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死体蹴り  作者: 言祝
4/6

先生

ミシェーラの朝ご飯を食べた後、ビビとアーサーはリートリックの家へと向かっていた。ビビはいつも通り目に包帯を巻いていたが、魔力による感知能力が戻っていないのでアーサーに手を引かれて歩く。完全に視力がない状態で歩くのは初めてで、とても不安で、ビビは自分が実は恵まれていたことに気がついた。


「そりゃあね、普通は君みたいな魔力量の人間はいないから」

「アーサーさんに言われても、なんだか実感は湧かないんですけれど」


ビビはなんとなく、アーサーの魔術師としての能力が一般的なそれよりも優れているのではないか、と推測していた。


二人が向かっているのはリートリックの家だ。彼の家は村でも三番目くらいに大きく、とても広い土地を有している。そのため、馬の面倒をみれるほどのスペースがないビビの家に代わりアーサーの馬を預けていた。直接馬小屋の方へと回り込むと、丁度リートリックが馬の世話をしていた。飼葉を運ぶのに背中の筋肉がうっすらと浮いている。足音で来訪者に気がついたのか彼は二人を振り返った。


そして、盛大に顔をしかめた。


リートリックは右の手のひらを服でゴシゴシと拭いながら、ずんずんと二人に近づいて――ビビの手を強く引いた。ビビは突然かかった力にびっくりしてよろけて、リートリックの肩に額をぶつけた。


「なんで縦長兄さんと手をつないでるんだよビビ」


不機嫌そうな声でビビに言うリートリック。ビビはええと…と言ったまま言葉を続けることが出来ない。


「ほう」


そんな二人をアーサーが訳知り顔で見た。それからにたあ、といやらしい顔をしてみせる。


「ほうほうほう…ふうん、ふううん?なるほどねえリートリックくん」

「ッ!!うるせえ。わかったなら離れてろ」

「確かに君とビビは同性ではないけれど…茨の道だねえ」

「うるせえ」


よくわからない話をしている二人に、ビビの頭に疑問符が浮かぶ。


「リーリもアーサーさんも、なんの話をしているの?」

「ビビは気にしなくていい。…どうしたんだよ、今度は俺の腕握ったまんまじゃねえか」

「…」


沈黙にリートリックはますます首を傾げた。


「お前、いつもと違って変だぞ。なんか…いつもみたいにふわふわってしないし。ふわあって」

「ふわあって何さ」


今度はビビが首を傾げる番である。今まで一緒に遊んだり、狩りをしてきたけれど、リートリックからそんな話をされたことは一度もない。進展が望めない二人の話を聞いて、はあなるほどね、と事の次第を理解出来たのはアーサーだけだった。顔を見合わせたまま困っている二人の少年にアーサーは言う。


「リートリックくん、仕事は忙しい?良かったらこれからビビと一緒に魔法を習わない?」


彼は相変わらずの能天気さで、ますます混乱する話を放り込んだのだった。






アーサーは自分の馬の様子を見終わると、二人をつれて野原に向かっていた。誰もいない場所で話がしたかった。今度はリートリックがビビの手を引き歩いている。少し汗ばんだリートリックの手のひらが、いつの間にか自分より大きくなっているのを感じて、ビビは内心とても悔しく思った。リートリックの発育が良いということもあるけれど、14歳と同い年にも関わらず、未だ貧弱な自分の体が恨めしい。


ビビが唇を噛む一方、アーサーはリートリックに粗方説明を終えていた。


「――ってわけでねえ、ビビの視力を戻した代わりに感知能力が切れちゃってるんだよ」


任せっきりにしたけれど、ビビが空枠であることは告げていない。アーサーだって無断で言っていいことと悪いことはわかっている。リートリックはビビを振り返った。


「…じゃあビビ、その包帯外せば良いんじゃないのか」

「…」


至極当然なことを言われて、黙り込むビビ。つむじがおろおろしている様を見てもしかして、と言葉を続ける。リートリックはとても察しが良かった。


「俺がいると外せないのか」


ビビの両目には秘密があるらしい。しかし昨日ひょっこり現れた縦長兄さんの前では外せる包帯を、それなりに長い付き合いの自分の前だと外せないと言うのは悔しい。思うところはあれど、リートリックは納得した。


「日の光が駄目だからずっとつけてるって聞いていたけど」

「まあ、私は良いと思うよ、リートリックくんはビビの一番の友達みたいだし――そっちの価値については詳しくなさそうだし」

「!」


そっちの価値…両目の価値、空枠(ルース)としての価値を、リートリックは気が付かないのではないか、ということをアーサーは呟いた。賢明な母の努力が無になることは無いのではないか、と。リートリックの恋慕も加味したからこそ、ぽろりとこんな唆すようなことを言ってしまったのだが、それはビビは知らなくてもいい事だ。


「リートリック…」


ビビはぎゅう、とリートリックの手を握る。


「誰にも、言わないでくれる……?」


自分の名前をちゃんと呼んで、恐る恐る自分の方を見上げる想い人を見て、リートリックは首を縦に力強く振った。






空枠(ルース)、ねえ…」


リートリックにとってそれは聞いたことはあるけれど、おとぎ話の中の存在に過ぎなかった。体の中に宝石を抱え込んだ、生き物。それがまさか自分の友人だったとは。しかし彼は包帯を取ったビビの前髪を両手で持ち上げて、別にどおってことはないなあと笑った。真っ青な右目と真っ赤な左目にはびっくりしたけれど、彼にはやけに美しい荒削りなガラスがハマっているようにしか見えない。また、普通の両目のビビよりも、この両目のビビの方が、「らしい」ような気がしていた。


何より、ビビに想いを寄せるリートリックにとっては、ビビの顔の全貌を見ることが出来たことが嬉しかったのだった。ミシェーラは当然、またアーサーには先を越されたものの、ビビの事情を知っているのはこの村でリートリックだけだ。甘い優越感は否定出来ない。


「普通に綺麗なだけじゃん、ビビはビビだ」

「あ、ありがとう、リーリ」


太陽の光を目の中にいっぱい取り込んだビビが喜色を浮かべる。きらきらと輝いて眩しい。


ビビの方も友人の姿が見れたのは嬉しいことだった。健康的な日焼けした肌に、燃えるような赤毛。少し太い眉毛、目の色はヘーゼルで、植物の柔らかい色を集めたような、そんな色彩をしていた。


リートリックは格好よくて良いなあとビビはため息をついた。


「そうしたら、誰もいないから魔法の勉強をしよっかあ」


いつの間にかアーサーが斜め掛けの皮鞄の中から1冊、本を取り出していた。紙は高価なので、少年達は綺麗な本を見るのは久しぶりのことだった。


「どうしようかなあ、適性診断してあげたいところだけれど、今それが出来る道具を持っていないんだよねえ。やりやすそうな魔法を教えるのでもいいだろうか?」

「勿論です、アーサーさん。何か教えて頂くってだけでも本当にありがたいことなので」

「というか待て、ちょっと待て。その前に俺に魔法使えるって本当かよ?」


疑うような質問にアーサーは自信を持って肯定する。


「本当、本当。だって君、ビビが垂れ流してる魔力に気が付いてたんだもん、それだけでセンスあるよ」


ビビといるとふわあってしてたんでしょう?とアーサーは確認する。


「あのふわふわが魔力だったのか…」


裏を返すと、ビビの魔力を感じ取っていた人間は全て魔法使いの素養があるということだ。ただ――魔法が使える人間は、全人口で2割にも満たない。村人の中で他にも魔法使いになれる人間がいるかどうかと言われると、あまり可能性は無かった。


アーサーは分厚い本の、最初の何ページかをペラペラと捲り始める。


「よし、それじゃあ魔法教室を開講しよう。君たちが覚えなきゃいけないのはこの世に無数に広がる『世界式』とその『抽出』、『魔法式』への『書き換え』、必要ならば『演算』、最後に『起動』だね。座標・範囲指定とかは取り敢えず今は意識しなくていいや。

世界式への干渉箇所が増えると今度は魔術と呼ばれるようになるよ。

取り敢えずそれは置いておいて…例えば火属性魔法を使おうか。今からこのページの式を見て覚えて」


アーサーはビビに見開いた状態の本を手渡し、そう促す。本の図解の中でも単純な方で、図形を覚えること自体はそう時間はかからない物だ。2人が覚えている間にアーサーは足元に生えていた、青い狗尾草を摘んだ。名前の通り獣の尾のような、ふかふかの穂先を指でつついて暫し弄ぶ。感触に満足した彼が大袈裟に草を振って合図すると、生徒2人の注意がそちらへと向いた。と、そこで、


「"燃えよ"」


と呟く。一瞬アーサーの手元に魔法陣が出現し――赤い閃光を走らせ直ぐに消え、代わりに穂の部分に火が付いていた。


「う、うわぁ何やってるか全然わかんねかった」

「ふふ、そろそろ式覚えたでしょ?これをゆっくりやるねえ」


アーサーは愉快そうに目を細めて、鎮火した草を捨て、新しいものを摘む。


「………――」


今度は出現した魔法陣をきちんと目視できる。白く光る魔法陣はビビたちが今までみたものの中で最も単純な構造をしている。その1部が歯車を取り替えるように変形し、教科書の図の通りに完成すると赤みを帯びる。


「――"燃えよ"」


そして、アーサーの声に呼応するかのように、再び穂先が燃え上がった。


「…なるほど?」

「原理は、わかった気がします」


ビビとリートリックの眉間には揃ってシワが寄っている。


「まぁ夕方までにはぽんぽん炎を出せるようになるさ」

「アーサーは燃やす時になんか呟いてるけど、言葉って大事だったりするのか?ほら、よく冒険譚で聞くような、詠唱みたいなやつ」


ほんの少し胸を弾ませているリートリックの質問に、アーサーは首を振る。


「大事、では無いねえ。私にとっては補助的な感じ。最後の『起動』の部分は結果のイメージ力も必要だし、魔力をしっかり込めるところだから気を付けてねえ。まあ気合いちょっと入れれば良いんじゃない?」

「て、適当ですね!」

「ふふ、魔法なんて適当だよお」


けらけらとアーサーは笑い声をあげた。


そして練習を始めた2人は早速世界式の抽出で躓いた。今まで呼び出したことが無いのだから当然である。ただ、アーサーに言われた通りのことを反復していると徐々に二人の前に世界式の基礎式が現れるようになった。そしてまた2人は躓く。今度は基礎式を維持出来ない、構造式の置換が出来ない。うっかり魔力が尽きて休憩を余儀なくされる。そして…小川の水を飲みに行ったり、もどかしさに地面を転げ回ったりしているうちに遂に──。


「だああああ!"燃えろ"ッッ!!お?!」


魔法式が火花をあげ発動し、リートリックの狗尾草に静かに火が点った。


「わあああ!リーリすごい!」

「ワォ、おめでとう、リートリックくん」


ぱちぱちとリートリックの成果に拍手が送られる。狗尾草は暫く燃えて、静かに鎮火した。


「これで火起こしが楽になるぜ…」

「やれば出来るじゃないか、そしたら他の式も覚えてやってご覧。1つ出来るようになったら、他も式を覚えれば出来るから、多分」

「『多分』」

「だからさ、魔法なんて適当で良いんだよお」


納得のいかないままリートリックは水魔法修得を目指し始める。その隣で、中々火がつかない狗尾草をむううう、とビビが睨みつける。背丈でも手の大きさでも力でもずっと負けてて、魔法でも負けるなんて嫌だ、なんて考えが過ぎる。そして僅かに額に汗をにじませながら、試行と失敗を繰り返す。


「炎よ!炎よ!」「炎よ!」「燃えろ!」「燃え…うぅ」


必死になって成功を求めるビビの手元で、魔法式が何度も何度も、繰り返し展開されては実行されずに砕け散る。握りしめた狗尾草がくたびれて、新しい物に変えられ、尚続く。


アーサーは自分の顎に手をやり、じょりじょりと髭を弄んだ。


「うーん、ビビは火属性と相性悪かったのかなあ?そんなことないと思ったんだけど。でもちょっと心配なのは…気合い入りすぎちゃってるところかなあ」

「あ?力むと駄目なのか?」


自分も大概力みまくってたと思うのだが、とリートリックは首を傾げる。さっき出来た水魔法も、それこそ気合いでやった。


「いやー、そうじゃなくってさあ」


と否定しつつアーサーは息が上がり始めたビビの、細い肩に手を伸ばした。


「ビビ、あま


「"いい加減燃えてください!!"」


ビビが一際大きな声でそう唱えた途端、だった。


魔法式の起動が確認され赤い閃光が走り──魔法陣は太陽のような凄烈な光を放ち──鈍い音を立てて大きな火柱がビビの手元で上がった。






「"癒し給え"」


ふたつの青白く輝く魔法陣が向かい合って、ビビの両手を中心に球体を描くように回っている。そしてその中で、広範囲に渡って出来ていた火傷が、しゅわしゅわ…と音を立てて面積を小さくしていた。初めて怪我を魔法で治されているけれど、熱く痛みが走る皮膚に、冷たい水を柔らかく宛てられているような感触だ。


「完全に事故だったねえ。私の監督不行届だ、ごめんねえ、ビビ。熱かっただろう」

「びっくり、しました」


ビビの心臓は未だばくばくと大きな音を立てている。


「本当にな!!なんだありゃ、置き換える魔法式を間違えたのか!?」


困惑しているリートリックの質問にアーサーは首を振った。その表情は何故か──物凄く楽しそうで、ビビの両手を治しながらも口元がにやけ始めていた。


「…あれは込めた魔力の違いだねえ…。魔法式が一緒でも魔力の違いであんなことになるんだねえ、私ぁびっくりしたよ!いやいや……ふふっ……勉強させて貰った」


笑っちゃってごめんねえ、とアーサーは一応形だけ謝った。リートリックは彼に呆れてしまったけれど、そろそろ性格にも慣れてきて、ひとつため息をついて終わりにした。アーサーはついでとばかりに説明を始める。


「さて、今実行してるのは精霊魔法。下級の医療魔術だから魔法陣は2個で済んでるけど、威力を上げるにつれて魔法陣はどんどん増えるよ。私の友人の治癒術師君は1番ヤバイ患者診た時に軽く100個は呼び出してた、変態だね」

「すごい人もいるんですねえ」


はあー、とビビは感心して息をつく。ひとつ魔法式を実行するだけでえらい目にあったのに、何個も並行させて実行するなんて脳みそがねじ切れてしまいそうだと思う。アーサーはにこにこしながら、慣れだよ慣れ、なんてやっぱり適当なことを言っている。


「ビビも、そのうちこういうのを使えるようになるといいよ――高等魔術を覚えて、出来たら聖霊魔術にも手を出した方が良い――それでいつか、私の魔法と同じことを自分でできるようになるといい」


同じこと。


ビビは目を見開いて、アーサーの顔を見た。ふわふわの金髪が風になびいて、キラキラと輝いている。硝子の奥の海色の両目は、穏やかに緩んでいる。


隣を見ればリートリックが心配そうにこちらを見ていた。赤い髪、ヘーゼルの瞳、少し赤みのさした頬。


後ろには風に輝く野原があって、光を飲み込む小川が走っている。見上げれば抜けるような青空が広がっていて、太陽が透き通った光を燦々と振りまいている。……帰ったら、ミシェーラの柔らかな紫の瞳が待っている……。出会って1日で、ビビにはもう愛おしくて堪らない風景だ。


今日を限りに、またさよならをしなくてはならない風景だ。


「また、会えるの……?」


この景色に。


「君が学べばきっとね」


伝わったのかはわからないが、アーサーは頷く。会った時から変わらず、緩い笑顔を見せる。この人は、どうしてこんなに優しいのだろうか?気付くと、リートリックが力強くビビの頭を撫でていた。少年はいつの間にか泣いていたようだった。

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