第20話 巽真凛と赤城葵
「またせたな」
両手でジュースを持つ少女。
遠くを見ながら待っていてくれた少女。
ベンチにスクールバックを置き座りながら一人で待っていてくれた少女。
その呼びかけにこちらを向いた。
微笑み、立ち上がり巽真凛はこう言った。
「ようやくだね」
不満とか不快感とか苛立っている様子は一切感じられない。
ただただこの小さな少女がこちらに伝えてくれるのは笑顔という安心だけだった。
ガラス張りの窓から侵入する外の暗闇が襲おうと、屋内の明かりがその顔を照らそうと少女は変わらない。
変わらず優しさ、温かさが感じられる。
これがそう。
人間というモノなのだ。
兵器とかそういうのとは異なる存在。
赤城葵は謝らなくてはならない。
兵器ではない。兵器さえ感じられない人間である少女と付き合っていくのならば。
赤城は早々に腰を折り曲げ誠心誠意の謝罪をする。
ごめん、と。
巽を不快な気持ちにさせてしまった。
巽が赤城の無責任な発言で傷つけてしまった。
どう言い繕うともまずは誠意を見せなくてはならない。
謝って謝って、許してもらうしかない。
今後、巽真凛という少女に駆け寄り守っていかねばならないのだから。
目を瞑り、頭を下げ、両手背筋をムラなく伸ばす。
謝るのなら形からではない。
本当に謝りたいと思っているのなら自然とそういう形になるのだ。
その姿勢を保ちながら待つ。
少女の返答を。
そして、聞こえた。
少女の言葉が。
「なにを謝っているのお兄さん」
困惑した声色だった。
同時に「あれ?」と思う赤城。
うまく誠意が伝わっていなかったのだろうか。
予想していた反応とは違う。
もう一度言う、ごめんと。
「え、私なんかした?」
会話の不成立を感じ顔を上げる。
少女は声色だけでなく、表情からも苦笑いという困惑の色が見て取れた。
思い違い、ということなのだろうか。
それでも赤城の言動が巽にとって不快であったことは事実。
赤城はその言葉の本意を訊く。
「だって私に謝ることはしてないでしょ」
「いや、その。巽の知らないところで巽の事情を詮索して、しかもそれを本人から確かめたわけじゃないのに、情報を信じ込んで巽の前でその……お前のもう一つの人格というかそのそれを認めてって、あれ。おかしいな。頭が回転しなくなってきた」
「だってそれは本当のことなんだから別に気にすることじゃないよ」
「本当のことって」
「そう、私は……」
ついに聞く。
他者からの表裏が分からない情報ではなく。
本人の口からその真実を。
「人間兵器だからね」
その言葉の弾みは軽く、しかし重かった。
この小さな少女が何を受け入れ何を信じてこの言葉を自ら言えるのだろうか。
自分であったらここまで兵器である自分を肯定できないかもしれない。
他人とは違う体を持っていることが信じられない。
これを他人に打ち明けたら距離を取られるのではないかとも思うはずだ。
それでもこの少女は言いきった。
自分が他とは違う存在だということを。
このことには全身全霊を持って答えなければならない。
「その、本当に何も思ってないのか」
「だから平気だって」
「それなら俺のわがまま一つ聞いてもらっていいか」
巽は赤城の勢いに押され、怯むが小さく頷いた。
これは許してもらった時必ず言おうと決心していたことだ。
「俺と友達になってくれないか」
「……へ?」
目を見開き、口をだらしなく開け、面を食らったかのような表情だった。
目をパチクリさせ、信じられないといった様子でこちらを見てくる。
少女は体を左右に小さく揺らしながら視線を下した。
もじもじしながら言う。
「でも私、みんなと違うよ。食事だって寝方だって違うし。いつAIに能が犯されるかも分からないのに。お兄さんを傷つけるかもしれないし」
「それでも俺は巽と友達になりたい」
強く、芯が通った表情でそう断言する。
少女の体の揺れは止まった。
そして見上げてくる。
瞳を潤しながらも笑顔は絶やさないその顔で。
「へへへ、友達になってほしいって言われたの初めて」
「そ、そうなのか」
正直とても可愛かった。
純粋で真っ直ぐなこの少女を本気で守りたいと思った瞬間だった。
瞳から流れる汗を人差し指で拭き、少女は満面の笑みで言った。
「こちらこそよろしくお願いします!」
黒いショートヘアを垂れ下げて巽もまたお辞儀をした。
つい撫でてしまいたくなるような小さな頭を見ながら赤城もまた安堵した。
これで一つ前進である。
巽は勢いよく頭を上げると、いつの間にか両手で赤城の右手を掴んでいた。
直接巽の体温が流れてくる。
冷たい手であるが、温もりを感じる。
その大胆な行動に赤面しながら赤城はこの意味を問う。
「な、何いきなり」
「せっかくだから一緒に帰ろうよ!」
「一緒にって」
ドキドキイベントの連続で赤城の心臓は限界を迎えそうだった。
このままなら天国にだって行けてしまう。
恋愛とか地球でのクラスの女子とかに一切の興味がなかった赤城。
ここで思い知らされる。
こういう感情も案外いいものだと。
巽はスクールバックを拾い上げると、赤城の意思関係なく引っ張っていく。
そういえばこのシチュエーション、初めてではない。
巽とあの草原で出会った時も巽に手を引かれたことがあった。
でもそうだ。
あの時赤城は何かに気付いた。
そう、巽のポケットを見て何か入っていることに。
そして今の巽は制服でスカート姿なのでその異物を見ることはなかった。
果たしてあの拳銃はなんだったのだろうか。
幸せ全開の赤城はそれが頭によぎる程度で今を楽しもうと考えていた。
ただ、ここで様子が変わる。
活発に手を引く巽の進行が止まった。
直感で前方に何かがあったのではと視線を送る。
そこには確かに原因とみられるものがあった。
ここは学園内だが、制服も着ず、スカジャンにジーパンと派手な格好で目の前に立つ一人の少年。
ポケットに手を突っ込み、なにやらこちらを睨んでくる。
何かしらの用があるのは明白だ。
様子を伺っている中で、前の巽が呟いた。
「宇宙の戦士」
宇宙の戦士。
赤城にはこの言葉に心辺りがあった。
確か、宇宙の存在を確認するのが目的で動くテロ組織ではなかったか。
スカジャンの少年は口を開く。
「仲良くやってるとこすまねぇな。二人とも黙って俺に捕獲されろや」
「あ? 意味が分からねぇぞ」
「説明とか面倒だわ。俺様が黙って捕獲されろって言ったんだ。じゃあそうすんのがお前らだろ」
赤城は気付いた。
とてつもないスピードで側面からこちらに接近する物体が。
気づくのが遅すぎた。
身構える余裕すらない。
確実に接触すると思われた。
しかし、
その物体は赤城、巽の目の前で急に停止した。
この物体も予想外だったのか明らかに慣性がその体に負荷をかけている。
そんな機械がすりあうような音が聞こえた。
「へぇ! 今のを防ぐか。それがすももプログラムってやつだな! 初めて生で見たぜ!」
この物体、よく見ればローラ学園の制服を着用している。
これは人間ではないか?
男の制服を身にまとい、顔も髪も肌もその容姿全てが人間だ。
だが、その表情に一切の感情が感じらえない。
川里など比にならない。
まるで操り人形のような瞳に光がないただのガラクタ。
そんな印象を受けた。
それでもその瞳だけはしっかりこちらを捉えていた。
「これはどういうことだよ」
「お兄さんは知らないんだよね。二年前に起きた感情、意識を搭載した人間型の人工知能が一夜にして全て消えた事件を」
巽はスカジャンの男から視線を離すことなく話してくる。
この言葉が起因して赤城は思い出す。
ここに来る前に地球で見ていた一つのサイトの内容を。
異世界での体験談の中で体験者が共通して書いていた異世界の出来事。
それは感情を持ったロボットがいた、と。
この異世界に来てからというもの、体験談の通り昭和の町であったり、空高く貫くタワーをこの目にしてきた。
だが、感情を持ったロボットなんて今まで見たか?
人間に近すぎて判別ができないということもある。
それでも何かしらの伝手で耳にしてもおかしくはないはずだ。
巽は何かを警戒しているような低い声で後を説明する。
「彼ら宇宙の戦士がその人間型の人工知能をさらった黒幕。今じゃテロ組織に改造されて兵隊としてし使用されてるの」
「なるほどな」
しかし、それなら何故この人間型は停止した。
こちらを襲うつもりであるのなら不意打ちを仕掛けられる一撃目で止まる理由はない。
それを考える前にさらなる動きがあった。
学園内に大きく放送が流れた。
テロリストが先入したから直ちに身の安全を確保するようにという緊急のものだった。
その放送はとても大きく、同時にサイレンのようなものを発していた。
そして放送はこう続いた。
『現在、学園内に潜伏するテロリストは三名と確認されました』
三名。
つまりこの男の他にもあと二人いるということ。
そしてスカジャンの男はこの放送で火がついたようにニヤつきながら両手を高らかに挙げる。
「さぁ、キミらのクラスメイトは大丈夫かなぁ?」
最悪は唐突にそして無慈悲にやってくる。