新たな一歩
もうすぐ夏休みというある日、凜はようやく学校に行く決心をした。
夏休みに入ってすぐには、凜にとって初のバンドデビューイベントも計画されて、凜にとって大事な時期を迎えようとしていた。
不登校から立ち直るチャンス、新たな自分への第一歩だ。
大丈夫。うまくいく。みんな、応援してくれてるし。ちゃんと準備もしてきた。
あとは、結子に何か返事するだけ。どうする?私の答えは…
考えた末、凜は結子にバンドデビューのDM とドリンクチケットを送ることにした。とにかく、今のわたしをあ
りのまま結子に見てもらおう。そのあとは、どうなっても構わない。わたしはわたしのしたいことをやっていこう。
凜の気持ちは、初夏の空のように晴れ晴れしていた。
かなり久しぶりの学校は、ほとんど誰とも会話することなく終わったけど、まことがちゃんと見守ってくれていた。帰りにまこととお
茶して、結子にチケットを送ったことを報告した。
「うん、それでいいと思うよ。」
まことがそう言ってくれたから、心の底からほっとした。
「何か、凜、スッキリした顔してる。いい顔になったね!」
「え、そう?ありがとう。まことのおかげだよ。」
「ううん、凜が自分で答え出したからだよ。わたしは、側にいただけ。」
「そう…かな?でも、わたし一人じゃまた学校に行けたか自信ないよ。やっぱりまことが居てくれたから…。」
「そんなに言うなら、何かおごってもらおうっかなぁ(笑)」
「えぇっ、ずるい!っていいよ、ちょっと小腹だし。注文しに行こ。」
「まじで?やった!何しよう?迷う…。」
なんでもない、普通の女子学生の楽しそうな時間がそこには流れた。
それから数日、何事もなく無事に過ぎ、そのまま夏休みに入った。
終業式の日、結子は高木と凜のことを話していた。
「あの、高木君、バレンタインのこと覚えてる?」
「え、ああ。うん。あれ、俺返事したよな?ん?」
「え、返事っていうか…。お返しとお礼。」
「そう…だっけ?ゴメン、よくわかんねぇな。
あれ、もしかして、お前らの関係がおかしくなったのって、そのせいだったり…しねぁよな?」
気まずそうに結子に訊ねる高木。
結子は答えられず、目を逸らしてしまった。
「…ゴメン…な。全然気付かなかったわ。」
「いや、でも、高木君が悪い訳じゃないし。わたしが勝手に勘違いしたんだし。
…それに、凜に謝ることもできたし。許してくれるかは解らないけど。なんか、返事にライヴハウスのチケットもらったんだけど、…
高木君、良かったら一緒に行ってもらえない?なんか、凜がバンドに参加するみたいなんだ。」
突然のことに整理しきれず、固まる高木。しばらくして、高木は口を開いた。
「へー、中川がバンド。すっげー意外。わかった、行くよ。うん、楽しみにしてるわ。じゃ、またそん時。
「うん、詳しいことはまた連絡するね。」
「あの、それと、まだ間に合うかな?バレンタインの返事。長いことこんな状態で放っといたお詫びに、もう一度真剣に考えて見ようと思うんだけど。」
「…もちろん!わたしの気持ちは変わってないし。そんな…ありがとう。」
「いや、俺の方こそ、本当に悪かった。」
残された結子は一人凜に感謝した。思いがけない高木との接点は、凜からの贈り物のような気がしたのだ。
夏休みに入って、いよいよライヴの日、凜は朝からソワソワと落ち着かない気持ちでフロッグのカウンターに座っていた。
「緊張してる?」
マスターがオレンジジュースを出しながらのぞきこむ。
「どうしよう、マスター。こんなに緊張したの初めてかも。」
「大丈夫だよ、みんな一緒なんだし。
さぁ、ゆっくりジュースでも飲んで、落ち着きに行ってきな。」
楽屋に行くと、バンドのメンバーはその日の出演者と打ち合わせをしていた。
凜はそこに呼ばれ、新メンバーだと紹介された。
慣れないあいさつを交わしながらも、みんなの顔にほっとしている。
まこととも軽く言葉を交わして、最終リハーサルに入った。リハーサルはなんとかうまくいった。あとはこれ、お客さんに聞いてもらうんだ。信じられない。
「凜ちゃん、ガンバろうな!」
純さんに励まされ、気合いが入る。
「パニックったら、俺たちに任せろ!」
「心強いです(笑)先輩。」
そんな風に穏やかに凜のバンドデビューは進んだ。
初めてのライヴハウスに、結子と高木は、初め戸惑い、曲が進むにつれて楽しんでいるようだった。
その様子を見て、凜は安心していた。
あの二人、うまくいってるみたいね。
この日、結子や高木を含めてフロッグで打ち合げが行われ、打ち解けたみんなは次なるライヴの約束をして解散した。
その夜、結子からメールがきた。
「凜、今日は楽しかった。ありがとう(*^-^)
凜がバンドなんて、意外だったけど、良かったよ!それに、相原さんも唄うまくてビックリしちゃった。 結子 21:32 」
「見に来てくれてありがとう。高木君と一緒に来るから、おどろいたよ。また見に来てね(^^) 凜 21:36」
「うん、絶対行くからまた誘ってね( ゜∀゜)
じゃあ、おやすみ(。-ω-)zzz 結子 21:40」
「うん。おやすみ( `・ω・´)ノ ヨロシクー 凜 21:42」
二人は自然と友人関係に戻れたようだった。でも、人間関係なんていつ壊れるかわからないし、どんなきっかけでうまくいくかもわからない。大事なのは、そこに囚われないこと。自分は自分、他人は他人なのだ。うまくいかない時は自分を見直してみて。回りを見直してみて。違った見方が出来れば、道が拓けてくるかもしれない。