第26話 人類最強
「というわけだ。やってくれるか篠崎」
「しなきゃかいちょーが教員塔から憤激くらうんでしょ。同じ生徒会としても引き受けるしかないよ」
生徒会室で二人。
生徒会長の長谷川清と生徒会の篠崎栞は対面していた。
体重を全て吸収してくれる加工羽毛を使った高級椅子に座り、長谷川は両肘を会長机に置く。
時にメガネを直し、篠崎を正視する。
茶髪で肩までかかるツインテールはいつも通りの篠崎。
安閑とした雰囲気をまとう。
身長は高く、二十歳ではあるがその緩んだ表情からはそこまでの年齢とは思えない。
「こういう役回りはいつも篠崎だな。すまない」
「大丈夫。まぁ、今日の活動は二十時コースかな。アルバイトいれてなくてよかったよぉ」
ふわりとした安堵を表にする篠崎。
「せっかく第一世代の人間兵器と戦うんだ。楽しんでくるといい」
「楽しむ暇があるのなら刹那で終わらせるよ」
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白を基調とした保健室の中。
赤城葵は頭の整理が追いつかなかった。
黒のショートヘアの少女、人間兵器である巽真凛が個人あてに来たメールの文面をこちらに見せてくれた。
その場にいる風紀委員特別監視部の川里寿子と同じクラスの八歳の学級委員長、南雲すずなも同じくそれを目にする。
そこにはこう書かれていた。
『巽真凛さんへ。これより三十分後、ローラ学園東棟にて生徒会の篠崎栞と模擬戦を行ってもらう。キミに下す命令は一つ。篠崎栞に負けること』
赤城にはこの文章の意味が分からなかった。
模擬戦というのは何をするのか。
そして何故戦う前から相手に負けなければならないのか。
そして相手はあのふんわりとした生徒会の篠崎栞だという。
これを見た三人の中で川里だけがこれに頷いた。
「なるほど。教員塔も必死ですね」
「川里、この文章からどういう意図かくみ取ったのか?」
「ええ。これは単にこの学園には人間兵器を制圧できる戦力が存在していることを証明するためのものです。この模擬戦というのはつまりは戦闘するってことですね」
「戦って巽を制圧して何があるんだよ」
「真凛をこの世界に留めることができます」
巽をこの世界に留める。
つまりは教員塔もこちらと同じ考えを持っているというわけなのか。
「ただ、これには相当な裏がありますね。委員会にも入っていない真凛がこうして三年も滞在できているのも全て教員塔の指示ですから」
「巽を残せる仕組みは、巽が戦って負けることにってこの学園には巽を上回る力があるから安心しろ、と生徒たちに説得するためのものなのか」
「そういうことになります」
ここで素朴な疑問を赤城は言う。
「何故相手が篠崎さんなんだ」
これである。
生徒会のおっとりとした年上の女性としか印象がない。
他の要素とすれば女生徒からファンができるほど好かれているということか。
戦うということは巽と篠崎が分かりやすく言えば殴りあうということ。
この人間の状態でも妙な力を使う巽に勝てるようには全然思えない。
一般人でも巽は倒せると言いたいのだろうか。
その疑問を解消するように川里は続く。
「篠崎栞ほどこの役にハマっている人材はいませんね」
「どういうことだよ」
「篠崎栞はこの学園で、いや人類史上最も強い、最強と言われる人間です」
「は?」
「まぁ理解に苦しむのも分かります。生徒会室バージョンの篠崎栞を見ているのならなおさら」
「最強ってことはつまり」
「ええ。察しの通り。篠崎栞は第三次世界大戦、後に続く第一次AI侵攻。どちらの戦争でも彼女のいるチームが例え全滅したとしても必ず彼女だけが生き残り全ての任務を成功させてきた。しかも無傷で。戦場を疾風のようにかけるその姿から風神とも呼ばれる最強の兵士です」
正直のところ理解に苦しむ。
赤城葵は生徒会室での篠崎を想像しても語尾が伸びて天然そうだったり、欠伸をしたりしていて全く強そうな感じにはみえなかった。
そのギャップが今赤城の頭を混乱させている。
この話を鵜呑みには決してできない。
何をどうしても篠崎と戦場という二つが線で結ばれない。
どころか戦場という接点が一つもない。
ただの人気者だけかと思っていたのだが。
「まず生徒会に在席していることが何よりの証明ですね。生徒会は他にも世界中がジリ貧だった第一次AI侵攻を一人で止めた人間もいます。化け物しかいないんですよ。あの組織は」
生徒会の見る目が180度変わった。
第三次世界大戦とか第一次AI侵攻の規模は知らない。
ただ世界を巻き込む戦争だということは理解できる。
その中で任務を果たしてきた人と止めた人。
赤城が想像する範疇を優に越してくる。
それは篠崎に対しても。
「あの人がどういう人か分からなくなってきた」
「赤城さんは日本の英雄と呼ばれた人と会話できたんですよ。少しは喜んでもいいと思います」
「あの人の顔を浮かべるとまだギャップが襲ってくるから素直に喜べない」
「まぁあの人の武勇伝を語るとキリがないですから。とにかくヤバイ人とおさえといてください」
篠崎栞については理解した。
南雲も巽もこれに否定を加えてこない通り、本当のことなのだろう。
しかし、まだ篠崎が戦場で生き残ったとは言ってもどれだけの戦闘能力があるかは未だ不明だ。
女性という偏見も相まってまだなめてしまう節がある。
ただ、問題はやはりこの戦いが出来レースだということ。
巽がわざと負けて本当に生徒は納得するのだろうか。
というよりわざと負けろというからには巽にもそれなりの力があると教員塔も思っているのかもしれない。
篠崎の力が本物であればわざわざこういうことは言ってこないからである。
「で、巽はこれやるのかよ」
ベッドの上に座りながら見せていた携帯をしまう巽。
何か受け入れたかのようなそんな澄んだ顔をしていた。
「やるよ。今私がこの世界にいられる可能性はこれしかないからね」
「その、なんだ。わざと負けるのか」
「いや、そんなつもりはないよ。折角だから英雄相手にどこまでいけるかやってみるよ」
そうか、と会話を終わらせる。
他にかける言葉が見つからなかった。
巽がこの世界に残るのは赤城にも嬉しいことである。
しかし、その方法が快く頷けない。
人類最強と戦って負ける。
これが正しい方法だとは思わない。
もしこれが果たされてもその場しのぎにしかならないはずだ。
生徒たちが根底に持っている兵器への恐怖は取り除かれないからだ。
この方法ではまたいずれ同じことが起きるのではないか。
赤城はそんな気がしてならない。
巽は立ち上がる。
ベッドから下りて靴を履くと、出口へ向かって歩き出す。
巽も相当覚悟はしているはずだ。
一言も喋らず、保健室を後にした。
赤城たちはそれを追う形で歩き出す。
そして衝撃の一夜が始まる。
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「大河ぁ。何でこんな時間まで警備なんて部門外のことやってんの」
茶髪のボブヘアーの少女が欠伸を交えて言う。
「テロリストがまだいるかもしれないからね。人手も足りてないみたいだ」
「いつまでやんのさ」
「とりあえずは24時交代だね」
「は?」
長い夜が始まる。