第02話
私は気を取り直すように立ち上がると、クローゼットのドアをガッと開いた。
黒、ベージュ、白、グレー、紺。
どれもみんな、「何にでも合わせやすい」という名の無難なデザイン。
「いきなり全部買い換えるのもキツいよね……」
夏に入ったばかりのボーナスは、定期預金に回してしまった。
ならばと引き出しにしまっていた預金通帳を取り出し、残額を確認する。
「お金がないわけじゃないんだけど」
特別何か買いたいものがあって、コツコツ貯めてきたお金ではない。
会社と家を行き来するだけの毎日。
毎月の決まった出費と言えば、会社の食堂で食べるランチ代と、暇つぶしに気が向いたら買う雑誌くらいだ。
「普通の女の子って、何にどれくらいお金を遣うのかな」
いきなりハイブランドのファッションやメイク用品を、買いに行けるような度胸はない。
デパートの店頭でまごついて、店員さんに見つかるや否や、尻尾を巻いて逃げるのが目に見えている。
私はベッドに勢いよく体を預けると、見慣れた天井に向かってため息をついた。
「うーん……」
時計の針は午後3時を示している。
昨夜は私の変身っぷりに興奮している母を落ち着かせ、お風呂に入ってもらってから、自分も入浴の準備をした。
それから眠りに就いたため、睡眠時間はいつもより随分と短い。
ダイエットを決意した直後に昼寝だなんて、我ながらだらしないと思ったけれど、襲い来る睡魔にうとうとと瞼を閉じてしまう。
「明日も休みだし、まぁいっか……」
本格的に睡眠をとる体勢になり、枕に頭を沈める。
初めてドレスを着たせいか、体中が緊張していたせいか。
変なところが筋肉痛になっていて、寝返りを打つたびにピリッと痛む。
(これもいわゆる、勲章みたいなものと思えば……)
くだらないことをぼんやり考え、トロトロとまどろみに身を委ねた途端、突如枕元で充電していた携帯電話が着信を告げた。
「!」
メールすらもう何ヶ月も届いていないというのに、着信が来るなんて一体何事だろうか。
「だ、誰……?」
震えるそれを恐る恐る手にし、画面に表示されている名前を確認すると、そこには“あかりさん”の文字があった。
「も、もしもし!」
私は慌てて画面をタップし、通話を開始する。
「麦ちゃん、おはよう! 昨日は本当にありがとうね~!」
私よりも遅くまで働いて、閉店の作業もあったはずなのに、あかりさんは疲れを微塵も感じさせない溌剌とした声だ。
「い、いいえ! こちらこそ、どうもありがとうございました!」
受話器越しで相手の動作なんてわからないというのに、私はついつい、頭をペコペコとさげてしまう。
「麦ちゃんのおかげで、すごく助かったわ」




