第20話
会社に行く時は、メイクは今まで通り控えめにすること。
新しい服やメイクにチャレンジするときは、休日を選ぶこと。
周りのみんなが優しくしてくれても、それに甘えすぎず、自分のことは自分でやること。
私は手帳に以上のことを書きつけ、忘れないように赤線を引いた。
「よしっ!」
期待はしていいと思う。
だって、昨日までの私よりも今の私のほうが、明らかに、男性に声をかけてもらえる確率が高いと思うから。
でも、だからこそ調子に乗りすぎないように、自分を戒めなければいけない。
(期待のしすぎは、禁物だよね)
結局今日は一度も会えなかった、広報課の小柳さんのことを思い浮かべる。
もし、会っていたら、なんと言葉をかけてくれただろうか?
モテモテの小柳さんのことだ。
可愛い女の子や綺麗な女性は、見慣れていて飽きるくらいかもしれない。
「モデルみたいな彼女がいるっていう、噂もあるし」
別に、小柳さんとどうこうなりたいわけではない。
でも、正直なところ、今の私を見てもらいたいとは思う。
(唯一、地味な私にも優しくしてくれた人……)
いったい、彼はどんな反応をしてくれるだろう。
驚くかもしれない。
他の人と同じように、褒めてくれるかもしれない。
普段と変わらない様子で、いつも通り話しかけてくれるだけかもしれない。
(それはそれでちょっと悲しい気もするけど、小柳さんらしい気もするわ)
私はうっとりと妄想の世界に羽を伸ばし、ロマンチックな気分に浸った。
「はぁ……」
気分が満ち足りている時も、ため息は出るのだと初めて知った。
ファッションやメイクがある程度形になったら、恋愛の指南書や人から好感度を抱いてもらえる手引書なども揃えたい。
これから先、どんな自分になりたいのかは、まだ漠然としている。
けれど、今がチャンスであることだけは、はっきりとわかった。
私は背筋をしゃんと伸ばし、今一度自分に喝を入れる。
そろそろ明日の支度をしないと、寝不足になってしまう。
もったいないけれど、メイクも落とさなければいけない。
「御影さんに、メイクの質問をするのは迷惑かなぁ……」
ぼんやりしている暇はないと気持ちを入れ替えた直後なのに、気を抜くとすぐに思考は飛躍する。
そうしていつもより長い時間をかけ、私は明日の準備を整えたのだった。




