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第3話:戦いの後のお風呂

戦いと戦いの間のお話。そんな、お話です。



 生きれば人は汚れる


 白き透明な玉を磨かなければ淀む


 ならば、常に心を洗わなければいけない


 例え汚れても


 洗えばいいだけなのだ


 白く透明な球が淀んでも


 白く透明な玉の本質は変わらない


 洗えば綺麗な玉


 だから、体は汚れても心までは汚せない




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 テルア村のはずれにタスクの家はある。


 ドラゴンがゆっくりと舞い降りると執事の服を着た白髪の老人と清楚な感じのするメイドがいた。


「おかえりなさいませ」


 白髪の老人は深々とお辞儀をする。


「ベルベットか。すまないが、ローズをお風呂に入れてくれぬか。我もすぐに行きたいが、事後処理をお願いしに行きたい」


 ローズがそう言うと

「ええ、お風呂の準備はできています。私の妻がご主人様の面倒を丁寧に見てくださります」

ベルベットは穏やかな声で答えた。


「さぁ、ご主人様こちらですよ」


 血で汚れたタスクを嫌がることなく、我妻と呼ばれたメイドが抱き上げる。

 タスクは子供のように手を引かれて家の中に入っていく。


 それを見送ると、ローズはベルベットに話しかけた。


「本格的な戦争が始まりそうだ。妾と主だけで戦えるが、村を万全に守るなら仲間が必要だ」


「さようでございますか。私に必要なことがあれば何でお申し付けください。ご主人様には感謝しきれぬぐらい御恩がありますので」

 ベルベットはタスクに返しきれぬぐらいの恩があった。


 どんな命令でも絶対に遂行する意思があった。


「妾はこれから、アルデーロ村へ向かって援軍を願うことにする。タスクのことや村を頼めるか」


「ええ、問題ありません。むしろ、私に村を守らせていただけるとは誠に光栄でございます。たしか、銃でしたかな。あれは非常にいいものでございます」


 そう言って、上着の下に隠した銃をベルベットは撫でた。


「ご主人様に渡された人が作りし武器。人という者は非常に興味深いものです。私たち悪魔と呼ばれた存在は己の力で戦うことしかありません。しかし、人は多種多様の柔軟な思考で戦いの在り方を変えます。今や悪魔はかつての脅威があるとは言えません」


 ベルベットはかつて多くに慕われた神様と呼ばれるような存在だった。人の為に畑を耕し、大地を守り人の笑顔が好きな存在だった。


 しかし、外からやって来た男神によって圧倒され信仰が薄れてしまった。


 これは信仰で力を得ていたベルベットには死活問題だった。それどころか、自分の存在を維持できるだけの信仰がなくなり消えようとしていた。


 そこで、タスクが手を合わせたことで生き延びることができたのである。信仰心は無い。でも、手を合わせて存在を認めてくれる人がいるだけで力を得ることができるのである。


 タスクの認める力は強く、ベルベットに大きな力を与えてくれた。さらに妻にも力を与えてくれた。


 忘れられて消え去るだけの存在を認めてくれたのだ。


 だから、タスクの為なら何でもする意思がベルベットにあった。


「ベルベットよ。変な考えは起こすのではない。主が悲しむからな」

 ローズはベルベットに注意した。


「心得ております。私も村を守るために様々な手配を行いましょう。村人の守りはご主人様や私の妻のレイアがいれば問題ないでしょう」


 ベルベットはそう言うと、タスクの家の方を向いた。

 タスクの家は洞窟へとつながっている。鍾乳洞があり、氷などが取れる。


 巨大な迷宮にもなっており、人が数年間立てこもるだけの余裕もあった。テルア村では、緊急避難先として地下洞窟が使われており、いざとなれば他の村へと逃げ込むことができるようになっていた。


 タスクはそこを倉庫代わりとして使っており、戦いで得た戦利品が眠っていた。ベルベットとレイアはその管理を行っている。そして、地下洞窟の博物館化していた。


 それらは村の教養として使われた。タスクとは別の入り口から入れるところに建物を建てベルベットとレイアは生活していた。


 タスクの家からは50mぐらい離れていて近所とも言える。また、村人が避難する際はベルベットとレイアが住む博物館に逃げ込むようにテルア村では決められていた。


「博物館の管理というのも非常に楽しいものですからね。管理人として子どもに慕われるもの非常に楽しいことです。とにかく、ご主人様のおかげで楽しい日々を過ごせているのです。それをただ、壊されたくないだけでございます」


 ローズはそれを聞いて

「さすがじゃ。かつては古の星に住まう神として崇められただけある」

と言う。


「いやいや、ローズ様には及びませんよ。幾年も生きてきましたが、あなた様にはかないません」


「ふむ、そうか。しかし、この穏やかな日々がなくなるのはさびしいのぉ」


 ローズは夕焼けに染まる空を向いてつぶやいた。


「そうですねぇ」


 それに対して、ベルベットも同調した。


 人にとっては長い時だが長い時を生きた者には短い平和だと感じていた。


 ローズは人が生まれて1万年も達していないのだ、人が争いを続けるのも仕方がないのかもしれないと思うのであった。






 タスクとベルベットの妻のレイアが家に入ると、ミシェルが出迎えた。


「タスク姉さん。おかえりなさい」


 椅子から立ち上がって、タスクに手を伸ばす。


「ミシェル様、今はだめですよ」


 レイアがミシェルを静止させる。


「でも……」


「血にはさまざまな物があります。生命の水とも言えます。しかし、それは自分の血が基本です。多くは毒となります。幸い、私はこの程度の毒は問題ありません。すぐにお風呂を洗えば毒を洗い流すことができますでしょう」


 ミシェルは下を向いて

「はい、すみません」

と言って椅子に座った。


「さぁ、ご主人様。こちらに」


 タスクは、レイアに手を引かれ脱衣所に案内される。


 レイアに服を脱がされる。血に染まった服は洗濯物かごに入れられる。


 タスクは自分が裸であることに一切ためらいは無い。ただ、ぼんやりと手を眺めていた。


 レイアも服を脱ぐとタスクの手を引っ張って浴室へと案内する。


「前に座る椅子があります」


 レイアはタスクの手を取って、どこにあるか教える。


 タスクはそれに触れると座った。


「血を洗い流しますね」


 そう言って、風呂桶を使って浴槽からお湯をすくう。


 やわらかい布を使って石鹸を泡立て優しくタスクを洗う。


 タスクはレイアをすることに何1つ言わず受け入れる。


 レイアは腕や足、背中やすべてを丁寧に洗っていく。


 体を洗い終えると、レイアはタスクの髪を洗う。タスクは気持ちよさそうになすがままの状態だった。


 2人の間に会話は無いが、穏やかな時間が過ぎていく。タスクの体を洗い終えるとタスクをお風呂に入れる。


 レイアは浴槽を綺麗にして自分の体を洗ってお風呂に入る。


「失礼いたします」


 レイアはそう言うとタスクの腕を取り、マッサージをしていく。


「…ありが…………と…う」


 タスクは声を絞り出すようにレイアに言った。


「ご主人様、私はしたいことをしているのです。ですので、何1つ悩むことはありませんん」


 タスクは首を横に振った。


「……」


「申し訳ありません。では、直に受け入れてください。それが私の願いです」


 タスクはそう言うと、こくりと首を縦に振って頷いた。


 マッサージが終わると、タスクとレイアはお風呂から出る。


 レイアは先にでると自分の体を拭いて、次に新しいタオルでタスクの体を拭く。


 タスクの胸は絶壁なのでブラはあっても無くても意味が無かった。とりあえず、スポーツブラのような物があるのでタスクはそれを着ている。


 レイアはタスクにに服を着させると、自分も服を着てタスクを2階の寝室へと連れていく。


 ベッドに座ると赤子のように横になって布団を抱きしめた。


 レイアはタスクが強い孤独を感じていることは知っていた。


 しかし、それを一時的に癒すことができても完全に埋めることができなかった。


「……」


 タスクは目を閉じて寝ようとした。強い孤独を打ち消すために安らぎを手にしようとして……。


 しばらくレイアはタスクの背を撫でた。タスクは少しだけ落ち着いたのか穏やかな呼吸をして眠る。


 寝た後もレイアはタスクの背を撫で続け布団をかける。


「……」


 レイアはタスクが寝る寝室をあとにして、1階へ。


 ミシェルは料理を作っていた。


「ミシェル様。これは……味噌汁ですね」


 味噌のいい匂いがする。さらに、甲殻類の匂いがする。


「はい、甘エビが手に入ったのでタスク姉さんが好きな甘えびの味噌汁を作っていたんです」


 タスクの故郷の料理だった。ある程度海が近いこの国では魚介類が手に入る。


 かつては海で取れるものを食べる文化がなかったのが、この国を王国から共和国に変えた女王によって生まれた食文化である。


 結果的に、この国では魚や貝などの養殖も盛んに行われている。


「とても、おいしそうね」


 レイアは味噌汁のでき具合を見て言う。


「はい、自信作ですから。はやく、タスク姉さんの感想を聞きたいです」


 ミシェルは笑顔を見せて言う。


 レイアはその笑顔が愛おしく感じた。人間の命は花のように短いだからこそ、戦いを捨てて幸せになってほしいと願うのだ。ただ、のんびりと毎日を穏やかに過ごしてほしいと思うのだ。


「私も気になります」


 レイアもミシェルにおだやかな笑みを見せた。





 タスクが寝ている間、ローズはアルデーロ村に来ていた。


 村に着くと、人ではない者たちが集まってくる。スライムやゴブリン、鳥人、オークなどが集まってくる。


 今も魔王という存在に仕えている者たちである。


「久しぶりだな、ローズ殿」


 青白い肌に角が生えた男がローズに話しかけた。服装は農業を営むオーバーオールを着ていて、鍬を持っていた。どうやら、畑仕事を終えて戻って来たころのようである。


「そうじゃな。カルザミグ」


「見たところ、遊びにきたというわけでなそうだね。要件を聞くよ」


 カルザミグは真剣な表情で言う。


「戦争だ。悲しいが、ここも巻き込まれる可能性もあるからの。手を貸してもらえないだろうか」


 それを聞くと、カルザミグは楽しそうな笑顔を見せた。


「もちろん、いいよ。彼女には返しきれない恩があるからね。それに、戦いが好きな者たちには喜んで協力してくれると思うよ。それで、相手は?」


「バルベル帝国だ。今のところは魔法を使ってはいない。それと、契約者も見当たらない」


「そうか、まだ契約者はいないんだね。でも、いずれ出たときは彼女の力が必要だ。僕たちが人よりも強い力を持っていても、人と比べれば僕たちの数は少ない。圧倒的な数に加えて、強力な兵器は脅威だからね。だからこそ、僕たちも研究を重ねた兵器を用意させてもらったけどね」


 カルザミグは後ろを振り向いて言う。


 そこには眼鏡を書けた鳥族がいた。


「任せてくださいよ。カルザミグさん。いつでも、準備できています」


 鳥族はどこか楽しそうだった。しかし、戦いが好きではなく、誰かを守れることに誇りを感じていた。


「昔の僕たちでは考えられない大進歩だよ。でも、こうやって僕たちも平和に暮らせているんだ。この国で済む義務は果たさせてもらうよ。さぁ、久しぶりに魔王軍復活だ」


 カルザミグがそう言うと、おぉーとおいう声が響いた。





 エルトニアの首都ロムルは騒がしかった。駅の入り口ででは、

「号外だよ。号外。このエルトニアに戦女神パメラが入国だ」

と新聞売りの男が叫んだ。


 駅の人たちはお金を新聞売りの男に渡して買っていく。


 テルア村のことは報道されていなかった。政府には電話によってテルア村のことは伝えられていたが、混乱を起こすという理由で報道規制がされていた。


 酒場やレストランではテレビやラジオに戦女神の入国で話題が持ち切りだった。


 そして、この国の22代目大統領は頭を抱えていた。


 議事堂の一室で、書類を見ながら考えていた。


「戦女神の入国は断りたかったがな」


 大統領は残念そうにつぶやいた。他国の力を借りるわけにはいかない。しかし、連合国軍所属の戦女神の入国を断れば、連合国軍との摩擦が発生する。


 今は避けたかった。多くの犠牲を払えば問題ないが、戦争が終わった後のことを考えれば犠牲は最小限に抑えたかった。


「大統領、諜報部隊を動かしますか」


 秘書の提案に

「それで構わない」

と答える。


「あと、テルア村から連絡が来ました。バルベル帝国が攻めてきたと」


「ガサドからか?」


「ええ、報告だとドラゴンの爪が旅団規模のバルベル帝国を殲滅したようです」


 それを聞いて、大統領はいろいろ考える。


「報道規制はしたか?」


「ええ、しましたよ」


「戦いに関しては、防衛軍に任す。ただ、テルア村には手を出さないように」


「ええ、それはご安心を。あそこはこの国を滅ぼす可能性ありますからね。ただ……戦女神が入国、テルア村に向かって進軍しています」


「止められなかったのか」


「外交的問題を利用して圧力をかけられました。スマートなやり方ではありませんが、許可をしました」


「そうか……国際電話用意できるか」


「すぐにできます」


 大統領は秘書に国際電話を要求した。


 電話をするのは、戦女神が住む国ボステック王国だ。


「もしもし、バステック王国の王ロク18世だ」


「直接お会いできて申し訳ありません。エルトニア大統領22代目のひいらぎです」


「柊どのか」


 声からは厳格な声が聞こえる。大統領は面倒そうだなと思った。


「戦女神にかんしてなのですが……テルア村から引いていただけないでしょうか」


「それはできない。連合軍の諜報部隊からテルア村に大軍が攻めているという話を聞いている。あの村がバルベル

帝国の手に落ちれば帝国軍の大きな足掛かりを得ることになる。それだけは、絶対に避けなければいけない」


「たしかに、選挙区は帝国に傾くでしょうね。テルア村は小さな村ですが、鉄道が走っています。しかも、山を越えるための鉄道がある。しかし、そこは契約者がいます。それに任せていただけないでしょうか」


「君はただの契約者に国のすべてを任すというか」


「ええ、任しますよ。それだけの実力がありますからね」


 大統領はテルア村にどれだけの戦力があるのか理解していた。だから、すなおに戦女神を引かせてほしかった。


 それに対してボステックの国王は不快感を示した声でこう言う。

「まったく古いな。もう、契約者だけという不安定な存在に頼るのは時代おくれだ。戦いは数だ。それがすべてを決める」

 大統領は面倒だと思いながらも、言っていることはある意味で正しい。人と人の戦いなら数が重要な要素となる。契約者は1人いるだけで戦場を覆すだけの力があるが安定性にかけていた。そいうこともあって、今はさほど古い考えとされていた。


 しかし、それでも、大統領はテルア村にいる契約者に任してほしかした。


「できればという話です。ですが、これだけは要証していただけないだろうか。テルア村の契約者が何をしても連合国軍は一切口出さないという約束を」

 長話は無駄だろう。大統領は単刀直入に要件を言う。


 それに対して、ボステックの国王は少し黙り、重たい声でこう言う。

「いいだろう。契約者を敵に回すのは得策でないからな。ただ、そちらもそれだけの計らいをしていただけるのだろうな」




「戦女神の支援をいたしましょう。詳細は、後日リストを送る形でいいでしょうか」

 

 大統領は人員を送る予定はないが、物資を送る形にしようと思いながら戦女神の支援を約束した。


「構わぬ。それでは、よい報告を期待しているぞ。大統領」

 ボステックの国王は、すこしうれしそうに言うと電話を切った。


 大統領は天井を見上げて、安心した。理由は簡単、契約者の自由が許されたからだ。これだけで、多くの犠牲者を減らせたと言えるテルア村にいる契約者に常識は通用しない。嫌だと思ったら徹底的に抗い人を簡単に殺せるのだ。


 あれは常に物事を平等に見る。権力というものが役に立たない存在だ。


「はやく動乱の時代を終わらして平穏に暮らせる時代にしたい」


 大統領はつぶやいた。


「しかし、あの国王は戦女神を駒としてみてないようだ」


「そうなのですか。連合国軍の象徴とも言える存在としては酷い扱いですね」


 秘書もやれやれという感じで大統領に言う。


 お互い信頼しているからできる会話だった。


「死んだら弔い合戦として連合国軍の士気が上がる。生きてれば、戦女神が来たと士気が上がる。言うなれば、アイドルだな。人の心を変える。ある意味、それだけの魅力があるんだろう。その純粋で何1つ疑わぬ心がな」


「でも、戦況は全体的には思わしくありませんね」


 秘書は手元の資料を見ながら言う。連合国はここのところ、敗北が続いている。


「帝国軍の軍事力のほうが上だ。兵士の質もどうやって強化したのか問いたいぐらいの良さだ。ただ、人道的な問題が生じているきがするけどな」


 大統領はガサドの報告をまとめた報告書を見ながら言う。


「確かに、人を喰うなんて正気じゃありませんね。でも……何かしらの理由がありそうですね」


「ああ、そこまで追い詰められたんだろう。国際情勢から見れば世界を侵略している帝国が悪の国にしか見えんからな」


 今の戦争の構図を考えると無差別に他国を侵略しているバルベル帝国は悪の国にしか見えてない。


 そして、それに立ち上がった戦女神を中心とする連合国軍が抵抗するという構図が生まれていた。


 しかし、大統領と秘書はお互いの顔を見て首を振った。


「どっちも戦争しないで、別なもので争ってくれないかな。そうすれば、楽できるのに」


「大統領、それは私も同意見です」


 ただ、どんなに願っても、この現状から逃げ出すことなんてできなかった。今は、1つ1つ起きる問題を解決するしかなかった。





 タスクが眼を覚ますと手で周囲を確認した。


「目が覚めたか、主よ」


 優しい声が聞こえた。タスクが手を伸ばすとやわらかい感触がタスクの手を掴む。


 赤い服に身を包んだ女がタスクの手を掴んでいた。


「……」


 ぎしりという音を立て女はタスクを押し倒す。そのまま、顔を近づけてタスクにキスをする。


 タスクは抵抗することなく人形のように動かない。


 タスクから顔を話して、にっこりと笑顔を見せる。タスクはそれを見ることは叶わない。


 ローズとの契約の代償で目を失っているからだ。


「主の目の代わりは妾がする。だから、安心してくれ」


 そう言って女はタスクを強く抱きしめた。それに答えようとして手を動かそうとするが動かない。


(ローズが見えない。つらいよ)


 タスクは自分が大好きなローズが見えないことを悲しんだ。


「代わりに何時まで、主と一緒じゃ。何があっても離れることはない」


 それを聞いてタスクは安心した。少しだけ心が軽くなるような感じがした。


(甘えびの匂い。お腹すいた)


 タスクは目が見えない代わりに他の感覚が異様に発達していた。


「ミシェルが主の為に作ったようだ」


(食べる)


 タスクは念話で言うと、女はタスクから離れて棒を渡す。


 タスクはベッドから抜け出すとリビングへと向かう。


「あ、タスク姉さん。起きたんですね」


 ミシェルのうれしそうな声に安心を覚える。人を殺した自分を拒絶しない。ただ、それだけでうれしかった。


「今、甘えびの味噌汁を用意しますね。席に座って待ってください」


 そう言うと、タスクは席に座る。しばらく待つと、甘えびの味噌汁が入ったお椀が目の前に置かれる。


「ここにあります」


 ミシェルはタスクの手を掴んでお椀の位置を教え、箸の位置も教える。


「ありが……とう」


 タスクはお礼を言うと味噌汁が少し覚めるのを待ってから飲む。


「……」


 タスクは、甘えびの出汁がしっかり取れておいしいと感じた。


「甘えびのお刺身もありますからね。あと、ご飯にわさびもありますよ」


 レイアがお盆にのせた料理を運びながら言う。


 タスクはそれを聞いて喜んだ。


「9時にご飯。12時に甘えびのお刺身。3時にマグロのお刺身。6時にわさびの皿があります。」


 レイアはタスクに食べ物の位置を教える。それを元にタスクはもきゅもきゅと刺身とご飯を食べていく。


 いざとなれば、テーブルをとんとんと叩いて刺身の置かれた位置を確かめて、食べたいものを食べていく。


 食べる速度は速くないのでゆったりだが、綺麗にごはんを食べ終える。


「おいしかったですか」


 ミシェルが尋ねると、タスクはこくりと頷いた。ミシェルは浮足立った。自分の料理をほめられたのだ、それだけうれしいのだ。


「また、食べたいですか」


 タスクはこくりと頷く。


「また、作りますね」


 ミシェルはそう言うと、食器を片しまとめて、洗い場へと運ぶ。洗い場では、レイアが洗い物をしていた。


「タスク姉さんに喜んでもらいました」


 ミシェルはレイアにタスクに褒められたことを伝えた。


「それはよかったですね」


 レイアはにこにこしながら答えた。


 一方、タスクは2人のやり取りを聞きながら、、イヤーマフを外した。


「……」


 ここを守ろう。その為に敵の位置を探る必要があった。でも、タスクは敵の声を聞き取ることができなかった。どうやら、夜の進軍はなさそうだ。しばらくはゆっくりできそうだと思いながらタスクはイヤーマフを付ける。


「どうじゃ、敵の動きは」


 赤い服を着た女が階段から降りて問いかけた。


 首を横に振って念話でタスクは答える。


(いなかった。声も拾えなかった)


「そうか、しばらくはゆっくり休めるな。今夜は一緒に寝るか」


 女は後ろからタスクを抱きしめた。


 タスクは上を見る形で


(ローズ、いいの?)

と念話で問いかける。


 ローズと言われた女は

「久しぶりに人になったのだ。主とのふれあいを楽しむだけの余裕はあるじゃろう」

と楽しそうに言って、タスクをお姫様抱っこする。


「……」


 ローズとお姫様抱っこしながら寝室へ。ベッドに寝かされる。


(ローズ……)


「なんじゃ」


 ローズはベッドに座ってタスクの頭を撫でる。


(楽しかった……なんの疑問も思わなかった……)


 ローズは今日の戦いのことを言っているのだろう。似たようなことはあった。


 そして、タスクは念話で

(楽しかったけど、この戦いは速く終わらしたい)

と自分の願いを伝えた。


「主がそう言うのは珍しいな」


 ローズはタスクが戦いを早く終わせたいということに疑問を持った。


(強い信念があった。あの兵士たちは願いのために自分を犠牲にした人たち。もう、死んでいるのと同じ)


 タスクは自分の感じたことを言った。


「死んでいるか。確かに、恐怖らしいものを感じられない。まるで、動く人形みたいじゃ」


(うん。楽しいけど、人形を相手しているみたいで楽しくない)


「……ふむ、そこまでして己を犠牲にするバルベル帝国とはいったい」


 ローズは考え込む。敵は確かに考える力を持っていた。しかし、決定的におかしいのだ。それがローズもタスクも理解していなかった。


 似たような事例はあった。けれど、これだけの規模の人の恐怖を消すというのは並大抵のことではないはずだ。


「人の考えぬことはわからぬ。深海の海のように底が見えぬ」


(そうだね)


「うむ、だからこそおもしろいじゃがな」


 ドラゴンが人を愛すことなど異端だった。だが、長い時を生きて感じることの無い感情を味わうことができたのだ。

 ローズはタスクに出会いに感謝するのだった。そして、ローズは寝ているローズに口づけするのだった。



 百合だった。ここまで読んでいただき、真にありがとうございます。

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