第2話 島に住む少年
「いってきまーす」
一歩踏み込めばそこはもう外になる狭い玄関で少年、赤城葵は家族にそう告げた。
今家にいるのは父親のみ。仕事休みだというのに熱心にリビングでパソコンと格闘している。
赤城のようなネットサーフィンなんて落ちぶれたことをしているのではなく、前日に残った仕事を終わらせなければならないらしい。
なので息子が家を出る挨拶にも全く応じない。
一方通行の挨拶。本当は家には誰もいないんじゃないかと少し寂しい気もする。
そんな静かな挨拶を終えた後、少年は木製の引き戸を開き外に出た。
「うわっ、死んじゃう暑さだ」
先まではクーラーをきかせて極楽空間に身を置いていた。
その落差もあるのか三十度を越える夏の暑さに赤城の肌も焼け付くようだった。
しかも今日の天気は快晴。雲一つなく照りつける太陽の熱は暑いを通り越して痛みにすら感じる。
青は寒色というが、炎天下の青空を見ても太陽の存在感が大きすぎてその全容がかすんでしまう。
とはいえ父親に頼まれた炭酸飲料。自分のネット生活のお供である炭酸飲料。
この二つを買っていかなければならない。
この暑さの下、一秒でも屋外にいてはいけない。長くこの体をさらし続ければいずれ限界を迎え雨雲の一部となってしまうだろう。
危険をいち早く察知した赤城は足早に家を後にした。
「それにしても今年も観光客が多いな」
数分後、赤城はスーパーマーケットへの通り道である海岸線を歩いていた。
赤城が住むのは東京に属した小さな島だ。
なので家からどこの方向に歩いても数分後、数十分後には海にたどり着くことができる。
そしてこの夏という季節。
赤城にとっては暑さだけでなく、煩わしいと思う他の要因がある。
それは海水浴を目的とした観光客だ。
夏休み期間とあって学生や家族連れが多くこの島を訪れる。
海でキャッキャウフフと戯れていればさほど問題はないが、何分観光客が多いのでそれを狙った自転車の貸し出しをしている民家もある。
自転車に乗れば島内を思う存分動き回れるのは気持ちいだろう。
ただ、島内を隅々まで動き回ってうるさくするのはどうかと思う。
「海辺だけではしゃいでくれればなんの問題もないんだけどな」
問題なくも煩わしい海水浴を楽しむ観光客を眺めながら赤城は歩いていく。
「ん?」
海辺ではない。赤城の進行方向に人が立っていた。
髪の長さから女性だろうか。ガードレールによりかかっている。
前に進んでいくうちにそれは鮮明さを増していく。
シミ一つない白いワンピース姿に麦わら帽子。
潮風になびく綺麗な黒髪は腰の位置まで伸びている。
その風姿から何の汚れもない清廉潔白な女性という印象が第一に来る。
赤城と同じくらいの歳だろうか。
透き通るような白い肌はこの赤外線、紫外線地獄の下にさらしてしまっていいのだろうかと心配になってくる。
清純そうな美しい少女。
確かに綺麗なのかもしれないが、赤城にとってこのような女性は雲の上の存在。
既に彼氏を持っていて、友達もいっぱいいて、順風満帆な日々を送っているのであろう。
身分の違いから声をかける気すら起こらない。
――どうせ観光客の一人だろう
おとぎ話にでてくるような少女を無理やり低い評価にして通り過ぎようとする赤城。
すれ違いざまに顔をチラッと見たが、想像通りかわいい。
――ッフ、完敗だよ
何に負けたかは知らないが、赤城が思う精一杯のカッコよさを内心でだし、通り過ぎる。
そして
「赤城さん」
女性の声。
不意に後ろから声をかけられた。