第08話
実際に化粧を始めたのは、就職活動を始めてから。
就活応援セミナーで、最低限のメイクルールを教わってからというもの、今も忠実にその工程を守っている。
それが私のメイクのすべてだった。
「うーん、綺麗なおでこだね!」
「!?」
初対面の人に、まさかおでこを褒められるなんて。
こんな時、どういう反応をすれば正解なのかわからず、ぎこちない愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
(お世辞を真に受けてたら、後で恥をかくのは自分だわ……)
「じゃあ、まず簡単にクレンジングして、今のお化粧を落とすね。それから肌を整えていくから」
目を閉じていていいと言われたので、素直に閉じることにした。
カチャカチャとメイク道具のぶつかる音がして、御影さんが動くたび、フローラルな香りが広がる。
家族ではない異性に顔を触られるのは、生まれて初めてのことだ。
そっと肌に乗った御影さんの指は、想像していたよりひんやりと冷たく、でも、しっかりと骨ばっていて、中性的な見た目だけどやっぱり男の人の手なのだと、私は反射的に体を固くしてしまう。
「ごめんね、冷たいからびっくりした?」
「あ、い、いえ……」
いつも通り、焦ってリアクションが大きくなりそうになったけれど、グッと堪える。
ここで変な動きをしたら、御影さんの手元が狂ってしまうだろう。
私はサスペンスドラマに死体役で出演する気持ちになって、呼吸すらも控えめを心がける。
御影さんは私をリラックスさせようと、いろいろ気を使ってくれるけれど、指示通りに動くだけで精一杯。
目元のメイクの時だけ、目線をあげたり半目になったりと瞼を開いたが、最後まで鏡の中の自分とは目を合わせず、メイクを終えてもらった。
「じゃあ、次はヘアセットね」
御影さんにそう言われて、私は視線を伏せたまま頷く。
そして、右へ左へ私の髪を引っ張るヘアブラシの動きを、どこか他人事のように見守っていた。
「ナツメちゃんの会社は、制服はないの?」
早く終われ、早く終われと心の中でそれだけを念じていたから、御影さんの問いかけに咄嗟に反応できなかった。
「え、あ……いいえ。制服、あります」
慌てるあまり、カタコトのような返事になってしまう。
簡単な日常会話すら、まともに受け答えができないなんて。
(いつもこんな調子だから、友達もできないし、彼氏だってできないんだわ)
自分のダメっぷりに、ほとほと嫌気がさす。
きっと変に思われたに違いない、と御影さんをの様子をこっそり窺った。
でも彼は、一向に意に介さない調子で、
「そう……でも、地味だね?」
私にぐっと顔を近づけ、瞳を覗き込んできた。
あまりの至近距離に、心臓が跳ねる。
「ここにも昼間はOLさん、夜だけホステスってバイトの子が多いけど」
一体御影さんは何について話しているんだと、心当たりの多さと距離の近さにドキマギしてしまい、相槌さえ打てない。
「制服がある会社に勤めている子は、私服だけは可愛くしたいって、結構派手な子ばっかりなのに」
そう言って、彼は不思議そうな表情を浮かべた。




