第04話
あかりさんが待ち合わせに指定した場所は、銀座駅ほど近くにある、老舗のコーヒーショップ。
店のドアを開いた瞬間、まず、出迎えてくれたのは香ばしいコーヒーの香りだった。
(なんていい香りなの!)
アンティークという言葉がぴったりな店内には、穏やかなクラシックが流れている。
扉の中に一歩足を踏み入れただけなのに、一瞬で外の喧騒を忘れてしまった。
(こんな雰囲気のカフェ、初めてかも……)
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
ぼーっとカフェの空気に酔っていると、黒いベストとカフェエプロンをした私と同い年くらいの、男性の店員が話しかけてくる。
「あ、いえ……待ち合わせ、です」
電話であかりさんは「お店で待っているから」と言っていた。
彼の肩越しに店内をチェックすると、奥の席に彼女の姿が見えた。
「あ、あの方と待ち合わせなんです」
「……かしこまりました。後でメニューをお持ちしますので、こちらへどうぞ」
別世界で働く人は、立ち居振る舞いも別世界のように美しく、そして親切だ。
(私がお客様で彼が店員だから、ってだけの話なんだけど)
やっぱり、同年齢の異性と話すのが一番緊張する。
コンビニでも、男性の店員がいるレジは避けるくらい苦手だ。
「麦ちゃん! 突然呼び出しちゃったりしてごめんなさいね」
休日のあかりさんは、意外にもノーメイクだった。
でも、それを手抜きと感じさせないのは、やはり普段の手入れの賜物だろう。
「大丈夫? 迷子にならなかった?」
「はい、近かったので」
ざっくりとしたニットから覗く肌が色っぽい。
女性の私ですら、思わず視線を泳がせる勢いだった。
「今日は何でも好きなものを食べてね。私におごらせて」
「あ、ありがとうございます!」
店員からメニューを受け取りながら、あかりさんにお礼を言う。
顔では笑顔を作っていたけれど、内心ずっとヒヤヒヤしていた。
(一体、何の用事なんだろう~!?)
今から私は何を相談されてしまうのか。
理由もなく、呼び出したりなんてしないはず。
オーダーが終わってひと息ついてからも、ニコニコ微笑んでいるだけのあかりさんに、無意識に蒔いていた不安の種が一気に発芽した。
(ひょっとして、ちょっと言いづらいことなのかもしれない)
一番のおすすめと、あかりさんに勧められた季節のタルト。
さっくりとしたクッキー生地の上に、まろやかなマロンクリームがこれでもかと敷き詰められている。
ところどころにツブツブした栗の食感が残っていて、歯ざわりも楽しい。
でも、そのクリームの甘さを味わう間も、嫌な予感ばかりが胸をよぎる。
(く……クビ、とかかな?)




