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第08話

「じゃあ、視力はいいんだ?」

「は、はい」

緊張と動揺に、心臓がバクバクと脈打っている。

御影さんにとっては何でもない日常会話も、私にとっては、慣れない外国語で必死にコミュニケーションをとるようなものだ。

藁をもすがる思いで、鏡越しにあかりさんを探す。

「じゃあ、1時間後にね!」

それなのにあろうことか、ひらひらと手を振って彼女は個室から出て行こうとする。

「あ、あか……!」

立ち上がってその後を追おうとしたけれど、タッチの差で御影さんにケープをかけられてしまった。

「大丈夫! 任せてくれれば、可愛く仕上げちゃうから!」

そう言ってバチっとウィンクを寄越す御影さん。

(リアル世界でウィンクする人、生まれて初めて見たんですけど~!?)

イケメンの思いも寄らない行動に、文字通り、体が固まる。

俳優さんかのように、スッキリとした出で立ちの御影さんがやってもこれほどの衝撃を食らうとは。

(ウィンクって、限られた人にだけ許された、難易度が高い技だったんだ……)

これが身近な知人だったら、脊髄反射で吹き出したに違いない。

おとなしくなった様子を見て、観念したと勘違いされたのか、早速髪にハサミを当てられた。

「ナツメちゃん……本名は麦ちゃんって言うんだよね?」

シャク、と鋭い音を立て、想像していた以上にバッサリと髪を落とされる。

「は、はい……」

私はハラハラと床に落ちていく黒いそれを目で追いながら、御影さんの質問に、蚊の泣くような声で答えた。

名残惜しげに散らばった髪を眺めていると、急に香水の香りが強くなる。

何事かと視線を上げ、目の前の鏡を見て心臓が跳ね上がった。

「……可愛い名前だよね」

私と顔を並べる近さに、御影さんの顔がある。

「あ、ありがとうございます……!」

正面を向いて2つ並んだ顔。

御影さんはただ、私の髪の長さを確認しているだけであって、美容師にとってこの距離は、当たり前の近さなのかもしれない。

(お願いだから、心臓よ! 静まって!)

自分の鼓動の音と、リズミカルなハサミの音だけが空間を支配する。

そしてそのまま時が流れること、1時間。

(もっと、いろいろ話しかけられるかと思ってたけど……)

髪を切る御影さんの様子は、昨夜とはまるで別人だった。

ただひたすら私の髪の長さと、左右のバランス。

そして俯いた時の髪の動きを、ありとあらゆる角度から確認し、その都度ハサミを動かす。

(でも、髪の毛を頭の上まで持ち上げられる切り方は、最後まで慣れなかったな……)

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