第8話 巽真凛という少女
目の前に映る景色。
そこは既に草の王国ではない。
ただ前を見ているだけでは到底高さが分からないそびえ立つ銀色の壁。
高さ数十メートルもある壁は横にもただ真っ直ぐ伸びていた。
どこが端なのか分からない。
とてつもない大規模な壁だ。
ふと見上げる。
すると三十メートルくらいの高さにコンクリートの細い線路のようなものが壁を貫いていた。
そこから突如列車が現れ、その線路に沿うように走っていく。
その列車も見たことはない。
こちらから人が乗っているのを確認できるほど、列車の周りは開放的。
中からどこを見ても外の景色を見れる透明な素材を使っている。
そして恐らくあの列車は線路に接触していない。
磁気浮上するリニアモーターカーのようなものなのか。
前の壁に圧倒され、高い位置を走る列車。
新しい視覚情報が次々に入っくる。
少し疲れた。
赤城葵は背後にも見知らぬ建物が建っていることには触れず近くにいる川里寿子に話しかける。
「ワープができるってのは分かった。ただ、一つ聞きたい」
川里は腰まで伸びる黒髪を広げ、振り返る。
その澄ました表情は未だ変わることはない。
「なんでしょう?」
「あの巽真凛って子はどこに連れて行かれた?」
これを聞いた川里は少し目を細める。
「へぇ。あの子のことが気になりますか。こちらとしては別のインパクトを与えて印象を薄くしたつもりでしたが」
「ワープとこの光景だけじゃまだ到底及ばないよ」
「そうですか。ただ安心してください。あの子を連れた合津さんは風紀委員室を目指しています。そして私たちも同じところを目指しています。運がよければ再会できるんじゃないですか?」
「その風紀委員室にはなにがある?」
「風紀委員長がいます。生徒会長にも劣らないカリスマ性を持ち合わせ、総生徒1万3000人を誇るローラ学園の中でもほぼ全ての決定権を持っている人です」
「じゃあ、その権力を持っている委員長に巽と俺の処遇を決めてもらうってことか」
「そんなところです」
ローラ学園とかいう学校。相当な規模のようだが、果たして何をするところなのか。
今思い起こせばこの世界にくる直前に見たサイト。
その中でこんな内容があった。
『学園外も平成の街並みがあったと思ったら近未来型の絵にかいたような高層マンション群があり、この世界の技術力を象徴するかのように見上げても頂が見えない高さのビルがあった。さらには明治の街並みまであった』
この体験者も学園に強制的に入学させられたと言っていた。
今、ローラ学園に向かっている赤城からしても被っている節がある。
そしてこの世界がもし、体験者と同じ世界であるならばヒントは街の中にあるかもしれない。
赤城は探究心から辺りを見回す。
そして、
「……あった」
見つけた。
明治の街並みや平成の街並みを見つけることはできなくてもその圧倒的な特徴の建物を見つけた。
そう。
見上げても頂が見えない超高層のビルだ。
ここからは少し距離があるが、まさしくあれのことだろう。
空めがけて伸びるビルは白の雲を貫き、青空にその先端を埋もれさせている。
一体どこまで続いているのか。
ここが巽や川里が言う超科学都市ならばあれが宇宙エレベーターと言われても驚かない。
既にワープを体験している赤城だから。
そして近未来なマンション群も確認できた。
その半数が宙に浮いている。
陸地の土地には限界があるから空中を使いました、ということなのか。
なんにせよ、2017年から来た少年にとってそこはSFのような、夢のような世界だった。
その壮大な景気に見入っていると少女が赤城を現実に引き戻す。
「何やっているんですか。いきますよ」
「お、おう」
「それと一つこちらから質問です」
質問。
表情というものが欠落している少女から興味を抱かれたということになる。
「あの子、巽真凛をどう思いますか?」
唐突だった。
拳銃を忍ばせていたのは気になるが、それ以外は普通の元気いっぱいの少女。
あどけない表情も良かったし、なにより話していて裏がなかった。
とても話しやすく、馴染みやすい人間だった。
赤城は言う。
「どうもなにも普通の女の子だろ。何故あんな目にあっているのかは知らないけど」
「普通の女の子ですか。ではこれならどうです。巽真凛はこちらに来る前、十五万人の命を奪ったといったら?」
――何を言っているんだ
十五万人の命?
それを奪うとは殺したということか。
桁が破格でピンとこないが、つまり……どういうことだ?
「どういうことだよ」
「あの子は人類と人工知能が共同で産み落とした人間と人工知能の融合体。戦争で一国を落とす目的でつくられた人間兵器です」
「人間兵器だと? さっきあの男が言ってた殺戮兵器ってのがそれか」
「そうです。その噂は学園中に広まっています。あの子に近づく子も少ないし、あの子から積極的に話しかけても無視されるか、あしらわれます。だからあの子には真の友達がいない。恐らくあなたに声をかけたのも事情を知らないうちに仲を深めようと思ったから。下心があったんですよ。でなければあなたみたいな男には近づかない」
トゲがある言い回しにイラッとくる赤城。
みたいな男にとても不快感を覚えるが、話を続ける。
「んで、その人間兵器ってのは何が危ないんだよ。話しているだけなら普通の女の子なんだけど」
「あの人格であれば全く問題ありません。あれが人間としての巽真凛。ですが、ある条件を満たせばあの子は見境なく人を殺す兵器と化す」
「その条件は?」
「三つあります。作ったマスターが主導で人格を切り替える。自ら兵器になろうとする。そして本人の意思とは関係なく本人が命に係わる危機的状況に陥った時」
「そのマスターってのは?」
「もちろん元の時代のマスターですからこの世界にいません」
「つまりその条件はクリアできないってことか」
となると残るは二つ。
巽の意思で兵器になる。
危機的状況に陥る。
これらが懸念される起動条件であるが、
「なら大丈夫じゃねぇか。巽が自ら兵器になることは?」
「あの子はとにかく人間と接し友達をつくりたいと心から願っています。それはありえません」
「てことは残るは一つ。この世界のことについてまだわからないけどさ。そんな状況に鉢合わせるってことあるのか?」
「学園内、外は人工知能により犯罪に至る悪質な感情は24時間見張られています。もし見つければ事が起こる前に対処するので犯罪率はかなり低いです。そんな状況滅多にありません」
「ならどうして皆巽を避ける?」
「人間兵器だからでしょう。ただそれだけです。既にあの小さな手で人を殺めた経験がある。あなたなたそんな子と友達になれますか?」
赤城は少女の言葉にこう続ける。
両手を頭の後ろに回しながら。
「別にいいだろ。巽は人間だ。それでいいじゃねぇか。少なくともお前よりは人間味がある」
「それは一体どういう意味でしょうか」
目を見開き、首をかしげる川里。
この反応、やっぱりどこかで見たことあるのだが。
ただこの怒りも悔しさもない反応。
本当にこの皮肉の意味を分かっていないのだろうか。
「なんでもない。ただ心配なのは巽があいつに連れ去られてどういう処分をされるのかだ」
「そこは心配しなくても大丈夫ですよ。厳重な注意を受けるだけで特に肉体的な罰は与えられません。あの子の性格ですし、いつも終わってからもヘラヘラしてますよ」
「あまり厳しくはないんだな」
「学園の害にならないのなら基本的に処分内容は緩いですからね」
「そうか。なんか巽真凛について少し興味がでた。友達が少ないってなら今度は俺から声をかけることにするよ」
「そうですか。そうしてくれると助かります」
「何でお前が助かるんだ?」
ここで初めて川里の表情に大きな変化が見られた。
口を大きく開き、それを右手で抑える。
口を滑らせてしまったかと言わんばかりに赤面する。
「な、なんでもありません。さぁ早くあなたを連れて行かなければまた合津さんに怒られます」
「それに妙に巽に詳しいし」
「き、気のせいですよ」
「声が上ずってるぞ」
歩みだす少女についていく赤城。
そびえる壁に向かう進行方向はどこを目指しているのか。
1900~2179年までの人々を集めた世界。
2117年から来た人間兵器と呼ばれる少女。
2100年から来た風紀委員特別監視部所属の少女。
二人の少女との出会い。
見たことのない近未来な建造物。
この世界が元の世界でないことはもう受け入れた。
今の赤城葵の心にあるのは不安より期待だった。
このローラ学園に入ったときどう驚かせてくれるのか。
また巽真凛と出会えるのか。
様々な思いを胸に、少年は進む。