第05話
「毎日毎日、愛想笑いばっかり浮かべてたら、顔が筋肉痛になっちゃうよ……」
「やだぁ、愛想笑いなんかじゃないわ。心からの笑顔よ。お客様に向かって、嘘の笑顔なんてできないじゃない」
「……これだから美人は」
気力のない時に母と話すと、さらにぐったり疲れてしまう。
おおよそ、世間の常識だとか一般論が通用しない母。
悪気がないことは百も承知なのだが、彼女はどこか現実離れしているというか、浮世離れしているところがある。
18歳で、天文学者だった年上の父と駆け落ち同然で結婚し、母は私を産んだ。
家計を助けるためにホステスとなり、父が病に倒れる15年前まで、銀座でトップクラスのクラブを任されていた。
仕事を辞めてまで看病に専念した母の甲斐も虚しく、父はその2年後に亡くなったが、母は同じ水商売でも華やかな夜の世界には戻らず、人通りの少ない路地に小さな料理屋を開いた。
「麦ちゃんも十分、かわいらしいわよ?」
小柄だが、すらりとバランスの取れた体は、洋服を着るとさらにスタイルの良さが目立つ。
ホステス時代から婀娜っぽいとの噂で持ちきりだった、目尻の泣きぼくろ。
街行く人のほとんどが、母とすれ違うと必ず振り返るのが、幼心ながらに自慢だった。
「……はいはい、そうですか」
素っ気なく返事を返すと、メガネをサッと奪われてしまった。
「あっ! ちょっと何すんのよ!」
「こんなダサい瓶底メガネ、やめちゃえばいいのに。どうせ度の入っていない、伊達メガネなんでしょ?」
私は母の手からメガネを奪い返すと、急いで掛け直す。
「い、いいの! 私はこのメガネが好きなの!放っておいて!」
思わず大声で抗議をする。
彼女はわかりやすくムッとした表情になった。
「せっかく美人に産んだのに。メガネを取ればかわいいのに。もったいない~!」
「や、止めてよ」
「背が高くてモデルさんみたいだし、いつも隠しているけどスタイルだっていいのに。野暮ったい恰好ばっかりしちゃって」
おにぎりを網の上で器用に返しながら、母が1人ごちる。
毎度毎度のことながら、彼女の褒め言葉は私にとって逆効果でしかない。
100人中99人が美人と太鼓判を押す人に「あなただって美人」と言われて「はい、そうですか」と素直に喜べるはずがなかった。
母の発言を聞いて、どう反応していいのかわからず、なんとも言えない微妙な表情を浮かべる親戚や知り合いの顔がフラッシュバックのように脳裏をよぎる。