第07話
「さ、おあがんなさい」
「ありがとう……」
若干の気まずい空気の中、お礼を言ってお椀を受け取る。
伊万里焼の上品な器に、じゃがいもと鶏そぼろの煮物が盛られている。
彩りに茹でたさやいんげんがそっと添えられているのが、家庭料理にはない、料理屋ならではの気遣いだ。
(こういうところ、絶対に真似できないわ)
焼きおにぎりとどちらを先に食べようか迷ったが、煮物の出汁のいい香りにノックアウトされてしまった。
嬉々として箸をつける私を、嬉しそうに母が見つめている。
じゃがいものほくほくとした食感に舌鼓を打っていると、とっくに暖簾を下げたはずの店の入り口に、ほっそりとした人影が見えた。
「あれ……? 誰か来たんじゃない?」
「こんな時間に?」
私の問いかけを受けて、母も玄関に視線をやる。
「ラストオーダーの時間が過ぎたから、今日はもう店じまいにしちゃったけど、いつもよりちょっと早かったから勘違いしてるお客様かしら?」
上品に結い上げた髪を手早く直し、着物の襟元を合わせながら、母は入り口に向かった。
「ごめんなさいね、今日はもう……」
そして、ガラッと扉の引き戸をスライドさせ、シルエットの主に謝罪の言葉を口にする。
「……こんばんは」
体型から見て、女性であることは安易に想像ができていたけれど、思っていた以上に華やかな人がそこに立っていた。
春にしては厚めのトレンチコートを羽織っていたが、コートの隙間から覗いている煌びやかなドレスを見て、すぐに母の昔の知り合いだと察する。
「ママ、あかりです! 突然ごめんなさい!」
予想通り、その女性は玄関で出迎えた母にハッとすがりついた。
「あかりちゃん……? どうしたの、こんな時間に。あなた、お店は?」
怪訝そうな母の声。確かに、午後11時といえば、銀座のクラブなんてまだまだ書き入れ時だろう。
忙しさもピークのはずのこの時間帯、いったいなぜこんなところで、クラブのホステスがドレス姿で立っているのか。
「連絡もなしに押しかけてしまって、本当にごめんなさい。でも、どうしてもママに相談に乗ってほしいことがあって……」
あかりと名乗った女性は、すでに涙声になっている。
「そうね。ひとまず、中にお入りなさいよ」
母は戸惑いながらも彼女の肩や背中を撫で、店の中へと招き入れた。