第14話
そして声を押し殺しクスクス笑っていると、ふとどこかから視線を感じた。
まだ課長以外、誰も出勤していないはずだ。
自然と彼のデスクに顔が向く。
予想していた通り、来栖課長が私を見つめている。
「何かご用ですか?」
心境の変化が、コミュニケーションにも影響しているのだろうか。
怯えずに、自然体で彼に話しかけている自分に気づき、少し驚いた。
(いつも課長に話しかける時は、どもるか噛むかがデフォルトだったのに)
堂々と……まではいかないけれど、ごくごく普通の態度で彼に向き合える日がくるなんて。
「いや……」
珍しく、課長の方が言い淀んでいる。
目には見えない成長だけど、私にとっては今までの自分と決別する大きな変化だ。
「あの……兼業の件、どうもありがとうございました」
今はオフィスに2人きり。
他には誰もいないことをいいことに、私は意を決して立ち上がり、かねてから課長に伝えたかった言葉を口にした。
「課長がすぐに対応してくださったおかげで、すぐに働き始めることができて、知り合いも喜んでくれて……」
課長のデスクと私の席は、距離にして約3メートルちょっと。
それほど離れた距離ではないが、報告をする時は必ず彼のデスクまで行っていたので、この距離感で話をするのは初めてだった。
「ああ、いや。構わない。それが私の仕事だ」
気のせいか、課長もいつもよりハリのある声で返事をしてくれる。
「でも、ありがとうございます」
どうしたのだろう。
一体何がこんなにも嬉しいのだろうか。
理由もなく弾む気持ちを隠しきれず、私は課長に向かってにっこりと微笑んでしまった。
先週末の自分に今の私を見せたい。
(うまく表現できないけど、生まれて初めて、表彰状をもらった子どもみたいな気分……)
災難だと思った。
突然、夜の仕事を手伝ってくれないかなんて言われて、正直、勘弁してほしいと思った。
仕事でも厄介なことばかり押しつけられ、みんなから恐れられている課長直々の案件を命じられた時は、これからのことを考えて憂鬱にもなった。
私だけが貧乏くじを引かされているような、世界からポツンと見放されたような、そんな気分をずっと抱いていた。
(でも……)
私が想像していたより……私が思い込んでいたより、周囲の人はみんな優しく、変わりたいと望めば、それを叶える方法を次々に提示してくれる。




