第19話
奇跡が起きた……というと大袈裟かもしれないけれど、今まで異性に優しくされた経験が数えるほどしかない私にとっては、まさしく奇跡そのものの出来事だった。
そして、驚くことに、奇跡はそれだけに止まらなかったのだった。
消耗品の入ったダンボールを運ぼうとすると、
「あ、僕持ちますよ! どこまでですか?」
どこからともなく助っ人が現れ。
課長に頼まれた書類を探しに資料室に行くと、
「この書類だよね? ついでだったから、探しておいたよ」
同じ課の男性社員が先回りして用意してくれ。
閉まりそうなエレベーターを、もう間に合わないだろうと見送ると、
「あっ、乗ります?」
突然中からにょきっとスーツの腕が伸び、ドアをこじ開けてくれ。
挙げ句の果てには、
「……どうぞ」
メイク教室が始まる前に寄った書店のドアを、私が通り終えるまで男性が押さえてくれていた……!
(これが、女性扱いというやつなの!?)
世の中の女性は、これがいわゆる“普通”なのだということに衝撃を隠せない。
あからさまな表現かもしれないけれど、男性が、優しい。
わかりやすく、優しい。
今日1日、会社に行くため家を出てから、メイクを習い終えて自分の部屋に戻るまで、いったい何人の異性と挨拶を交わしたことだろう。
(世の中には……私が思っていたより、男の人が存在してるんだ)
今まで一度も彼氏ができなかったのは、ただ単に出会うチャンスがないからだと信じていた。
自分の生活圏内に、男性があまりいないから仕方ないよね、と納得していた。
―――でも。
「頑張ったら、出会えそうな気がする」
生まれて初めてこんなにも優しくされたせいで、妙な自信と確信ができてしまった。
もともとは、自分を変えるために取り組んだ計画だった。
私が本当に好きなものは、いったい何なのか。
私が「いい」と価値を認めるものは、いったい何なのか。
自分自身、それをはっきりさせたくて、今まで興味と関心がない振りをしていた外見を、一度磨いてみようと思ったのだ。
「はぁ……」
現金かもしれないけれど、先輩や同僚に褒められて、本当に嬉しかった。
男の人に優しくされて、戸惑ったけれど、天にも昇る気持ちになった。
習いたてのメイクを施した、自分の顔を鏡に映す。
そこには、昨日までの私と同一人物が映っているはずのに、まるで別人のように思えてしまう。
人生の長い時間を数字に換算すれば、たった1ミリ程度しかない間のことだというのに。
(うぬぼれるのは、危険だけど……)
甘酸っぱく、くすぐったい気持ちに胸が締めつけられる。
「ちょっとくらい、期待してもいいよね……?」




