第06話
「麦ちゃんは道人さんに、本当に目元がそっくり。すっきりしてて、切れ長で……私ね、あの人の夜空を見上げる瞳が大好きだった」
「ちょ、ちょっと、お母さん……!」
「お母さんね、何とかしてあの人を振り向かせなきゃって、必死だったのよ。道人さん、本当にモテモテだったんだから! 憂いのある文学青年って、あの頃のモテトレンドだったし」
母が父の話を始めると長くなる。
2人の運命の出会いのエピソードから、ドラマチックな駆け落ち。
そして妊娠の発覚、母子ともに危険な状態だと危ぶまれた出産。
初めての夫婦喧嘩から私の迷子事件まで、延々と話し続け、父が病に倒れるあたりから声が震え出し、最後には号泣して父との別れを語るのだった。
「わ、わかったよ! わかった! ごめんごめん、私が悪かったよ」
私は必死で母に謝り、話を遮る。
父を愛する気持ちは理解できるけど、もう亡くなって13年が経つ。
私だって成人して、それなりに給料を稼げるまでになった。
実家は会社から見て十分通勤圏内だけど、そろそろ一人暮らしにもチャレンジしてみたいと思っている。
そういう心境にやっとなれたというのに、湿っぽい話で決心が揺らぐのは避けたかった。
「……麦ちゃん、本当に悪いと思ってる? 今一瞬、他のこと考えてたでしょ?」
「お、思ってるよ……」
上目遣いでキッと睨まれ、親子だというのにドキッとしてしまった。
母にだって、再婚の道がないはずはない。
(お母さんさえその気になれば、きっと引く手数多よね……)
その美貌だけではなく、滲み出る愛嬌と幅広い知識、そして巧みな話術を操って、たくさんの顧客を抱えていた母のことだ。
このお店にだって、彼女目当てに通ってきている人がいることだろう。
「本当はちっとも思ってないくせに。もう、これは貸しだからね!」
父のことはもちろん好きだ。
父を思って母が「再婚しない」というのなら、それはそれで正直嬉しく感じてしまう気持ちが、心のどこかにはっきりとある。
でも、もし母が私のために今でも独り身を貫いているのなら、その気遣いはもう無用であることを、私は彼女に伝えたかった。