第06話
髪を切ること自体に異論はないけれど、財布にお金は入っていたかなと、急に不安になる。
タルトの最後のひと切れを口に運び終えた私は、メールを打つあかりさんに「ちょっとお手洗いに……」と断り、化粧室へ急いだ。
そして、鍵を閉めた個室で財布の中を確認する。
「……一万、五千円」
美容院へは、半年に一度行くか行かないか。
前髪がメガネにかかるほど伸びたら、自分で簡単に切る程度だ。
予想外に訪れた大きな出費。
果たして、財布の金額だけで対応できるだろうか。
(ピンチになったら、恥を忍んであかりさんにお金を借りよう)
ふうっと控えめなため息をついてから、個室を出る。
これから一体どんな展開が私を待ち受けているのだろう、と期待半分怯え半分で席に戻った。
「すみません、お待たせして……」
私の顔を見るなり、弾けんばかりの笑顔であかりさんが立ち上がる。
「じゃあ、行きましょうか!」
本当に昨日、彼女は深夜まで働いていたのだろうか。
カフェを出てから歩くこと十数分。
疲労感が一切滲んでいないパワフルさで、迷うことなく私を先導する。
さくさく前を歩く後ろ姿を追うだけで精一杯だった。
そして、あれよあれよいう間にと連れてこられたのは、同じく銀座に位置するヘアサロン。
「こ、ここ、ここですか……?」
選ばれた人しか、入店してはいけないオーラをひしひしと感じる。
店の前を素通りするだけでも早足になりそうな、スタイリッシュでおしゃれな外装。
「そうよ。さ、入って!」
店内からガラス越しに、私達に気づいたらしいスタッフがさっとドアを開けた。
カラコロと小気味良いドアチャイムが鳴り、いらっしゃいませの大合唱に体が包まれる。
「奥にお席をご用意しております」
私と同じ年くらいの女性が、親しみをもった笑顔で告げた。
「そう、ありがとう」
あかりさんは堂々とした様子で奥へ進んでいく。
曖昧に会釈を返す私とは大違いだ。
それにしても、美容院の中に個室があるとはどういうことだろう。
これはいわゆる、VIPルームというやつだろうか。
白と黒とを基調にしたシンプルな内装に、観葉植物の緑が良く映える。
ヘアサロンというよりも、まるで硬派なデザイン事務所のような趣だ。
決して長くはない距離の中、頭をフル回転して、これから起こりうるであろう出来事を入念にイメージする。




