第11話 守るべきもの
--あれ? 俺は。
真っ暗な世界から光こぼれる世界へ。
脱力した瞼をゆっくりと開ける。
ぼんやりとした視界に日中の明かりがさしこむ。
見ているものが、明瞭に脳に情報として入り込んできたその時。
少年、赤城葵は意識を完全に取り戻した。
「あ、かいちょ~起きましたよぉ」
耳に入る女性のおっとりとした声。
赤城はそれにつられて辺りを見渡す。
自分が横になっているのはわかる。
それにこの全身を包み込むような背中一帯のふんわりとした感触はベッドの上だろうか。
いや、顔のすぐそばに透明のテーブルが置いてあることからソファの上と判断できる。
天井の高さから部屋の中だということも分かった。
自分が置かれているおおまかな環境は理解した。
その上で赤城は上半身を起こす。
「だいじょうぶ? 体におかしいとこはない?」
また女性の声だ。
上半身を起こしたからか先より一段と近くで聞こえる。
こちらに心配口調で質問してきたのでそれに答える。
「起きたばかりなのに強烈な睡魔が襲ってくる……」
なんだろう。
とてつもなく眠い。
体を横にし、目を閉じればコンマの世界でイってしまいそうな気がする。
これはいわゆる二度寝を起こす眠気なのか。
ただ、一度起き上れるほど気分は良好だった。
そしてすぐさま死んでいくように意識が消えかかる。
「やっぱりそうだよねっ。ごめんね、赤城くんを捕まえるために睡眠剤を持って行ったんだけど、間違えて効き目がイカれてるやつを持って行っちゃったんだよぉ。ホントにごめん!」
効き目がイカれてるとは詳細を聞かなくても危険なものだろうと想像できる。
全身からくる眠気に耐えながら赤城は女性を見る。
茶髪の短めのツインテール。
この服装は風紀委員の川里寿子と同じ。つまりローラ学園の制服。
申し訳ないといった表情で心配してくるその顔は幼気で可愛らしかった。
身長は女性にしては高い方だ。
恐らく赤城と同じくらいの身長はあるだろう。
一見しただけで推測できるに年上だ。
そして腕章をつけており、そこには生徒会と書かれていた。
「それはそうと、パンゲアにようこそ赤城くん」
「パンゲア?」
「この異世界のことをみんなはパンゲアって呼んでいるんだぁ」
この女性、たまに語尾が伸びる。
おっとりとしたしゃべり方といい、豊かな表情といい、天然タイプなのだろうか。
「パンゲアって言ったら古代に存在したっていう超大陸を思い出すな」
「私もこの世界に来た時からその呼び方だからね。どういう意味があるか定かじゃないけど。眠気はどう?」
「まぁ落ち着いてきましたよ。まだ残ってますけど」
そのなんの変哲もない返答のあと、「やっぱりキミ、普通じゃないね」と女性は神妙な面持ちでその一言を置いた。
意味が汲み取れないというのもあったし、何分細かいことを気にしている気分でもないので追求することはなかった。
女性は人差し指を立て、あることに気がつく。
自己紹介がまだであったことを。
女性は満面の笑みをつくり、片手を胸にあてながら言う。
「私は生徒会の篠崎栞。二十歳だよ。2050年出身。パンゲアに来てから三年目を過ごしているよぉ」
「どうも。こちらが自己紹介しなくてもアンタたちには知られているみたいだけど」
しかし、これは偶然か。
巽真凛がこう言っていた。
1900~2179年までの人間がこの世界に招かれていると。
それにしては今まで出会う人間が全て未来から来ている。
赤城は2017年出身だ。
巽真凛は2117年。
川里寿子は2100年
篠崎栞は2050年。
出会った風紀委員正規メンバーの二人はまだ分からないが、SFで見たことあるような道具を手にしていたことから未来の人と仮定することができる。
2017年は決して古くはない。
むしろ中間くらいに位置している。
それなのに何故2017年より過去の人間とは出会わないのだろうか。
こちらが未来の科学技術に驚かされているように、こちらからも過去の人間を脅かしてやりたいというのに。
そうでなくとも近い年代を生きていた人間と親近感のわく会話がしたい。
政治とか経済とかなんでもいい。
とにかくこの気持ちと知識を共有できる友達がほしい。
早く見つけたいものだ。
「キミのプロフィールはイデアコンピュータで管理されているよ。地球から招く人間は誰でもいいわけじゃなくてイデアコンピュータが厳選しているから選ばれた人間の基本情報も少なからずあるの。だからイデアコンピュータを覗けばいつどこにどんな人が出現したか分かるようになっているんだぁ」
「イデアコンピュータって川里も言ってましたね。そういえばそのイデアコンピュータに異常が見つかったって川里が言ってたような」
「ああー、その件なら大丈夫。どこにも異常は見られなかったから」
「イデアコンピュータはこの世界の最高峰の人工知能なんですよね? それがどこまで高性能か知りませんけど、人間ごときが最高峰の人工知能の異常をすんなりと確認できるんですか? 未来のことは分からないけど、もしイデアコンピュータが人間に対して悪の感情を抱いたとき、それを素直に異常として人間に教えることはしないと思いますけど」
「収穫加速の法則って言ってね。一つの重大な発見は次なる進化のために使われてその進化したものはさらに次なる進化に重ね合わせる。そうやって発明の速度を短縮しそれが加速していくに従って指数関数的に発明は進化していく。それは人工知能の開発で著しいものとなったけどそれは人間だって同じってこと」
「つまり人工知能はまだ人間の管理下にあるってことですか」
「間違った解釈ではないね」
色々とミステリーなサイトを閲覧したからか。
人工知能に対して少しの不信感があったようだ。
『完全なる人工知能の開発は人類の終わりをもたらす危険がある』
そんなことを言っていた世界的研究者もいた。
確か2045年問題として人工知能が人間を越えるときとされていたが。
「ちなみにそのイデアコンピュータってのはいつごろの人工知能を採用しているんですかね」
「そうだなぁ。今パンゲアから干渉できる最大の2179年。少なくともこの頃の人工知能には匹敵するね」
つまり人工知能が人間を超越してから百年以上もたっているということ。
人工知能は人間の手を離れ、自ら自分より優れた人工知能を開発し、増幅していく。
それが恐ろしいスピードで開発されていくのだからその頃の人工知能はどこまでの知能を手に入れているか分からない。
そんな人工知能が人間の管理下に置かれているなんて。
「人間も捨てたもんじゃないな」
素直に未来の人類をたたえる赤城。
視界は良好で眠気も完全に引いた。
そろそろ本題に入ってもいいころだ。
「で、俺は何でここにいるんですかね」
「ここって生徒会室に? あっ! そうだった! かいちょ〜、お話があるんですよね」
篠崎が向けた視線を追うかたちで赤城もそれをとらえる。
校長室にあるような立派な机の奥。
両肘を机に乗せ、両手の指を軽く交差させている。
随分と偉そうな男がそこにいた。
「中々会話の権利がこちらにまわってこないものだから飴を一つなめ終わってしまったよ」
メガネをかけ、整えられた髪型。
口元は少し嬉しそうに歪んでおり、この男からはとてつもない余裕を感じられる。
昂然たるその風貌からは何の迷いも不安も感じさせない。
自分という絶対を持っており、折れることのない強い芯が男の中にはある。
そんな威風に負けじと赤城は男の下へと近づく。
「会長、つまり生徒会長だなアンタ」
「ご明察。赤城葵くん。キミに少し話したいことがある。その後、キミのクラスや今後について篠崎から伝えてもらう」
「いいや。先に俺からいくつか質問させてくれ」
「キミは頭が悪いね?」
「は?なんでいきなり悪評をいただくの?」
堂々としたこの男に似つかない嫌味ったらしい長いため息をつくとこう言った。
「僕には時間がない。なんてったって生徒会長だからね。キミの質問に答えてあげられるほど余裕はないんだ」
「随分と役職をうまく使って面倒ごとを回避するのがうまいみたいだな。それでも答えてもらう」
再びこちらを明らかに見下したような長いため息をつく。
「わざとらしいむかつく息はやめろ。こちとらアンタのことをただの初対面の人としか見てねぇんだぞ」
「でも悪いな今日は特に忙しいんだ。先ほどのイデアコンピュータの件のように細かい処理が山積しているんだ」
「え〜かいちょ〜。今日の午後はビックタウン限定の和菓子をみんなで食べるって言ってたじゃん。それまで超暇、退屈で死ぬわ、って言ってなかったぁ?」
トゲのないゆったりとした女性の告発に生徒会室の空気が凍りつく。
その言葉以降、数分は物音一つも起こらなかった。
赤城は生徒会長を白い目で見続ける。
生徒会長は不気味に微笑みながら、メガネの反射を使って赤城から一切目元を見られないよう工夫していた。
その生徒会長の堂々たる姿に今は何一つ感じられなかった。
「で、答えてくれるの?」
「仕方ない」
「まだ不満が言葉にでてるぞ」
「いいだろう。答えてやるが、制限はつく。答えるのは二つまでだ。パンゲアに来た初日の人間にそういくつも教えていては本当に時間がなくなるのでな」
「よし。それでいこう」
とりあえずこちらが主導権を握ることには成功した。
二つまでという条件付きだが、学園のトップに質問する機会を得た。
どこまでこの男がパンゲアについて知っているかは分からない。
それでも赤城は頭の中で知っておかなければならない事柄を厳選、整理してまず一つ目を切り出す。
「本当に元の場所に戻れるんだよな?」
「その質問をもう少し砕くとキミがパンゲアに来る前の地球に帰れるかということかな。それならイエスだ。ここに一年間いてもらうことが望ましいが、本人の強い希望があれば今からだって帰ることができる。今日も7人の生徒が学園生活を終えて帰還する予定だ。ローラ学園の故郷館という施設で行われるから気になるなら見に行くといい」
帰れるというのは本当らしい。
それなら安心して一年間はこの世界にとどまれる。
せっかくの非日常的な出来事だ。
何かを経験し、吸収してから帰りたいものだ。
赤城も心のどこかでこの世界に期待していると分かる。
未来の技術をこの目で見てみたいと、少年の好奇心がうなりをあげている。
「次の質問で最後だ。慎重に選びたまえ」
「なら巽真凛のことについて知りたい」
生徒会長はすぐに口を開けなかった。
その間に巽の情報を整理しているようにも見えた。
何を発言でき、何を伏せるべきなのか。
それを脳内でまとめる時間ととることができる。
やはり、巽真凛という少女には何か特別なモノがある。
メンタリズムなんて赤城の柄ではない。
それでも生徒会長の少しの間や仕草でそれだけは読み取ることができた。
生徒会長は口を開ける。
「赤城くんは既に巽くんに会っているのだったな。キミはあの子のどこまでを知っている?」
「学園の皆からはよく思われていなくて、人を殺したことがある人間兵器までは」
「人間兵器のことはもう耳にしていたか。彼女がパンゲアに来てから三年が経つ。一年で生徒が変わっていくから既に噂というレベルまで下がっているが、彼女が人間兵器というのは本当だ」
「その人間兵器ってのはなんだ。人工知能と人間の融合体だとか聞いたが」
「三つ目の質問……と意地悪言うのはやめておこうか。確かにその通りだ。2045年から人間を戦闘兵器として改造する計画がたった。実行に移したのは2105年だ。百人の子供の生身の体を使い、体を裂いては内臓をいじりありとあらゆる化学兵器、近代兵器とそれを正確に操る人工知能を詰め込んだ。その酷く強引な手術に体が耐えられず死んだ子供もいれば、人工知能に乗っ取られて廃棄された子供もいた。結果的に成功と言える形で生き残ったのは四人。その一人が巽真凛だ。彼女には元々名前はなく、巽真凛という名前もパンゲアにきてから名付けられている」
名前がなかった。
これは初耳だ。
でもそれより身の毛がよだつのはその製造過程。
人間と人工知能の融合。
未来のことだからクローン技術が発達して成体としてつくられたとか。
出生前に何かしらを胎児に埋め込んだとかだと考えていた。
たが、実態は原始的なやり方。
皆と同じ肉をもち、骨を持ち、心を持っている普通の人間に対し、直接体を裂いていく方法なんて。
あの小さな少女はそんな狂気を経験したということなのか。
考えるだけでおぞましい。
「そして巽真凛は第四次世界大戦で各国が定めた二十の不可侵地域、『楽園』で人間として過ごしていた。楽園は戦場からは一切除外され、戦争とはかけ離れた静かな場所だった。学校があり、小売店があり、仕事場がある。そして毎日がある平和な所で過ごし、その時は一度も兵器としては扱われていなかった。まだ年齢にして12歳だったのもあるがな。そしてある日、楽園外からの怨恨をかい暴動が起きた。それをきっかけに巽は兵器として豹変し、当時の楽園の一つ、グアムの人間を全て殺し尽くした」
グアムといえば日本でも観光で有名な島だ。
人口などは頭にないが、人が多くいるというのは想像できる。
決して少ないわけではないはず。
例え百年後であったとしても。
そんな島の人間を一人で全て殺した。
その戦闘能力と持久力については特に触れない。
気にかかるのは巽真凛自身のことだ。
人間としての意識。
兵器としての意識。
これはどこまで共有されているのか。
あの巽の血気盛んな性格だ。
人間の心として人を殺そうなんて思うのだろうか。
人を殺すのは兵器としての人格。
人工知能に意識を乗っ取られた人格。
彼女の意思ではないはず。
そんな彼女が自分の手で万を超える人を手にかけたなんて記憶があるのなら。
どれ程の悔恨と卑下が人間としての彼女を襲うのか。
想像もつかない。
できるのなら。
人間と兵器は別のものとして彼女の記憶と感覚には一切残らないよう願いたい。
「折角だから役員の中でも限られた人間にしか伝えられていない巽真凛の情報を渡そう」
生徒会長は指を交差させるスタイルを一切ぶらさず続ける。
「先ほどこう言ったね。巽真凛は人間兵器の四人の生き残りの一人だと」
「ああ」
「巽真凛以外の三人は戦場に出た。各々が好成績を残したのだが、二人は戦地で射殺。もう一人は人間の心を取り戻して国を渡り歩き逃げていたが、身を置かせてもらった住人に裏切られ殺された。その三人の生涯については地球で細かく記録が残っている。しかしだ」
生徒会長は言う。
その一言を。
「巽真凛は行方不明とだけしか記録が残っていない」
ーーえ?
「この意味がキミに分かるのなら、できることは今すぐやった方がいい。彼女に恐怖してる者、恨みがある者。そういう人間の感情がどういう結果をもたらすか」
赤城葵は固まる。
気持ちの悪い鳥肌が立つのを全身で感じた。
その最悪の結果というイメージが脳内に刻み込まれる。
そして赤城葵にパンゲアでの存在理由ができた瞬間だった。
巽真凛を守らなくては、と。