第28話 巽真凛VS篠崎栞
こうしてアリーナに立つと途轍もなく広いことがわかる。
体育の時間でクラスの皆とくる時と広さの感じ方が違う。
向こうのアリーナ席は米粒のようで、天井に剥き出しになっている骨組みは線のように見える。
奥行きという感覚が麻痺するような。
巽と篠崎。
二人だけの空間だと何故ここまで寂しく感じるのか。
クラスの皆がいつも一緒にいた場所。
楽しかった場所。
でも今はとても寒い。
両足が地についていることすら嘘のよう。
そんな大事な何が抜け落ちた感情が巽を支配する。
定刻を告げるブザー音が鳴った。
始まったのだ。
この世界から追い出されるかどうかの一戦が。
巽真凛はこの試合に負けさえすれば教員塔の権力で留まることができる。
だが、素直にはい負けましたなど出来るはずもない。
自分の全力を出してそれで勝ってしまったのなら、自分はこの世界にいてはいけない存在だと自覚でき る。
誰も自分を止められないのなら迷惑をかけるだけだと。
ただ、もしこの目の前の女性が全力の巽を負かすことがあるのなら。
それだけでも少しは気持ちが楽になる。
どんなに情けなくても、惨めでも泣いて止めての懇願すれば止めてくれる人がいるのなら。
まだこの世界にいたいと思える。
静寂の緊張が二人を抑えつける。
それを振りほどくように篠崎は動いた。
背中にクロスし背負われている二丁のスリートリガーを手に取った。
片方をこちらへ向けると躊躇なく発砲を開始する。
巽は動揺を見せず、銃弾の勢いを殺した。
三連バレルの散弾銃は巽の体全体を襲うように飛んできたが、巽には届かず地に落ちる。
巽は一切の道具は持っていない。
素手も使わない。
ただただ兵器としての力を拝借したのだ。
それだけで銃弾を体に到達する前に停止させることができる。
篠崎は様子見だったのか。
それ以降の銃の使用は控えた。
「さぁ一国を救ったというその力。私に見せてみてよ」
巽は煽るのは不得手だ。
普段から人の足元は見ない巽には慣れないこと。
しかし、この篠崎には期待してる。
一国を落とすこの力を止めてくれるのではないかと。
篠崎は巽を中心に置いて円を描くように走り出す。
凛としたその表情に一切の曇りはなく、口も開かず鋭い目線を向けてくる。
「生徒会なら私の力は知ってるはず。それ相応の対策はあるんでしょ」
巽は篠崎を目線で追ったりしない。
360度どこから攻撃がきても止められる自信があるからだ。
駆ける篠崎が背後に回ったとしても振り向くことはない。
「辺りをぐるぐる回ってるだけじゃ、試合開始にすら……」
衝撃の光景が巽の言葉を消す。
篠崎が通った軌跡を辿るように無数の細長いミサイルが弾頭をこちらへ向けていた。
しかも篠崎を追うようにドンドンその数は増していく。
数えきれない。
一体いくつあるんだ。
宙に浮いたミサイルは噴射を開始し、強烈なスピードで直進してくる。
気付けば360度全ての方位をミサイルが囲んでいる。
振り返ってどこを見てもあるのは数えきれないミサイルの群。
群れをなす鳥のように一発が動き出すと、誤作動なく無数のミサイルが続く。
(この量。ゾーンまでくれば全部地面に落とせるけど……。これは直撃を狙った攻撃じゃない)
ミサイルへの防御の姿勢に入った時、視界にチラつくものがあった。
雨のように降り注ぐミサイルの爆心地の目の前、そこには。
篠崎栞がいた。
ミサイルが描く円の中にいては彼女もタダでは済まないはず。
篠崎はこちらに銃口を向ける。
(炸裂リボルバー!?)
上空には否応なく降り注ぐミサイル。
正面には一軒家さえ一発で全壊すると言う超火力の拳銃。
人一人を殺すには超過した火力。
まともな相手に使う戦術ではない。
篠崎は逡巡の色も見せず、引き金を引いた。
そして、直後。
瞬きの一瞬で姿が消滅した。
結果的に全火力の中心にいるのは巽真凛だけ。
(いや、私が直撃を阻止することを分かっているのなら、ミサイルに搭載されている信管の種類はなに)
直撃でないのなら接触信管ではない。
可能性があるとすれば目標物の近くで起動する近接信管か、指定の時間で爆発する時限信管か。
または爆発のタイミングをあちらで計れるのか。
止めたとしても爆発するなら次なる手を打たなければならない。
(そういえば……このリボルバーの弾丸)
篠崎が撃ったリボルバーは既に巽の支配圏に入っていたので既に停止している。
ただ、この榴弾がもし炸裂すれば弾殻が広範囲に飛び散ることになる。
そうなると……。
(しまった! 接触信管!)
気づいても無駄だった。
こちらへ向かう破片は地に落とせても、支配圏から外に飛び散る破片は抑えることができない。
あの榴弾が炸裂するのは仕方ない。
なら。
と、地に落とす目標を変える。
仮にあの榴弾の飛び散る破片がミサイルの信管を刺激し全て爆発しても飛び散るミサイルの破片を防ぎさえすればいい。
(でもそれなら結局はこの榴弾と同じ結果になって私を襲う弾殻は防がれる。目的は一つしかない……か)
この攻撃から推測される巽へのダメージ。
それは
物理的なものではない。
強烈な爆風による効果を期待してのものだ。
(空気にだって重さはある。でも質量が……)
目の前の一発の榴弾が炸裂した。
そこから全方位に無作為な球の破片が飛び散っていく。
巽には届かないが、周囲を飛ぶミサイルには。
瞬間。
圧倒的な光が巽の瞳を殺した。
反射で目を瞑るが、次なる衝撃が巽の体を襲った。
360度から逃げ場のない体を潰すような熱風。
焼き焦げるような肌の痛みすら感じず、ただただそれに身をまかせるしかなかった。
巽の体が投石の様に宙に放り出される。
どうやらミサイルの中でも段数が薄い箇所があったらしく、風圧の弱いその隙間に導かれる様に巽の体は飛んだ。
自身の力により風圧も多少は軽減したため、大事には至らなかった。
宙で激しい回転を伴い飛んでいく小さな体はアリーナ席を越え、壁に激突する勢い。
それも力を自身に加え運動エネルギーを殺した。
手足四本で着地した巽。
見れば元の位置から五十メートルは離れていた。
辺りの芝生も焦げて黒い土のみが残る。
(いやぁ、久しぶりに自分の血を見た気がする)
着地時だろうか。
手の平の皮が一部向け、そこからは大粒の血が吹き出ていた。
痛みが走る両手を握りしめる。
(まだまだ、こんなんじゃ凹まないよ)
そしてまたあの推進装置の音を両耳がとらえた。
冷静に目を向ける。
今度は数は少ない。
ただ、確実に。
五発のミサイルはこちらを向き唸りを上げている。
(これが模擬テレポーテーションの半永久的繋がりか)
模擬テレポーテーション。
転送元を分子レベルで分解し、物体の精密なデータを取得。
その後、転送先の大気に漂う粒子や近辺の物質を集約し、送られてきたデータ通りの構造でその場に作り直す。
物質自体はテレポートしないが、これは情報のテレポートといえる。
篠崎はこれを使い、専用の武器庫からミサイルを分解。
そのデータを元にこの場で再現している。
辺りの素材が消えるまで半永久的に一つのデータで再現し続けるため地球ではよく活用されてきた。
もちろん。
このように武器としても。
ただ。
(ここまでの精度を誇るなんて。人間業じゃないね)
ミサイルは容赦なく降り注ぐ。