第13話
「かかかか、課長! おは、おはようございます!」
第一発見者は、まさかまさかの鬼課長・来栖課長だった。
慌てて席を立ち上がり、お辞儀をする。
汗ばむ季節でも決して乱れない、彫刻のような涼やかな美貌。
そのシンメトリーに整った美しい顔が、無表情のままズンズンとこちらに向かってくる。
近視なのか遠視なのか。
裸眼の視力が1、5から落ちたことがない私には、その仕組みがよくわからないけれど、出勤時と退勤時、課長はメガネをしていないことが多かった。
「ああ、おはよう」
普段とまるで違わない、いたって普通の対応。
(あ……あれ?)
今朝も来栖課長はメガネなしで出勤していたが、密集したデスクにぶつかることもなく、流れるような動作で自分の席へと向かう。
その姿を見る限り、周りが見えていないことはないだろう。
(私、もしかしてそんなに変わってないのかな?)
何を言われても驚かないように、と心づもりをしていた自分が滑稽にすら思えてくる。
勢いよく立ち上がったせいもあり、肩透かしを食らったような気分だ。
なんだかバツの悪い気持ちになりながら、静かにそーっと椅子に座る。
そして、引き出しにしまった手鏡を取り出し、朝から何度も何度も確認している、自分の顔を改めてまじまじと見つめる。
(先週より、垢抜けたと思うんだけどな?)
酸いも甘いも噛み分けた、あかりさん直々の手ほどきだというのに。
事実、出勤前は母親から何度も「かわいい!」と褒めてもらえた。
それなのに、何の反応ももらえないとなると急に不安になってしまう。
大げさに騒がれたり中傷されることを恐れるわりに、褒め言葉だけはもらいたいなんて。
(私って結構、ワガママで性格が悪いのかも)
テキパキと始業準備をしている課長をチラッと盗み見る。
まだ、トレードマークのメガネはかけていない。
(まさか、課長も伊達メガネだったりして……?)
あれだけ迷いもなく机の上を整えているのだから、見えていないはずがない。
でも、課長ほどの才色兼備の人間が、一体何を隠すつもりで度の入っていないメガネをかけるというのだろう。
未婚の女性社員のほとんどが、彼の一挙手一投足を目で追う。
脈はないとわかっていても、一縷の望みをかけて、何らかのチャンスを得ようとしてしまうのだ。
どの部署からも「仕事の鬼」と恐れられているのは、その仕事ぶりに無駄がなくあまりにも的確だから。
私が男性に生まれていたら、絶対に敵に回したくない人物だと思う。
回ったら最後、ぐうの音もでないほど叩きのめされるに違いない。
自分と課長の間に共通点がまったくないことに気づき、なんだか急におかしくなってしまった。
「ふふっ……」
(同じ土俵に課長と自分を上げて比べるなんて、どうかしてるわ)




