第02話
お客様のグラスの中を確認し、灰皿交換のタイミングを計る。
マニュアルやルールのある作業は、もとより得意だ。
会話に花を咲かせる2人の邪魔にならないよう、さっと手を伸ばして静かに仕事をこなす。
「ありがとう」
テーブルの管理はヘルプの仕事だ。
やって当たり前のことなのに、花梨さんはその都度お礼を言ってくれる。
(こういうところも、きちんとお客様は見ているんだわ)
なぜお店で彼女がナンバーワンなのか、今なら手に取るようにそれがわかった。
ハッとするように美しいスタイルの人、うっとりするような美声の持ち主、積極的にボディタッチをする人―――。
アプローチ法は人それぞれだったけれど、外見に勝るとも劣らず、内面の魅力がこの世界では物を言うことを、ひしひしと感じる。
さて、他にも何かすることはないかと、2人の会話に聞き耳を立てつつ仕事を探していたら、あかりさんが急ぎ足でこちらに向かってくるのが見えた。
「おや、あかりママじゃないか。何、また花梨の貸し出しかい?」
「本当にごめんなさいね。でも、今度はナツメちゃんを貸していただきたくって参りましたの」
アルバイトを始めてから、花梨さんは何度も他のテーブルへ呼び出しを受けていたけど、私が席を変わることは一度もなかった。
「あら、ナツメちゃんを?」
花梨さんも不思議そうに首を傾げている。
「そうなの、ちょっとね。本当にごめんなさい」
あかりさんは藤色の着物の合わせ目に手をやりつつ、たおやかな仕草で頭を下げた。
「いや、ママにお願いされたらね。困ったな。嫌とは言えないや」
「すみません、失礼します」
私はあかりさんに倣い、お客様と花梨さんに頭を下げて席を立った。
(一体、何が起きたんだろう……)
いそいそと急ぎ足のあかりさんは、どうやら、奥にあるスタッフルームに向かっているようだ。
きらびやかなフロアをかき分け、彼女の後を追う。
スタッフルームの扉を隠すように置かれている大きな花瓶には、紅白のバラとマツボックリが飾られていた。
(もう冬なのか……)
私がアルバイトを始めてから、店には2人、新しい女の子が増えたらしい。
勤務のタイミングが異なっているせいか、まだ挨拶を交わしたこともなかったけれど、花梨さんによると「ナツメちゃんと同じく、お昼はOLをしている女の子よ」だそうで、案外副業をしている人は世の中に多いのかもしれない。
地道な勧誘や知人の伝で、少しずつ人不足は解消しているとフロアマネージャーに聞いた。
あかりさん自身からも「もうそろそろ、麦ちゃんにお願いしなくても良くなると思う」と、この間聞かされたばかりなのに。
(また厄介なことが起きてなきゃいいけど……)
私は胸によぎる嫌な予感をすぐさま打ち消した。
(ダメダメ。こうやってすぐに悲観的に考える癖、これも直さなきゃ!)




