第06話
メイク直しをして、念のためアイメイクやチークを濃い目に入れた。
ナチュラルな色味で仕上げてもらったリップも、あえて一番濃い色で塗り重ねる。
別人……と言うには無理があるかもしれないけれど、親戚なのかな?くらいのことを言えば、ごまかせそうな気がしてきた。
本当にこれでいいのか。
バレてしまったら最後、私は会社を辞めなければいけなくなるかもしれないし、清水機器の人たちはもう二度と、このお店を利用しなくなるかもしれない。
(今ならまだ、引き返せるけど……)
さっきよりも、バクバクと心臓が脈打っている。
世の中は、良かれと思ってやったことが、裏目に出ることがほとんどだ。
ドラマや映画のように、何もかもうまくいくとは限らない。
当たり前のことをドラマチックに演出してくれる専門家も、最終的にはハッピーエンドに導いてくれる脚本家もここには存在しない。
(全部、私の責任だ……)
うまくいく可能性はあまり高くない。
失敗すれば何もかもを失う恐れがある。
(―――でも)
安全なところに、自分だけ逃げたくない。
見て見ぬ振りはしたくない。
知ろうとしなかったのは自分なのに、無知な振りを続けたくない。
開いた胸元に手を置き、大きな深呼吸を繰り返した。
そして私はそーっと扉を開け、会社の人たちがいるテーブルへと近づく。
「わ……!」
フロアに出るなり、いつもより賑やかな喧騒が耳に飛び込んできた。
想像していたより、清水機器の予約は大所帯だったようだ。
ただでさえスタッフが十分ではないところに、急に大人数のお客様が来ては、猫の手も借りたいほど忙しいはずだろう。
(やっぱり、私なんかでも、いるほうがマシじゃないかな)
出入り口の前で、まごつきながらも考えをまとめていると、フロア全体を見回していたマネージャーと目が合った。
「っ!」
そして目が合うなり、彼は急ぎ足で私のところにやってきた。
「ナツメさん! 帰ってなかったんですか?」
詳細はすでにあかりさんのほうから、伝わっているようだ。
「は、はい……やっぱり、申し訳なくなっちゃって」
「そうですか……大丈夫ですか? いけますか?」
私よりも確実に年上で、現場経験も豊富なマネージャーが心配そうに気遣ってくれている。
「忙しいけれど、まぁなんとかなると思いますんで、無理しないでください」
そう言われて、はいそうですかと納得できるなら、もうとっくに帰っている。
そっと件のテーブルを窺うと、かなり出来上がっているのか派手な笑い声が聞こえてきた。
(こんな高級店で、あんな大騒ぎをするなんて。信じられない、恥ずかしすぎる!)
「あんなに酔っててくれてたら、いけそうな気がしてきました……」
さっき固めた決意は、いったい何だったのだろう。
緊張以上にがっかりした気持ちが心を占めた。




