第07話
「ぶよぶよ……」
下着がはみ出ないように、できればこれをつけてほしい……と渡された、シリコン製のブラ。
予想以上にぶよぶよしていて、接着面が何だかヌルついている。
「みんな、ドレスの下にはこんなの着けてるの?」
ブラが入っていた箱の注意書きを読んで、えいやと胸に貼りつけた。
「つ、冷たっ!」
慣れない感触に泣きそうになりつつ、着々と着替えを進める。
部屋には全身の映る大きな鏡が、背中も確認できるように何枚か配置されていたけれど、私はそれらを極力見ないようにした。
(見たらきっと、逃げ出したくなっちゃう……)
これから挑むきらびやかな世界に、いかに自分が場違いかを思い知らされそうで怖い。
慣れないドレスに悪戦苦闘したものの、何とか1人で着替えることができた。
脱いだ服を簡単にたたみ、会社用のバッグと一緒に、鍵を渡されたロッカーの中にしまう。
事前に靴のサイズを伝えていたので、用意してもらった物で問題はなかったけれど、見るのも初・触るのも初のピンヒールだった。
無駄に身長が高いことも、私のコンプレックスのひとつだ。
背が大きいだけで、どこにいても何をしていても目立ってしまうから。
だから就職活動の時も、一番高くない3センチのヒールしか履かなかったのに。
(なんか、すごい……足がスースーするし、ヒールがヨロヨロして踏ん張りが利かない。どうしよう、すんごい歩きにくい……)
次はいよいよメイクだ。
もう、覚悟を決めるしかない。
意を決して、私は奥の部屋のドアをノックした。
「はーい! お待ちしてました!」
部屋の中から現れたのは、先程挨拶を交わしたヘアメイク担当の御影さん。
入るなり、ズラッと並んだメイク道具に圧倒される。
「ナツメちゃんはヘルプさんだから、お化粧は控えめにしておくね」
(そうだ。私はここでは“ナツメ”なんだ。ナツメとして、今日から働くんだ……)
当たり前のように呼ばれる源氏名。
「は、はい……!」
にわかに気持ちが引き締まる。
「ここは銀座のお店だし、そもそも、そんなギラギラした感じにはならないから、安心してもらって大丈夫だよ」
そう言いながら、御影さんは私にメイク用のケープをつけてくれた。
そして座るように勧められた椅子におさまるなり、前髪をヘアクリップでグッとあげられる。
「……!」
小さな頃からずっと、前髪をあげた経験なんて数えるほどしかない。
清潔感を失わないギリギリのラインまで、常に前髪は伸ばし続けていた。
小さな頃から美しい母と比較されて育ったせいか、私は自分の顔があまり好きではない。
周りの子がメイクやヘアアレンジに興味を示し始めても、実際にお化粧をして登校を始めても、私は“自分には関係ない”と見て見ない振りをしていた。




