第09話
持ち上げるたび、頬に御影さんの手のひらが当たりそうになって、思わず肩をすくめてしまった。
それ以外の時は、平静を装うことができたんじゃないかと思う。
肩の下まで伸びていた髪が、今や肩の上の長さに揃っている。
「本当は色も明るくした方が、いい感じになるんだけどな」
私に話しかけるというよりは、こぼれ落ちた独り言の大きさで御影さんがつぶやく。
ハラハラと見守る私の視線に気づいたのか、照れくさそうに笑って、
「はい、出来上がり!」
彼は私の体を覆っていたケープをサッとはずしてくれた。
「朝、セットしやすいように心がけたけど、ハネやすいからホットカーラーかアイロンで内巻きに整えると、もっと決まるよ」
「は、はい……」
ぎこちない笑みを浮かべる目の前の女性が、自分自身だとまだ信じられない。
まるで雑誌から飛び出してきたかのようなヘアスタイル。
(見違えるくらい、好感度が高そうな雰囲気になったかも……)
ありふれたボブヘアのはずなのに垢抜けて見えるのは、ひとえに御影さんのテクニックの賜物だろう。
「麦ちゃん、夜のアルバイトまだ続けるんでしょ?」
床に散らばった黒い塊を掃き集めつつ、尋ねられる。
「は、はい……いつまでかはわかりませんが」
「そっか。じゃあ、なんかわからなかったら、何でも聞いてくれていいし」
「い、いいんですか!?」
勢いよく振り返って、鏡ごしではない本物の御影さんを見つめた。
私の必死な様子に一瞬、彼は目を丸くし、その直後、一気に破顔する。
(我ながら、子供っぽすぎる……!)
恥ずかしさにカアッと頬が熱くなった。
「いいよ、大歓迎。何でも聞いて」
カラカラと明るく笑ってくれたおかげで、少し救われた気がした。
(あかりさんのコネのおかげとは言え、本当によくしてもらってるな、私)
「お待たせ! あ、ちょうどそっちも終わったのね」
髪を切り終わるとほぼ同時に、消えたはずのあかりさんが戻ってきた。
どこに出かけていたのか、両手には大きな紙袋。
御影さんの手によって変化を遂げた私を見るなり、女子高校生のような悲鳴を上げて感激してくれた。
「まぁ、麦ちゃん! ちょっと、やだ、大変身じゃないの!」
小さな頃はもっと落ち着いたお姉さんだとばかり思っていたけれど、あかりさんは喜怒哀楽が豊かで、感情表現がとてもオーバーだ。




