第9話 襲撃
ローラ学園。
総生徒数1万3000人を誇るこの世界の教育施設。
その生徒数は2030年モノレールの7つ先にある駅にある分校の生徒数も含まれている。
学び舎と呼べるものはこの世界にこの二つしかない。
収容人数から分析できるが、この学園とても敷地が広い。
面積にして11.30㎢。
日本の市一つと変わらない広さを誇っている。
さらに人工知能によって様々な科学が飛び交っている。
この世界の中でも科学的にも賑わいもトップレベルの地域だ。
そして本校と分校。
この二つの施設には違う役割がある。
本校は五教科など基本的なことを教えると共に未開拓調査を実施している。
この世界は未だなんのために存在しているか解明されていない。
学園の教員も、全生徒も、社会人もこの世界のことを知ることはない。
何故人工知能が発達しているのか。
どういう理由で地球から人々を招いているのか。
その人選基準は?
そもそもどうやってここまで文明が栄えてた?
調査済み土地より先には何がある?
何もかも分からない。
だから本校ではその一歩として未開拓地域を調査している。
目的はいくつかある。
他の文明が存在しているのか。
惑星ならば陸地は続いているのか。
または果てがあるのか。
海は存在しているのか。
幽霊と呼ばれる地球から来た履歴がない謎の人々の発見とコンタクト。
その他にも細かい作業が多数ある。
この調査は学園生が必ず行っている。
そして他にもこの学園の特殊な点がある。
それは学園生は一年で卒業するということだ。
この世界に来た場合、特例を除きほぼ元の時代に帰れる。
歴史に傷をつけないようこの世界に来た時と同じ時間に返すのだが。
その際、記憶と肉体の成長は元の時代に戻っても引き継がれる。
特に若者の成長は著しい。二年も経てば肉体は大きく変化している。
そのため帰った時、周囲に気付かれる恐れがあるため一年過ごせば卒業することが原則である。
ただ、委員会に入れば話は変わってくる。
委員会に入れば正規メンバーならば五年。
非正規ならば三年の滞在が許されている。
もちろんそれは元の時代に戻った時、周囲に気付かれるリスクが非常に高いためそれでも構わないという 人間にしか合わない。
そんなローラ学園の基本的な情報を川里寿子教えてもらいつつ、本校の正門へとたどり着いた赤城。
そこまで広大な学園なのだから、正門からもさぞ大きいのだろうと予想していた。
そしてその予想はさらなる規模により外れる。
「ってさっきのそびえ立ってた壁が正門かよ!」
山のようにとんでもない高さを見せつけていた銀色の壁。
これこそがローラ学園の正門だった。
ただ、門らしき割れ目は見つからない。
この壁がどうやったら開くのだろうか。
もしこの高さの門が開いたらどうなるのか。
好奇の目を向ける赤城。
そんな赤城の前に飛行する物体が近づいてきた。
「な、なんだ?」
「これは生徒認証のためのドローンですよ。こうやって正門に近づくと寄ってくるんです」
「ドローンねぇ」
2017年の赤城でも聞き慣れた名称だった。
ドローンといえば落下事故などで何かと問題になっているイメージだが。
この科学のクラスであれば問題は既に解決済みなのだろう。
一応聞いてみる。
「ドローンって危なくないの?」
「何を言っているのですか?」
ーーほらね
川里寿子のこの屈託のない表情。
表情の変化があまり見られない川里でも雰囲気で嘘か本当かは分かるようになってきた。
しかし、最早そんな意識さえないとは。
それならそれでいいのだけれど。
今もなお無音で空中にピタッと止まるドローン。
プロペラがなく、中央にあるカメラでこちらを認識しているのだろうか。
「ここを通るにはドローンから承認を得なければなりません」
「でもここって何年も未来の科学が結集してるんだろ?」
「そうですね」
「なんかドローンって古くない?イメージだと通るだけで認証してくれる方が未来的なんだよなぁ」
「それもありますよ」
「あるのかい」
「ただ、この世界は様々な時代の良き文化を取り入れています。あなたが来た平成だってそれを元にした街並みがあります」
「え、平成の街並み?」
「ええ。郷愁に駆られたければそこに行けば安心の居心地良い景色が広がっているはずです」
この世界凄いと素直に思った瞬間だった。
勝手に連れてこられたのは不満だけど、一年過ごせば元の場所に帰ることができる。
しかも、転移された時間と同じ時間に。
つまりここで一年過ごしてもあの謎の少女と出会ったあの瞬間に帰ることができる。
しかも、様々な時代のからの人間がいる中でその人間の拠り所があるのも感心できる。
この世界、一年くらいならいてもいいのではないか。
不安なのは帰った後、ちゃんと父の炭酸飲料を買うのを忘れていないかだけ。
赤城は言う。
「今度そこには行ってみるよ。じゃさっさと入ろうぜ」
「今から手続きします。移民管理委員に申請してあなたの学生証はもらってきました」
「移民管理委員って。あの男が抑えつけたんじゃないの?」
「そんなことしたらただでさえ険悪な移民との関係に油を注ぐだけです。ちゃんと正式に引き継いでますよ。私が」
無表情の裏で不満が少し溢れたように見える。
「はい、これがあなたの学生証これがあれば……」
川里の言葉を遮るようにドローンの機械音が鳴る。
高い音がわずかに鳴った。
平成の知識だとこの音は何か承認した時の音に聞こえる。
「え、うそ……」
その声につられ、川里の顔を見る赤城。
二度目だった。
川里が表情を変えたのは。
驚き、疑念。
どちらともとれる表情で口を小さく開けていた。
「そんな馬鹿な。まだ赤城さんの手続きは終わってないはず。まだ学園生としての登録は……」
瞳を左右に交互させ、手元のファイルのページを連続で開いていく。
正直何をしているかは分からない。
あのファイルも未来の道具なのだろう。
「移民管理委員が手を出すことはない。それなら誰が。そもそも内から他人の生徒登録なんてできるんだっけ」
「おい、どういうこどだよ」
「既に赤城さんの生徒としての登録が終わっています」
「別にそれなら手間が省けていいんじゃねぇの?」
「問題はそこではありません。ローラ学園はこの世界、『パンゲア』の中で最高峰の人工知能、『イデアコンピュータ』で様々な情報を管理してます。一年間での生徒の入れ替わりが激しいですが、生徒一人一人の管理は正確かつ厳格です。本人が生徒登録を行うのが必須であり、他の登録方法はなかったはず。イデアコンピュータに限ってミスはないと思うのですが」
「だから別によくね?」
「良くありません。これは報告するレベルの重大なことです。もしかしたらイデアコンピュータに欠陥があるかもしれません。それだけは絶対にあってはならない」
川里に似合わず冷や汗が額に浮かぶ。
ファイルを漁っていくが納得いく答えがでないようだ。
最高峰の人工知能に欠陥があると何がいけないのか。
赤城葵にはまるで見当がつかなかった。
そして、次なる問題が二人を襲う。
「やぁ、キミが赤城葵くんだね」
声がした。
右でも左でも前でも後ろでもない。
上方。
浮遊する板のようなものの上に二本足で立ち、腕を組む少年。
五メートルくらいの高さに位置する。
手を伸ばしてもまるで届かない距離だ。
少年は続ける。
「僕は風紀委員正規メンバーの師走大河だ。さっきは合津のやつが厄介になったようだね」
風紀委員正規メンバー。
つまりこの世界に五年の滞在を許された人物。
そして先ほど川里がこう付け足していた。
委員会には正規と非正規があり、非正規は何人でもいいが、正規メンバーは、
五人までしか許されていない、と。
1万3000人の中でも一握りしかなれない正規メンバー。
同じ委員会の正規メンバーに立て続けに会うなんて。
この世界はそういうところなのだろうか。
「自己紹介も済んだことだし、少し僕と手合わせを願いたい」
「手合わせだ?」
「そう。僕と剣を交えてほしいんだ。委員長はえらくキミのことに興味があるみたいでね。悔しいからキミをぶっ倒したいと進言したら見事許可されたんだ」
「は? お前何言ってんの?」
頭がどうかしているのだろうか。
紳士な態度で接してくるが、暴力的な言葉が見えた気がした。
体格は赤城と同じくらいで男としては平均並み。
腕が太いわけでもないし筋肉質には見えない。
そして爽やかな顔面とかっこいい短髪。
見るからに女性受けがよさそうな外見。
というか、正門前にいる多数の女性が黄色い声をあげているのは気のせいだろうか。
とはいえこちらは喧嘩なんてしたことない。
ゲームで他者を圧倒したところでリアルではただの道端のゴミ。
明らかな負けには乗る必要がないので、
「普通に断るけど」
「はははっ。キミが断っても僕が突っ込むさ」
「は?」
「大丈夫。こちらで最低限の機能を搭載した剣を用意した。受け取りたまえ」
浮遊する板のようなものから腕の長さくらいの短剣を取り出す師走。
それを赤城の足元に放った。
「なんだこの最初に勇者が持ってる支給品みたいな剣」
「委員長からはキミの実力なら僕とやりあえると聞いている。僕は強い人と戦うのが大好きでね。問答無用で受けて立ってもらうよ」
「聞く耳もたねぇなこいつ」
「一応言っておくね」
師走は爽やかな笑顔を弾けさせ、続ける。
「これは襲撃だから!!」
「言葉の意味すら不安定なのかよ!!」
浮遊する板が急速に動き出す。
そしてそれは一瞬で赤城の懐をとらえた。