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アフター5はメガネをはずして  作者: 皇ハレルヤ
瓶底メガネの地味OL
20/65

第20話

いくら課長や人事が許可してくれて、会社的にはOKになったとしても、課内の人に影であれこれ言われるのはたまらない。

(まぁ……私が十分に気をつければ、大丈夫だとは思うけど……)

これを機に、気を引き締め直して、通常業務にも邁進せねばと気合いを入れた瞬間、


「堀田!」


と、課長が私を呼ぶ声がオフィスに轟いた。

(あの細い体から、どうしてこんな大きな声が出るの!?)

「は、はい!」

慌てて椅子から立ち上がり、課長のデスクまで駆け寄ろうとしたのに、

「この副業の件、急ぎか?」

(や、止めて~~!!)

あろうことか課長は、ハリのあるバリトンボイスで「副業」と、今、私がもっとも周囲に知られたくない2文字を口にした。

学生時代だって、こんなに全速力で走ったことがあっただろうか。

私は低い位置で結んだポニーテールを揺らしながら、急いで課長の元まで馳せ参じる。

「ははは、はい! で、できれば、早いほうが、助かります!」

「……そうか」

先程提出したばかりの書類を眺め、肩で息を切っている私を眺め、おもむろに電話の受話器を持ち上げた。

「!?」

驚きに目を見開く私に、大丈夫だとでも言いたげに頷くと、なめらかな動作で数字のボタンをプッシュする。

(か、課長! 一体どこに、どこに内線をおかけになっていらっしゃるので~!?)

私はヒヤヒヤしながら、課長の動向を固唾を飲んで見守る。

今日も課長は隙のない、ぴっしりとした七三分けのオールバックスタイルで、スーツも尊敬してしまうくらい、丁寧にアイロンがかけられている。

「あ、もしもし。経理課の来栖ですが」

この怜悧な美貌が、私の平穏な社会生活の鍵を握っているのだ。

「お疲れ様です。実はですね、うちの課の堀田が、副業を始めたいと申しておりまして。はい、そうなんですよ、副業を」

(あーあーあーあー! お願いだから、もう、副業副業連呼しないでくださいよ!)

もういっそ、穴があったら入りたい。

フロア中の関心が私と課長に注がれているのを、肌でひしひしと感じる。

私はこれ以上ないくらい俯き、体を縮こまらせて、迫り来る好奇の波から逃れようとあがいた。

「ええ、申し訳ないんですが、はい、そうなんですよ。ちょっと急ぎでして」

恐る恐る視線を上げて課長を見ると、「任せとけ」と口パクで伝えられる。

口から心臓が出そうになりながらも、私は必死に平静を装う。

そうして立ちつくすこと数分。

いい加減、みんなも聞き耳をたてるのはやめればいいのにと、周囲に対して恨みの感情すら抱き始めた頃、

「堀田、よかったな。許可が下りたぞ!」

と、課長がにっこり微笑んだ。

「か、課長……?」

もともとが整った顔立ちの綺麗な人なので、魅力的な表情を浮かべると、破壊的な威力がある。

(こんな風に笑う人だったんだ……!)

思わずぽかんと見惚れてしまった。

さっぱりした顔立ちゆえに、表情が宿ると一気に雄弁になる。

いつものクールっぷりが嘘みたいに思えた。

でも、そんな課長の表情を凝視できたのもつかの間だった。

「ただし、昨日頼んだ案件は今週中にあげること」

そう言って、課長は一瞬でいつもの冷静な鬼課長に戻る。

「は、はいっ! ありがとうございますっ! 頑張りますっ!」

ごくごく自然に「ありがとうございます」とだけ、伝えておけばよかったのに、うっかり出してしまった大きな声のせいで、静かなオフィスにさらに下世話な好奇心が蔓延する。

周囲の視線が一層強くなったのを感じた。

(根掘り葉掘り聞かれる前に、防波堤を築こう……)

席に戻るなり、隣の席の先輩や前の席の同期が、何が起きたのか聞きたそうな表情を浮かべていたけれど、いつもより大げさにキーボードをたたいて、私は課長から仰せつかった作業をこなすことに専念した。

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