第05話
「スタッフのみんなには、今日から麦ちゃんがくることは言ってあるから。後で紹介するわね。で、奥のフロアにいるのが……、あら?」
それまで丁寧に店内を案内してくれていたあかりさんが、私からツツッと離れると、奥の通路へと姿を消す。
「……はぁ」
なんの説明もなくポツンと1人、誰もいないフロアに置き去りにされてしまった。
しかたなく、所在無げに内装のあちこちを観察する。
お店の中はどういうシステムなのか、部屋全体にとてもいい香りが漂っていた。
私は天井に施された繊細な装飾や壁の絵をぼんやりと眺めつつ、どんな人がこのお店にやってくるのか、純粋に興味を持った。
(やっぱり、社長とか会長とか、ハイクラスの人が多いのかな……)
新入社員の月給なんて、ひと晩で吹き飛んでしまうんじゃないだろうか。
どんなに不景気でも、お金がある場所にはたんまりお金があるのだな……なんて、貧乏くさいことを考えていたら、あかりさんが1人の男性を奥の部屋からフロアへと連れてきた。
「彼、ヘアメイク担当の御影くん。うちのお店の専属なの。若いけど腕は確かだから、安心して任せてね!」
引き締まった身体つきをしているらしく、遠目には小柄で華奢に見えたけれど、近づくにつれ彼が長身であることがわかった。
「どうも、よろしく!」
御影と紹介されたその人は、明るい声音で爽やかに笑う。
頭の先から足の先まで服装を黒一色でまとめているのに、決して地味に見えないのは、ヘアメイクというお洒落な職業のせいだろうか。
「彼女が、昨日話していたナツメちゃんよ。今日からアルバイトでヘルプに入ってくれるんだけど、臨時のお手伝いを無理言ってOKしてもらっているから」
「わかってますよ、他の子とは違うんでしょ?」
「そうなの。この上ないくらい、丁重にやってちょうだい。お願いね」
あかりさんは真面目な表情で御影さんに念を押し、
「それじゃ、私はドレスを持ってくるわね」
そう言って綺麗に整えた髪を色っぽいしぐさで抑えながら、通路の奥へと消えた。
「はじめまして、御影リュウイチです。昼間は青山の美容院で働いてるんだけど、この時間帯だけアルデバランに出張してるんだ」
「あ、はい。はじめまして! 今日は、よろしくお願いします!」
慌ててペコッと頭を下げる。
わかりやすくカチコチに緊張している私を見て、御影さんが思わずといった体でプッと吹き出した。
「はは、いいね。なんだか、学校の先生にでもなった気分だよ、ふふ」
そうしてひとしきり笑った後、いまだ緊張している私を見て、
「あ、ごめん。初々しくて、ついつい可愛いなって思っちゃって!」
言い訳をしつつ、御影さんは照れた表情を浮かべた。




