第25話 兵器のない世の中
巽真凛を巡って騒動が起きている。
というより示威運動に近い。
赤城葵は困惑する八歳の学級委員長から詳細を聞いた。
それによると玄関ゲートでのあのテロリストとの交戦。
何者かによりローラ学園内全体に中継が流れていたという。
それのお陰で学園側の対処が早期に行われたわけだが。
昭和町のアナログテレビから平成街のパブリックビューイング、果てはローラ学園入り口の上に設置された最大級の中央ビジョンにまで放映されていた。
生徒の持つ小型通話機でさえ簡単に視聴ができ、一連の出来事は全て生徒に見られたと言っていい。
あの場で起きた全てのことを。
赤城が拳銃を使ったことも。
人間型の人工知能がテロリストの配下になっていることも。
巽が目も疑うような現象を起こしたことも。
その中に学園の生徒がずっと恐れていた、知りたがっていた答えがあった。
巽真凛が本物だということ。
それが露見された時、生徒は戦慄した。
もし人間兵器が暴れたらどうなるのか。
自分は標的にされるのか。
万を越える人間を殺してきた兵器が学園の中にいるだけで毎日に怯えないといけない。
確かに今が身を案ずるのは分かる。
もしそれが赤の他人であれば赤城だってそのデモに参加しただろう。
しかし、赤城は巽の人間としての一面を知っている。
いや、皆知っているはずなのだ。
ずっと巽が笑顔で学園生活を送ってきたことを。
赤城は心に強く言い聞かせる。
まだ皆を説得できるチャンスはある。
ここは友達である自分がいかなくてどうする。
やってやる。
巽がまた安心して登校できるように。
「待って」
立ち上がり、保健室から出るため体の向きを変えた時だった。
事の中心にいる少女が強くそれを止めた。
少女は言う。
「どこにいくの」
「皆を説得する」
「無駄だよ」
それは悲しくも芯が通った強い言葉だった。
ひどく深刻そうな顔で巽は続ける。
「人間兵器は戦争の道具。地球年表学という授業で皆知っているんだ。私と同じ人間兵器である一人がどういう虐殺を行ったか」
「確か、巽以外にもあと三人の兵器がいたんだよな」
「そう。授業で教えてもらうのは一人だけだけど、他の二人も同じことをしたかもしれない。私だって地球に帰れば同じことをする」
既に他の人間兵器、三人の末路を知っているとは言えなかった。
それに巽が地球では行方不明となっていることも。
この世界ではそこまで詳しく教えたりしないなか。
それとも非人道的すぎて教えるにはあまりにも黒すぎるのか。
この世界のことはもう少し知る必要がある。
「その一人は何をしたんだ」
「一国を落としたんだよ。本当に」
巽はこれが宿命なんだとそう言わんばかりに唇を噛み締めた。
一国を落とす。
それは巽たち人間兵器が共通して持つ重荷だ。
それをすれば兵士だけでない、民間人までも見境なく殺してしまう。
しかし、それをしなければ自国で修正の必要があるとまた体をいじられるか廃棄されるか。
兵器として誕生してしまった彼女らはその時点で日常生活には戻れなくなる。
言葉通りの道具。
自国からの切り捨てに恐怖したのか。
兵器に恐怖という感情があるのかはわからないが。
それでも四人の内一人は最大の目標をクリアした。
「もちろん私はその子のことを知ってる。知ってるとは言っても6歳の頃の顔合わせくらいで私は直ぐにグアムに行ったし」
快活なイメージのある巽とは正反対だ。
声のトーンすら低い。
「でもその子のマスターは成果を出すことに急いでた。だから何度も何度もあの子を兵器にして実践を積ませた。そして一国を落とさせた。戦争はいつだって他人より先を行くかなんだ。笑っちゃうでしょ」
「んでその子が兵器となって一国を落とした。それは巽とは関係ないだろ」
「関係あるよ。だって同じ製造方法で生み出されたんだよ。しかもその子が落とした国は」
円滑に自然の流れでそれを言う。
「アメリカなんだから」
赤城は一瞬耳を疑った。
国を落としたのは分かった。
それがアメリカだって。
つまり未来では、パンゲアが干渉できる未来ではアメリカという大国はなくなったということなのか。
理解に苦しむ内容だった。
もちろんこの場で巽が嘘をつく理由がないし、川里もその内容に待ったをかけない。
つまりは本当に。
「そんな力を持った兵器と肩を並べる兵器がこの学園にいて。みんなが気にせず生活するなんて無理なんだ。いずれこの時は来ると思ってた」
「巽、お前まさかあいつらの要求飲むんじゃないだろうな」
「ダメ?」
苦笑いだった。
赤城が次に言う言葉なんて巽だって分かるだろう。
そんな愚問、一瞬でこう答える。
「ダメに決まってんだろ」
「私の居場所はここじゃない。兵器として生きられる第四次世界大戦の中なんだ」
「おい巽。次同じようなこと言ったらお前が女の子だとしても殴るぞ」
自分が何を言ったかは自覚している。
それでも感情的になったわけではない。
赤城は本気で巽真凛という少女を助けたいと思っている。
だからその少女自身から弱気な発言を聞きたくはなかった。
友達になった時のあの笑顔と涙を守るために。
地球に返して兵器として生涯を送らせるわけにはいかない。
パンゲアで人間としての生き方を見つけてもらう。
それまではなんとしても。
「怖いよお兄さん。別に私だってスミちゃんやお兄さん、あの子がいたこの世界から離れるのは嫌だ」
「ならあまり自分を悪者みたいには言うな」
「……うん。でも一つだけ教えて」
保健室という空間に四人いるなんて誰も思わないだろう。
完全に赤城と巽の二人語りになっている。
監視係の川里寿子がいるのも学級委員長の南雲すずながいるのも。
川里はいつも通り涼しげな表情をしているのだろう。
南雲は息を整えられたのか。
それを確認するのも意識から消えていた。
赤城には今、巽しか見えていない。
「なんだよ」
「私が持ってたあの球体、いや拳銃。なんで分かったの?初めて出会った時もただの球体でありながら拳銃だって見抜いてた。どうして」
「さぁ、ただ既視感があったんだよ。今どう記憶を辿ってもその拳銃のパスワードすら分からない」
「不思議な人」
巽のトーンに少しずつ元気が戻ってきた。
表情にも僅かだが暗みが消えた感じがする。
「実はね。もうこの世界にはいなけど、私の友達にこの拳銃を渡されたんだ。お守りだって言われて」
驚いた。
いや、それは巽に失礼だろう。
川里以外にも巽に心を開いた人間がいたとは。
「それでその子に言われたの。もしこの拳銃のロックを解く人物が現れたらその人について行けって。守ってくれるって」
「え、どういうこと?」
「ねぇ、聞かせて」
気が付いた時には赤城の右手には温もりを感じた。
まただ。
また巽に手を握られるのを許してしまった。
巽は赤城の右手を両手でギュッと掴み、上目遣いでこう言った。
「お兄さんが私を守ってくれるの?」
そんなもの決まっている。
巽は愚問を投げつけるのがうまい。
なにやら背中がつねられて痛い気もするが気のせいだろう。
「守る。必ず」
言い切った。
実力も知識もないのに。
なんの根拠もないのに。
言い切った。
でも赤城には信念と自信があった。
それだけでなんとかなるとは思っていない。
ないよりはマシというだけだ。
「あ、意外。そこまで真剣な顔するんだ」
赤城の右手を離し、目をまん丸くする巽。
こちらが守ると宣言したのになんだか軽い返しである。
「ちょ、おちょくったのか?」
「まさか。今の話は本当だよ。でもお兄さんに私を守れるのぉ? 私の方が強い自信があるよ」
「戦闘力なんて日常生活じゃ使わないだろ。その、色々なことからだよ。年上の男だからこそ守れるものもあるだろ」
そういえば守るって何から守るのだっけ。
赤城は振り返る。
守るという言葉は抽象的で何から、何をが抜けている。
守ると決心した時だって曖昧なものだ。
巽が地球では行方不明になっている。
そこから逆算して巽がこの世界から抜け出せなくなったという結論に至った。
それは何か巽の身に不運があったと考えた。
だから守ると決めた。
つまり未来を知っているだけで、何から守るのかはハッキリしていないのだ。
「年上ねぇ。私の方が百年も未来にいるのに?」
「それは関係ない」
「守るかぁ。それ言われたのは実は初めてじゃないんだ。残念だったねお兄さん」
「なんなんだよ一体」
「嬉しかった。それだけ」
火照る顔を俯いて隠す巽。
素っ気ない一言だったが、その高揚は伝わってくる。
守りたい。
その想いを胸に。
「さて、行くか」
そう気合をいれる。
どこに集まっているかは知らないが、巽を地球へ返す運動など止めてやると。
赤城は気持ちを高ぶらせる。
「お兄さんは何もしなくていいよ」
巽は赤城の意気込みに水をさすように続ける。
学園から配布されたタブレットを片手にそれをこちらに見せる。
そこには書いてあった。
教員塔から届いた。
巽宛の連絡が。
-----------------------------
『清、教員塔から指示が届いてるよ』
生徒会室の中。
ただ大きく重厚感のある机の前に座るのは生徒会長の長谷川清。
その机の上方に映る少年の顔。
空中にモニターが表示され、そこには生徒会の仲間の姿があった。
「信也か。ありがとう。教員塔め。こういう時だけしゃしゃりでてくるな」
『今日は寝れないかもね』
長谷川は受け取ったデータを自身のノートパソコンで表示する。
そこにはこう書かれていた。
『巽真凛と篠崎栞を戦わせろ』
たった一文だった。
長谷川は部屋を揺らすような舌打ちをならす。
「老ぼれどもめ。どうしても巽真凛をこの世界に留めたいみたいだな」