双子の姉と比べてなぜかモテない私と幼馴染み
私、橘花穂には双子の姉がいる。しかも、一卵性双生児だ。
物語の中では顔だけそっくりだけど性格は正反対だとか、能力が正反対だとかそんな事はよくあるが、現実はそうじゃない。
成長過程の、例えば些細な出来事や友人や出会った教師の違いでもちろん別々の人間に育っていくわけだが、元々のDNAの呪縛は恐ろしい。
小さな頃は同じ物を食べ、同じ親に育てられ、同じ習い事をして育つのだ。小学校で初めて別々のクラスになり別々の友人ができて個性というものが形成されはじめるのだが、幼少期の育てられ方の呪縛も恐ろしい。
だから、高校二年生になった今でも私と姉の美穂は結構そっくりで、学力も得意科目も大差無い。
「二人って高校まで同じだなんて仲いいよねー!」
よく知りもしないでそんな事を言う人がいるが、アホかっ! と突っ込みたい。
私達は気が強くて負けず嫌いなのだ。母も年の離れた姉も負けず嫌いだから家系的なものだろう。
負けず嫌いな人間同士が同じ知能を持っていたら成績に大差がつくだろうか? そんな訳がない。
身長、体重、過去にやっていた習い事が全て同じ人間同士が持久走大会で順位を争ったらどうなる? デットヒートで共倒れに決まってる。
そんな訳で私達の中学時代的成績はどんぐりの背比べ状態だった。そうなると当然志望校が同じになる。
特別仲が悪いわけではないが、同族嫌悪というものがある。変に比べられるのは嫌だしできれば違う高校に進みたかった。
だがそうなると、どちらかが一つランクを下げなくてはならない。
普段、かぶると嫌なものがかぶってしまった場合はジャンケン三回勝負で決めるのだ。
しかし人生を左右する高校までジャンケンで決める事は出来ないし、そもそもレベルを下げるなんて論外。
高校生になってまで「わぁー! あの子達双子ちゃんだぁー! 可愛いー!」などと言われる事に抵抗はあるが仕方がない。
そんな訳で私達は学区内のトップから二番目の高校に通っている。中途半端な秀才なのだ。
そんなそっくりな私達だが高校に入ってから私が完全に負けている事がある。勝負にすらなってない。
「なんで美穂ばっかりモテてるの?」
この女に聞くのは嫌だが思いきって聞いてみた。
「花穂の女子力が低いからでしょ? てゆうか、本当に何でかわからないの? そこがすでに痛いわ!」
さすがに彼氏がいる女の発言は余裕がある。だが、その上から目線に腹が立つ。
「いまだに貴司兄ちゃんのメアドすら知らないとかヤバすぎ」
美穂がとんでもない事を言い出した。なぜ知っているのか? 私達にはテレパシー能力は無いはずだが、美穂は私の思考を一方的に受信していたとか……そんな事は無いはずだ。
「…………な、な、なんで貴司兄ちゃん!」
私は思わず叫んでしまった。
「それで隠しているつもりなのがヤバすぎ……」
美穂が呆れているが、姉妹で恋バナなんて恥ずかしすぎて無理だ。
ついでに、彼氏がいる女に片想いの相談なんて負け組以外のなんでもない。
今さら気がついても遅いが私は美穂に相談した事をめちゃめちゃ後悔して逃げるように本屋に行く事にした。
一月の夜九時に出歩くならば、ダウンコートを着てくればよかった。お気に入りのダッフルコートを着ているがちょっと薄手で寒い。
頬に突き刺さる冷たい空気が痛いほどなのだが、そのひんやりとした夜の空気を思いっきり吸い込むと心が澄みわたる気がして嫌いではない。
貴司兄ちゃんは隣の家に住む一つ年上の幼馴染みで同じ高校に通っている。そういえばもう一年くらい挨拶程度しか会話をしていない。
身長は180センチ以上あり、三年の受験シーズンですでに引退をしているがラグビーをやっていてかなりガッシリとした体型をしている。
運動部なので日焼けしていて眉毛の角度が十時十分になっているし、言葉遣いもワイルドなので第一印象は怖がられる事が多いようだが、本当は優しい人なのだ。
多分見た目は不良というか……番長っぽく見えるだろう。でも貴司兄ちゃんは私達と同じ高校で成績も平均より上のようだし、部活をやっているから校則違反なども基本的にはしない真面目な生徒だ。
私が貴司兄ちゃんを好きだと感じたのは私が小学校五年生の時だ。
貴司兄ちゃんとは昔から仲がよく帰りの時間がたまたま合えば、話ながら帰っていた。それを見たクラスの男子にからかわれた時に、初めて彼の事を意識した。
といっても、それからずっと片想いをし続けているなどという純粋さは私には無い。
自己分析すると男子生徒にからかわれただけで意識してしまうくらいなのだから、単純で惚れやすい性格だと思っている。だから、誰かから告白されたらその人の事が好きになるのではないかと思う。
貴司兄ちゃんへの想いは片想い未満、でも思い出にはなっていないという程度なのだと思う。
だからこそ彼氏がほしい今日この頃なのだ。
家から商店街を歩いて十分ほどの距離に駅前の本屋がある。
レンタルビデオなんかもやっている大手チェーン店で深夜まで営業をしている。
私はそこで雑誌を立ち読みして、少女マンガを
一冊買った。十時までには帰らないと親に怒られてしまうだろう。
帰り道を歩き始めたところで頭をトンと軽く叩かれる。振り向くと貴司兄ちゃんが立っていた。
「おいっ! お前、こんなクソ遅い時間になにやってんだぁ? コラ」
貴司兄ちゃんは相変わらずワイルドだった。ダボダボしたジーンズ、サーフブランドのダウンジャケットにアラン模様のマフラー、手はポケットに突っ込んで私と違い温かそうだ。
「え……普通に本屋ですけど?」
貴司兄ちゃんが私に話し掛けてくるなんて本当に珍しい。学校では話し掛けてくるなというオーラをまとっているのだ。久しぶりに話す事が出来て嬉しい。
「はぁ? お前、こんな遅せぇ時間に出歩くなよ! 出るならチャリンコで行け。逃げられンだろ、チャリならよ」
貴司兄ちゃんはとても目立つ人だ。小柄で真面目そうな外見の私に、番長風の男が大声で詰め寄っているように見えるらしく、通りすがりの人がチラチラ見てくる。
「えー? 家まで街灯あるし、店あるし、人いっぱいだし」
「お前、あんまナメんなよ。帰るぞコラ」
「うん」
やっぱり貴司兄ちゃんは優しい人だ。今はたいして付き合いの無い幼馴染みの心配をしてくれるのだから。
これが冬の夜でなければきっと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている事が貴司兄ちゃんにバレてしまったかもしれない。今夜は最初から寒さで頬が真っ赤だったので事なきを得た。
「ところで、何だその格好? 寒そうだなオイ。これでもしとけ……」
そう言って貴司兄ちゃんはマフラーをグルグル巻いてくれる。ちょっと苦しいが首もとが温かい。
「あ、あ、あ、あの……ありがと。ところで、貴司兄ちゃんは何してたの?」
「あぁ!? たまたま遊びの帰りだよ。文句あんのか!?」
「いや、無いけど……受験は?」
「推薦だよ。ラグビーの……」
詳しく聞くと、県外の大学で寮生活になるらしい。卒業したらいよいよ接点が無くなりそうで、私はそれだけで何だか胸の奥がむずむずするような切ない気持ちになる。
私は貴司兄ちゃんにおめでとうの一言も言えずに帰ってきてしまった。
きっとこの想いは本当にそろそろ終わらせなければいけない感情なのだ。
初恋なんて「私なんであの人の事が好きだったんだろー。その過去消したいわ!」と思うのが普通だというのに、私はそんな日が来る事がまだ想像出来ない。
貴司兄ちゃんが何も言わなかったのをいい事に、私はマフラーを返さなかった。
それはちょっとした悪あがきだった。
***
高校までは最寄り駅から三駅ほど電車に乗る。私達は特別仲のいい双子では無い。でも意図的に通学時間をずらすほどの不仲ではないし、あえて離れて歩くような事もしないので、二人で通学する事が多い。
駅で貴司兄ちゃんを見つける。私はマフラーを返そうと近寄る。彼はラグビー部の二人と一緒だった。
「あの、佐藤先輩……」
佐藤は貴司兄ちゃんの名字だ。学校ではそう呼んでいる。
「あぁっ!? 何か用か?」
彼は今日もワイルドだった。
「昨日のマ――――」
「あぁ!? んなもん知らねーよ。話し掛けんなコラ」
貴司兄ちゃんは学校の友人がいるところで女と会話するのが嫌なのだ。
「……小学生か、こいつ」
美穂が小声でツッコミを入れる。
硬派を気取っているため、学校ではなかなか会話をしてくれない貴司兄ちゃん。マフラーを渡すところを誰かに見られたら、きっと恥ずかしいだろう。本当は優しい貴司兄ちゃん。彼のキャラクター設定を守るため二人きりの時に渡そう。
本当ならポストに入れるとか佐藤のおばちゃんに渡すとか他にも方法があるのだが、私にとってマフラーはもう一度彼に話しかける正当な理由だった。
そして結局、マフラーを返せないまま貴司兄ちゃんは進学してしまった。
最初の二週間は本気で返そうとしていた。その後は今さら返しづらくなってしまい持ち歩くのをやめた。私は返そうとしたのに、「んなもん知らねー」と言ったのは彼なのだ。
そして、貴司兄ちゃんが卒業してから猛烈にやっぱり返した方がよかったと後悔しはじめた。
そんな時、私は同学年の男の子に呼び出された。
「花穂ちゃん、俺と付き合ってよ」
彼は確か去年美穂と同じクラスだった人だ。双子の特性で話した事の無い人から名前で呼ばれる事は慣れている。そして、美穂と知り合いというだけで私の事を知った気になっている人がいるというのもよくある話だ。
だけど、告白してきた人は彼が初めてだった。
「えっと、高橋君だっけ? 私、高橋君の事知らないからお断りします」
彼は確か去年、美穂に告白してフラれているはずだ。
私の事を好きになってくれる人がいたなら私もその人の事を好きになんじゃないかと思っていたが、これはないと思う。
高橋君は美穂とたいして差がないだろうと思って付き合いたいと思っているのだ。
告白されたら相手が誰でも少なくとも嬉しいものだと思っていた。実際はそんな事はなくて、ただ腹が立っただけだった。
私は美穂と比べられるのが嫌なのだ。貴司兄ちゃんは小さい頃から知っていて自然に私達を別々の人間として認識してくれている。
そして何でかは知らないけれど昔から美穂よりも私に優しい。だから大好きなのだ。
「何それ? マジで失礼!! サイテー野郎だわ」
私は家に帰った後、怒りに任せて美穂に高橋君の話を暴露した。
「でしょー? …………はぁ……貴司兄ちゃん……」
無意識に貴司兄ちゃんの名前を呟いてしまった。
「そんなに好きなら告白すればいいのに、ウジ虫!」
「フラれたら死にたくなる……モテる美穂にはわからないわよ」
「違う! 私だってフラれた事あるし! 気になる人に好きになってもらえる努力してるし。花穂がモテないのは貴司兄ちゃんしか見てないからでしょ? いっそフラれてスッキリ忘れなよ」
そうか、私がモテないのは私が貴司兄ちゃん以外の男性を全然見ていないからなのか。誰でもいいから好きになってくれたらなんてよく考えたから高橋君と同じくらい失礼だった。
私はきっと貴司兄ちゃんにフラれた方がいいんだ……その方が先に進めるんだ……。
***
そしてやっと実行に移したのは三日経った土曜日の昼過ぎだった。まずは貴司兄ちゃんと連絡をとらなきゃいけない。これが最初にして最大の難関だ。思い付く手段は一つしかない。
「私、ちょっと佐藤のおばちゃんに聞いてくる!」
高校三年生にもなって、好きな人のメアドを彼の親に聞くなんて恥ずかしすぎるが、私の知り合いで貴司兄ちゃんの連絡先を知っているのは佐藤のおばちゃんだけだ。
「うわぁ。……いきなり暴走しだしたよ」
美穂は私の決断を聞いてニヤニヤしながら送り出してくれる。
大きくなってから、貴司兄ちゃんとはあまり会話をしなくなってしまったが、佐藤のおばちゃんとはよく世間話をするのだ。
私が家を訪ねると、おばちゃんがすぐにドアを開けてくれる。
「あら、花穂ちゃん。どうしたの?」
「あの、実は私、貴司兄ちゃんに借りてた物があって、ちゃんと返したいから連絡先を教えてほしくって……」
緊張して声が裏返ってしまう。
「連絡先? いいけど、普通に今いるわよ?」
そのタイミングで貴司兄ちゃんが玄関から見える階段へと続く廊下からニョキッと顔を出した。
「ぎゃぁぁぁぁ――――っ! 何で!? 寮に入ってるんじゃないの――――!?」
問題は解決したが、心の準備をする時間を与えてくれないその再会に私は絶叫する。
「なンだよ?」
ジャージのズボンにTシャツというくつろいだ服装の貴司兄ちゃんは、いきなり現れた私に驚き、いつもの倍くらい不機嫌そうだ。
「あ、あ、あの……。マフラー返したくて…………あと…………」
言おうと思ったけど、ポロポロ涙が出て言葉にならない。
「なっ!? お前、な、な、何で泣くんだ……?」
貴司兄ちゃんは見たことも無いくらい困っていた。
「だって! 貴司兄ちゃん全然私と話してくれないしっ! マフラー返したいのに無視するしっ! ひどいよ! 話したい事あるのにっ!!」
こんな事を言おうとしていた訳ではないのに、悪い言葉しか出てこない。
「おい、泣くなよっ! マジで……。とりあえず上がれ」
そう言いながら貴司兄ちゃんは無理矢理靴を脱がせてから私を脇に抱え込んで二階に運ぼうとする。
「あらあら、まあまあ……ごゆっくり」
「うっせぇ、クソばばぁ!」
久しぶりに入る貴司兄ちゃんの部屋はワイルドに散らかっていた。成人誌ではないが、素敵な水着のお姉さんが表紙の漫画雑誌が何冊も床に散乱し、洗ってあるのかわからないパンツやトレーニングに使うバーベルも落ちている。
私は洗濯物まみれのベッドの上にちょこんと乗せられた。
「…………お前、この前男からコクられたらしいな?」
「何で知ってるの?」
「美穂から聞いた」
「なっ! 何で美穂とは連絡とってるの!?」
「うっせえな、メアド聞かれたからだ! 悪りぃか? で、なンだよ話って」
「…………」
私がためらっていると、聞き慣れた通知音がローテーブルの上のスマホから聞こえてくる。
『女に言わせるな、ヘタレ』
さすが貴司兄ちゃん。表示設定をデフォルトから変更していないのだ。もしかしたらスマホのロックすら設定していない可能性がある。
メッセージの横のアイコンは私の知っているピンクのクマ――美穂のものだった。
という事はドアの外で私達の様子に聞き耳をたてているに違いない。
貴司兄ちゃんはベッドの上で正座をしている私の隣にドンと腰を下ろす。
そして外に聞こえないように耳元で囁いた。
「土日の試合が無い日はできるだけ帰ってくる。……それでいいか? それ以上は言わねぇからな。わかるな?」
「……うん」
照れ屋な貴司兄ちゃんが一生懸命言ってくれた言葉はしっかりと私に伝わった。
貴司兄ちゃんの手がほんの少しだけ私の手に触れる。私はそれだけで、心臓が壊れてしまうのではないかと思うほどドキドキする。外に人がいるのを忘れた訳ではないがこのまま私が未経験の何かをしてしまうのかもしれない。
だって貴司兄ちゃんの唇はまだ私の耳元にあって少し動かせば触れる距離にとどまっていたのだから。
『静かすぎ。おばちゃん突入するよ』
静寂を打ち破る聞き慣れた通知音と一緒に美穂からのメッセージが表示される。
その瞬間、貴司兄ちゃんは勢いよく立ち上がり、自らドアを開け放った。
***
遠回りした分、私達の関係はすごい早さで進展するかと思いきや全くそうではなかった。
遠距離の貴司兄ちゃんとは二週間に一度くらいしか会えないし、やっぱり二人とも根っからの恋愛亀体質なのだ。
初めて外で手を繋いだのは秋から冬に変わる頃だった。
薄手のコートが夕方になると急に肌寒く感じられ、まだ手袋を持ってきていなかった私の手を貴司兄ちゃんが温めてくれたのだ。
貴司兄ちゃんは、なにか理由があれば動いてくれる。
私は今、貴司兄ちゃんとキスをするためのもっともらしい理由を探している。
終
読んでいただいてありがとうございました。
ネットへの投稿はまだはじめたばかりですが、これからもたくさん投稿したいと思っています。
また読んでいただけると嬉しいです。