第15話
せめて次回は今日の二の舞になるまいと、私は花梨さんとサヤカさんの動きを観察し、お客様がどういう動きをしたら自分はどのタイミングで何をすべきなのかを頭に叩き込んだ。
年度末、会社で経理の書類を突き合わせるよりも、圧倒的に神経を使う。
今のこのストレスを思えば、残業なんて屁のようなもの。
事実、初日の今日はたった4時間しか勤務していないのに、私は屍のようになっていた。
「ナツメちゃん、ちょっといいかしら」
いい加減、作り笑いのせいで頬が痛くなってきた頃、開店前と変わらない溌剌とした姿であかりさんがテーブルに現れた。
「お、もう上がりかい? まだいいじゃないか、ねぇ」
常連のお客様が、私に向かって茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
銀座のクラブという特殊な空間のせいか、お客様自身の清潔感や高級感のせいか、少しも気持ち悪くないのが不思議だ。
(通勤電車の中で、これくらいの年齢の男性にウィンクなんかされたら、絶対に「ゲッ!」って思うはずなのに)
「ごめんなさいね。この子、箱入りのお嬢様なの。長い間口説き続けて、ようやっとお手伝いだけOKしてもらえたのよ」
スルスルと、息をするように嘘をつくあかりさん。
「さ、ナツメちゃん、悪いおじさまに捕まっちゃう前に、早くお行きなさい」
誰も傷つけない、相手の顔を立てるジョーク。
私なんかには到底想像することすらできない、いろいろな経験に揉まれて身につけた知恵なんだろう。
「は、はい……」
お客様から頂いた名刺とハンカチを手に、腰を上げる。
「お先に失礼させていただきます。今日はどうも、ありがとうございました!」
そしてお客様とあかりさん、花梨さん、サヤカさんに向かって深々とお辞儀をした。
「……まぁ」
「おや……」
顔をあげると、目をパチクリさせた4人が私をジッと見つめている。
(あ、あれ? 私、今何かやらかした……?)
あれだけ賑やかに盛り上がっていたフロアも、シーンと静まり返っていた。
「あ、え、えっと……?」
周囲を窺うように視線を彷徨わせていたら、あかりさんが眉をハの字にさせて、
「ふふ、次もお願いね」
と、微笑みかけてくれた。
この言葉をきっかけに、フロアにもざわめきが戻る。
(仕事を忘れに飲みにきてるのに、会社みたいな挨拶をしちゃったから、みんな興冷めしたのかな……)




