第10話
母の指摘を受け、あかりさんはハッとした表情で私から離れ、さっきまでの笑顔が嘘のように、しゅんとうなだれた顔つきになった。
「実は……」
そして訥々と、自分の窮状を私たちに説明する。
母が店を畳んだ後、あかりさんは店のホステスと一緒に、母が紹介したクラブへと場所を移し、そこで10年間、遮二無二働いたそうだ。
「いつか幸ママのように、自分のお店を銀座に持ちたい」と、必死になって働いていたところ、その勤勉さを買われ、新たに開店する系列店のママをやらないかと店のオーナーから打診されたらしい。
2つ返事で快諾し、それから3年間、雇われママとしてクラブを繁盛させていたが―――。
「開店3周年をお祝いしようって矢先に、オーナーが急な病に倒れて……。オーナーの息子さんが後を継いだんですけど、経営方針がガラッと変わってしまって」
グスッと鼻をすすりながら、あかりさんが涙ながらに話している。
「単刀直入に言うと、人手が足りないのね?」
その言葉だけで、母は彼女が何を言いたいのか察したようだった。
「……はい。ボーイさん達はなんとか説得して引き止められたんですけど、女の子達はこのお店じゃ続けられない、他のお店に移るって」
泣きすぎて、真っ赤に充血した瞳が痛々しい。
今更ながら、私がこの場にいることが場違いに思えてきて、どうにもいたたまれない気分だ。
「あかりちゃんのお店の女の子は、みんないくつくらいなの?」
母の質問に、あかりさんは少し思案する顔になる。
「20代……後半くらいでしょうか……。銀座だから、場所柄、落ち着いた子が多いですけど」
その答えを受けて、母は、はあっと大きなため息を吐いた。
「でしょう? 私の知り合いと言えば、もう30後半だから……客層に合わない気がするのよね」
(そうか……あかりさん、お母さんにホステスのツテがないか、人脈を頼ってきたんだわ)
水商売の世界では、よくある話なのかもしれない。
いまいち話の内容が飲み込めなかった私も、ここにきてようやく合点がいった。
「本当、1人だけでもいいんです。誰か紹介してもらえれば……!」
「って言われてもねぇ……」
母が銀座を去ってからというもの、何人ものスカウトが自宅まで訪ねて来たことを、今でも鮮明に覚えている。
どんなに大金を積まれても、希望する条件をすべて飲むからと懇願されても、母は首を縦には振らなかった。
そうして徐々に、かつての知り合いとは疎遠になっていったはずだから、確かに現役ホステスの知り合いなんて、1人もいないのかもしれない。
(華やかな世界にも、いろいろと苦労があるんだな)




