第04話
「どうしたの、麦ちゃん。顔色が悪いわぁ」
目の前に、母という名の魔女が立っている。
「……残業で疲れているんですよ、お母様」
カウンターテーブルに突っ伏したまま、せいぜい皮肉を込めて言ったつもりが、魔女にとってはどこ吹く風だったようだ。
空になった私の湯のみに熱々のほうじ茶を注ぐと、てんで見当違いの返事をする。
「そうなの? 大変ねぇ。お夜食でも作ろうか?」
”夜食”という言葉に反応して顔を上げると、魔女もとい母、堀田幸が上品に着物の襟元を正しながら妖艶に微笑んでいた。
ここは「小料理屋・さち」。
母が経営している小さな飲食店であり、私と母の住まいでもあった。
20人もお客が入れば、いっぱいになってしまう狭い店内は、年季が入っているけれどすみずみまで手入れされていて、来る人をほっこりさせる落ち着いたムードが漂っている。
「どうする? じゃがいもの煮っころがしなら、まだ残ってるわよ」
コロコロと鈴を転がすような、娘顔負けの若い声。
「おかみさんの煮物は絶品って、お客様からも評判が高いのよねぇ」
「……知ってる」
「まだ、1人前は残ってるわよ?」
こんな時間に炭水化物なんて!と私の中のダイエット天使が引き止めたけど、よく出汁がしみたじゃがいもの誘惑には抗えなかった。
「食べる……」
「お疲れの麦ちゃんに、焼きおにぎりもおまけしてあげるわ」
さすがに炭水化物のオンパレードは危険だと思ったが、母の焼きおにぎりの美味しさを知っている身としては、拒否するなんて考えられない。
(美人でおまけに料理まで完璧なんて。本当に私と同じ血が流れているのかしら?)
カウンターの向こうで早速準備を始めた母は、見ようによっては野暮ったい割烹着を身につけても尚美しく、血の繋がりを疑うほどだった。
「OLさんのお仕事も大変なのねぇ」
「……小料理屋のママよりはマシ」
「あら、どうして?」
きょとんと小首を傾げる姿は、とても40代半ばとは思えないあどけなさだ。
年齢不詳という言葉は、もしかしたらこの人のためにあるのかもしれない。