何もないが、隣で見知らぬ女性がさめざめと泣いている。
この状況で「それでは失礼」なんて席を立てるほど、私の肝は座っていなかった。
握ったままになっていた箸を置き、まだ湯気を立てている美味しそうな料理を、彼女の目につかないように、そっと反対側へ押しやる。
そして意を決して、彼女に話しかけた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
母とまた違った系統の美人が、泣き濡れた目で私を見上げた。
母が穏やかな顔つきの着物美人なら、彼女はキリッとした現代風のモデル美人だろうか。
もともと綺麗なのだろうけど、つるんとした頰はキラキラしたラメで輝き、さらにオーラが増している。
目元にはくっきりとしたアイライン。ナチュラルなつけまつげ。
ぱっくり空いたデコルテにまで、チラチラとした光の粒が施されていた。
こんな場所だから「派手」のひと言につきるが、シャンデリアやスポットライトの下で見れば、さぞかし美しく映えるのだろう。
生物学的には私と同じ「女性」なのだろうけど、こうも違うとは……。
私は帰宅して、ヨレヨレの部屋着に着替えてしまったことを激しく後悔した。
服をどうこうしたところで埋まる差ではないものの、もう少しなんとかなったはず、と落ち込んでしまった。
「……ひょっとして、あなた麦ちゃん? 麦ちゃんなんじゃない?」
ついさっきまで泣いていたはずなのに、突然その整った顔立ちを微笑みのかたちに破顔させると、懐かしいものを見る目で彼女は私をまじまじと見つめてきた。
「は、はあ……」
正直、この女性がいったい何者なのか、まるで記憶に残っていない。
ただ、やっと泣き止んでくれたこの人を、不用意に刺激したくかった。
私は内心、かなりの温度差を覚えながらも曖昧に頷く。