襲撃者達
天然の洞窟のような空間が目一杯に広がる世界。そこで争う二陣の風があった。
「ソイル、弓であいつの動きを牽制して!」
「了解!」
「アイラ、魔法は!?」
「もう少しで完成します!」
争う風は片や三人で一糸乱れぬ動きで連携を取り、片や一つの1メートル以上ある四速歩行の大蜥蜴。森人の魂とキャストリザードだ。
場所は13階層。ドラグスの予想より遥かに早いペースで迷宮を進んでいた森人の魂は数分前に遭遇したこの階層で最も危険なモンスター、キャストリザードと戦っていた。
「はぁ!」
気合と共に放たれたヴィーチェルの剣戟は風を切る音を立ててキャストリザードの片目を切り裂き、視力を奪う。
「やぁ!」
怯んだキャストリザードの隙を突きソイルが矢を放つ。そして残ったもう片方の目に深々と突き刺さり、キャストリザードの視界は完全な闇へと包まれる。
「完成しました!退いて下さい!」
視力を失いパニックを起こすキャストリザードに完成したアイラの魔法が叩きつけられる。それによりキャストリザードは通路の壁を破壊する程の威力で吹き飛び、そのまま灰へと姿を変えた。
残った魔石がこの戦いの結果を語るように虚しく落ちる。
***
「ふぅ、やっぱりキャストリザードは素早いねー。まぁボク達の方が早いけど」
「ですね。言い方は悪いですが所詮は11〜14階層に出現するモンスターです。私達なら危なげなく倒せますね」
「うん。でも油断は禁物だよ二人共。浅い階層だけど一応ここは迷宮内なんだから」
キャストリザードを倒した私達はそろそろ一旦休憩にしようと言う事で13階層と14階層を繋ぐ階段付近で三人揃って座り込んでいた。迷宮に潜ってからそろそろ2時間が経過するし、休憩を取るには程良い時間だろうと言う事になったのだ。
階段付近ではモンスターが襲い掛かって来たとしても咄嗟に次の階層に逃げられるし、仮に下の階層からモンスターが上がって来たとしても階段を上る足音で直ぐに分かると言う事で私達探索者の貴重な休憩ポイントになっている。偶に空を飛ぶモンスターが足音立てずに階段を上って来る事があるけど、それは本当に極稀で、もし遭遇したら不運だったと言う事で諦めて交戦するしかない。
探索者たる者、全ては自己責任。それが探索者のルールだ。
「にしてもあのストーカーどうなったんだろうねー」
ソイルが顔に嫌悪感を浮かばせながら言って来た。
「さあ?でもギルドに引き渡したからもう大丈夫だと思うよ」
「そうですね。多分今頃は尋問を受けているのでは無いでしょうか?」
それに私とアイラが答える。
私は今の内にと自身の武器の調子を確かめ、アイラもこの期に消費した魔力を回復するために瞑想をしている。特に武器の手入れとかを必要としないソイルは暇そうに携帯食を頬張っているが、その意識は周囲を警戒しているようだ。
私達森人の魂の役割分担はソイルが持ち前の鋭い勘と警戒力の高さで罠やモンスターを察知し、それを聞いたアイラが罠の場合は解除の魔法、モンスターの場合は私達を強化する魔法を詠唱する。そして私がそんなアイラを護り、広い視野を使い全体の指揮を取ると言う形だ。そして今のような休憩中は弓の調子と矢の本数を確認するだけで作業を終えるソイルが全体の警戒を行い、その隙によく体力や魔力を消費する私とアイラが回復に努める。特にアイラは私達に移動速度を上昇させる魔法を常に発動させているからその負担は相当なものになるだろう。
悔しいが私達にはまだ迷宮内で寝泊まり出来る程の実力は無い。そのため少しでも早く目的地に辿り着き、そして夜の帳が落ちる前に迷宮を出なくてはならない。その為にはアイラの強化魔法が必須なのだ。
「ごめんねアイラ、いつも貴女にばかり負担掛けて……」
「いいんですよヴィーチェル。私は回復魔法がからっきしなんですから、その分自分の出来る範囲の事に全力で取り組んでいるだけですよ」
アイラは優しげに笑いながらそう言ってくれるが、それを言ったら私とソイルなんて最低限の生活魔法と下級の付与魔法しか出来無い。上級の攻撃魔法や中級の補助魔法を扱えるアイラがいなければ私達はここまで強くなれなかった。このパーティの功労者は間違い無くアイラだ。
「ヴィーチェル、アイラ、何か来るよ!」
その時ソイルから警告が上がった。私達は慣れた手つきで各々の得物を取り、落ち着いてソイルの次の言葉を待つ。
こう言う時は索敵能力に長けたソイルの言葉が一番重要視される。私もアイラも索敵能力が皆無と言うわけでは無いが、残念ながら索敵能力と言う点についてはソイルに及びもつかない。
「ボク達が来た通路から2体、右の通路からも2体、左の通路からは1体、計5体。左から来ている1体は他の通路から来る気配より動きが早いから多分キャストリザードだと思う。まったく……ついてないね」
「了解。アイラ、攻撃魔法で2体来ている方のモンスターのどちらかを攻撃して。ソイルは私と一緒にキャストリザードを先に倒すよ」
「分かりました」
「オッケー」
その言葉と同時に紡がれるアイラの詠唱。詠唱が終わると私の体はふっと軽くなった。速度強化の魔法だ。
「それじゃあ行くよ!アイラの魔法が完成するまでにキャストリザードだけでも倒す!」
次の瞬間私とソイルは地面を蹴り、キャストリザードがいる方向へと駆け出した。それと同時に始まるアイラの長文詠唱。
キャストリザードに肉薄した私は敢えて大きく剣を振るった。振るった剣はキャストリザードに簡単に躱されるが、これでいい。
「『付与強化矢』!」
回避した事で僅かに速度が緩んだキャストリザードにソイルお得意の攻撃が炸裂する。
ソイルの放った矢は狙い違わずキャストリザードへと進み、 四本の脚のうち右脚の2本を吹き飛ばした。
「流石ソイルだね!『強化斬撃』!」
そして止めに攻撃強化を付与した剣でキャストリザードの首を斬り飛ばし、絶命させる。
「やっぱり走りながら戦うより待ち受ける形での戦闘の方が何倍も楽だね」
「それはそうだよ。あっ見て、丁度アイラの魔法も完成したみたい」
そう言って指差すと、ソイルも釣られるようにしてそちらを向いた。そこではアイラが自身と同等サイズもあろう大きさの水球を作りあげ、通路から出てきたモンスター達目掛けて投げつけるところだった。
「うわー、やっぱりアイラの『水球爆破』はいつ見ても凄い迫力だねー」
「ふふっ、そうだね。でもあの大きさだと全力時の3割程度の威力だと思うよ。アイラは賢いからこの後の魔力配分も考えているだろうし」
私達は話しながらも残った2体のモンスターへと攻撃を仕掛け、モンスターを魔石へと変えた。2体のモンスターはキャストリザードとは違いこの階層でも比較的弱い存在だったので勝負は一瞬でついた。
「お疲れ様。アイラ、魔力は大丈夫?」
「はい。微々たる量しか使っていなかったので大した痛手にはなりません」
「ははっ、流石アイラ!ボク達の里で最も魔力量が多いって言われただけあるね」
ヴィーチェルの労いに微笑みを返すアイラ。ソイルは倒したモンスターの魔石の回収を終え、そんな2人の元へ無邪気な笑みを浮かべながら戻って来た。
「休憩中に戦闘って言うついていない事が起こっちゃったけど、休憩時間を少し延ばす?」
それを確認した私は2人の仲間に向けてこの後どうするかと言う話題を振った。休憩時間は15分って考えていたのだが、今の戦闘で数分程休憩時間を奪われた。つまりはそれを取り戻すか、それともこのまま進むかと言う話だ。
「ボクはこのまま進んでも大丈夫だけどアイラの魔力は?」
「大丈夫です。先程までの休憩で8割方回復していますし、今の戦闘で減った分を考えてもまだ7割と半分程度の魔力は残っています。次の休憩までは保つでしょう」
ソイルとアイラの言葉を聞いた私は一つ頷き、このまま進む事にした。今回は32階層に出現するモンスターが目的なので時間にはそこそこの余裕がある。なのでアイラの移動速度を上げる魔法は使わず、普通に歩いて行く事にした。
14階層では面倒なキャストリザードと遭遇する事は無く、散発的に現れるモンスターを軽くあしらいながら簡単に14階層と15階層を繋ぐ階段に到着した。その時だった。
「っ!?」
唐突に背後から飛んで来た何かを喰らい、私達は15階層へと続く階段から転がり落ちた。
「うぅ……一体何が……」
14階層までとは打って変わり、森のような世界が視界に飛び込んで来た。勿論この場には何度も来ているからよく分かる。
ここは15階層。迷宮が生み出した木々が森のように形成され、探索者を惑わす迷いの森へとなる危険地帯。出現するモンスターもそれに伴い昆虫系や獣系へと変わるここは、新人探索者が最初に体験する迷宮の神秘だ。
転がり落ちた際に受けた衝撃でくらくらする頭を上げると、其処には私同様、階段から落ちた際にどこかしらを打ち付け、苦悶の表情を見せる仲間達がいた。
「どうやら魔法を喰らったようですね……」
アイラは痛めたのか、肩を抑えながらよろよろと立ち上がり、私達が喰らった攻撃の正体に当たりを付ける。
「イテテ……どうしてあそこで魔法が?14階層には魔法を使うモンスターなんていなかった筈だけど……」
私達に数秒遅れてソイルも立ち上がる。どうやらソイルは上手いこと受け身を取ったようで、多少の打撲はあるだろうがそこまでの大きなダメージを感じられない。
「確かに14階層に魔法を使うモンスターはいない……15階層に出るインプリタカーバンクルが14階層に迷い込んだって事も考えられるけど、インプリタカーバンクルが使う魔法はあまり強力なものじゃ無いから私達を吹き飛ばす事なんて出来無いはずだけど……」
それにインプリタカーバンクルは希少モンスターだ。そんな希少な存在が14階層に迷い込むなんて事はそうそう無いだろう。となると考えられる可能性は一つだけ。
「同じ探索者から攻撃を受けた……?」
私の呟きにソイルとアイラは驚きに目を見開くが、確かにありえると同意をしめしてくれた。
「取り敢えず迎撃の準備はしておこう。相手がモンスターだろうと探索者だろうとこの階層の入り口はここだけなんだから!」
私の言葉に2人は頷き、武器を構える。それからどれくらい経っただろうか。数分かもしれないし数秒かもしれない。だがこれだけは迷い無く言える。ーー事態は動いた。
「うぐっ!?」
私の後ろでアイラの悲鳴が聞こえた。バッと振り返ると、そこには魔法の媒介であるレイピアを抜き放った状態で背後から攻撃を喰らって倒れ込むアイラの姿があった。
「なっ!?背後からだって!?」
同じくその様子を見たソイルが驚愕の声を上げる。私も声には出さなかったけど、実は相当驚いていた。そしてそのまま顔を魔法が飛んで来た方向を見ると、木々の奥に複数の何者かの影が存在していた。
「誰だ!」
私がすかさず剣を向け誰何をすると、複数の影は最早隠れる事すらせずに木々の奥から姿を現した。
身長に違いはあるも、全員が同じような漆黒の服で身を包み、同じ形状の仮面を被っており、見るから同じ組織に所属していますと言った風体をしていた。数は自分達の倍の数の6人。
「ふっ!」
すかさずソイルが弓を放ったが、その黒ずくめの6人の1人によってあっさり弾かれた。
「やれやれ、手癖の悪いお嬢さんだ」
そして男とも女ともつかないような声が絶望を告げるように私達の後方……ここと上の階を繋ぐ階段から現れた。その数前方の連中と同じく6人。そしてやはり皆漆黒の衣服を纏い、顔を同じような仮面で隠している。
「嘘でしょ……」
合計12人。そしてソイルの弓をあっさり弾いた者の腕を見るに探索者としてのランクは同じくC程度。
勿論あの弾いた人物が特別腕が立つだけなのかもしれ無い。だけどその男を含め、元よりこの階層に潜んでいたであろう全員が階段から降りて来た人物達に敬意を込め頭を下げた事から、少なくとも階段から降りて来た人物達はこの者達よりも上の立場にある事は確実。それが強さによるものかは不明だが、最低でもこの階層で普通に歩ける程度の実力はあるのだろうと想像出来る。
「かかれ」
階段から降りて来た時にも声を発したと思われる人物が静かに、だが厳そかにそう指示を出す。それに従い元よりこの階層に潜んでいた者達が一斉に私達目掛けて襲い掛かって来た。
「は、はやい!?」
6人の動きは素早く、森人の魂の中で最も素早いはずのソイルでさえ動きを追うのがやっとと言う程である。
「やはりCランク探索者ですか!」
12人の登場を確認した直後に素早く立ち上がったアイラが魔法を唱えながら絶叫にも似た声を上げる。
「水刃斬舞!」
「ぐぅっ……」
アイラの魔法が最初に接近して来た人物2人を捉える。一人は咄嗟に防御したようだが、もう一人は水の刃に斬りつけられ、僅かに苦悶の声をあげる。声の低さからして男であったのだろう。
男は吹き飛ぶが、後ろにいた先程ソイルの弓を弾いた人物によって難無く受け止められ、直ぐに戦線へと復帰して来る。
「これは……」
厳しい。素直にそう思う。
相手はただでさえ自身と同等の強さを持つ者。そんな者達が6人……いや、まだ手を出して来ないだけで同等かそれ以上の強さを持つ者も6人いる。はっきりと言おう。絶望的である。
見ると他の2人も同じような考えに至ったのか、油断無く相手を窺ってはいるものの、その表情はどこか暗い。
(逃げる……?いや無理か。相手の動きは明らかにこの手の物事に慣れている者達の動きだし、逃げたらその背中からあっさりと斬り捨てられてしまうだけ……)
私はリーダーとして撤退の案を考えるも、即座に無理だと判断して捨てる。相手は逃げに対する処置であるのか、6人のうち誰か一人は確実に自分達では無く周囲に気を配っている様子が見て取れた。
生憎私達ではまだそこまでの思考をしながらの戦闘行為は出来無い。
斬りかかってきた者の攻撃を盾で受け止め、すかさずシールドバッシュで反撃を仕掛けるも、相手はそれを利用してこちらから大きく距離を取り、それを埋めるように別の者が空いた場所目掛けて攻撃を仕掛けて来る。
「くっ!」
同じような事を2度3度と繰り返すうちに、遂に私の剣は空高く打ち上げられ、私から5メートル程離れた位置に落ちる。見るとソイルも距離を詰められ防戦一方になっており、アイラに至ってはレイピアが無残に破壊され、本人も死に体であった。
(まずい!)
このままじゃ全滅してしまう。そう思った私は咄嗟に武器を取ろうと走るも、背後から迫った一人に背中を斬られ、走るいきおいのまま倒れ込んだ。
「傷はいくら付けても構わないが、死なない程度にはしてあげなさい」
先程と同様の人物から聞こえる声が何処か遠くに感じる。最早私の意識は朦朧としていた。視界の隅には同じように血を流し地に倒れ伏す2人の仲間が映った。
「ふむ、終わりですか。3人を捕縛しなさい」
憎々しい声が聞こえるが今の私にそれに抵抗する術等無く、近付いて来る足音が大きくなるのをただ黙って待っているしか無かった。
視界の隅にいたソイルとアイラに何か袋のような物を持った人物が近付いて行くのが見えるが、今私の横で止まった足音も同じような袋を持っているのだろうか。
諦めにも似た感情でボンヤリと仲間達の事を眺めていると、耳がヒュッと言う風切り音捉えた。そしてそれに伴い、ソイルの横にいた人物が重力に逆らって真横へと吹き飛んで行った。
「何者ですか!?」
驚きながら階段の方に視線をやると、先程から指示を出している人物が声を荒げた。
「えっ……」
この声は私のものかそれとも他の者のものか。分からない。だがそれでもこれだけは言える。何者かによってソイルを捕らえようとしていた人物が倒された。
「な、何が……」
私は必死になって顔を上げた。視線の先は先程までソイルを捕らえようとしていた人物が吹き飛ばされて行った方向。そこにいたのは2人の人物。
1人は先程までソイルを捕らえようとしていた人物。そしてその人物を踏み付けるようにして立っているもう1人。その人物の背中には金で刺繍された龍の紋章を背負い、そしてそれを引き立てつつも、決して見劣りしない深い蒼をしたロングコートを着用していた。漆黒とも言える色合いのズボンを履き、腕に銀色の腕輪を付けたその人物を私達は良く知っている。
「無事かヴィーチェル、ソイル、アイラ」
「「「ドラグさん!」」」
昨日会ったばかりの強く、優しく、そして何処か不思議な雰囲気を纏うその人が誰もが見惚れるような顔に獰猛な笑みを浮かべながら悠然と立っていた。
***
(間に合ったか……)
ボロボロになって倒れてはいるが森人の魂のメンバーに手遅れな者は誰一人としていない。ドラグスは内心安堵の溜め息を吐き、次にぐるりと辺りを見回した。
(雑魚が6人、雑魚よりちょっと増しなのが6人……12人か。いや、姿を見せずこちらを窺ってる奴が3人おるな……これは計画的な物で間違い無かろう)
「貴様等、我の友によくも手を出してくれたのう」
「くっ……」
ドラグスはこの中で最も実力が高いだろう人物にギラッと擬音が出そうな程鋭い目線をやった。その双眸は爬虫類のようなスリット状になっており、見る者の恐怖心を煽る。
ドラグスに睨み付けられた人物は冷や汗を流し、無意識に一歩下がる。
「ヴィーチェル、ソイル、アイラ、少しだけそこで見ているが良い」
ドラグスは森人の魂の面々を軽々と担ぎ上げ、一箇所に纏めてかは防御系の魔法を3人を覆うように展開させた。その間黒ずくめの人物達は一歩も動かない。いや、動け無かったのだ。
ドラグスは安心させるように優し気に微笑んでから3人に向けてくるりと背を見せた。その背中はとてと逞しく、無意識に顔を紅潮させてしまう。だがそれと同時に「ああ、もう大丈夫なんだな……」と言う根拠の無い安心感に包まれた。
「さて、我が友に手を出した罪……貴様等の命を以って償って貰うぞ?」
「総員戦闘用意!全力で奴を仕留めなさい!」
先程ドラグスに威圧された人物が漸く我に返り声を張り上げて命令を出す。奴は危険だ!ここで葬り去らなければ!と、長年探索者として命のやり取りをやって来た勘が警笛を上げたのだ。
ーーだがそれは完全に悪手である。
ドラグスに危険だと判断を降したのは正しい。それだけならば流石ベテランだと言える判断能力であっただろう。しかしその後の判断がいけなかった。彼等はドラグスが来た瞬間、全力でバラバラに逃げるべきだったのだ。さすれば流石のドラグスも一人二人は取り逃がしてしまったかもしれない。しかし彼等が選んだのはドラグスとの戦闘。ドラグスに倒された一人と命令を出した一人を除いた10人が一斉にドラグスに襲い掛かる。命令に従う彼等は最早後の祭り。ドラグスに接近した者から次々に攻撃を喰らい重力に逆らって吹き飛んで行く。
最初に森人の魂達の前に現れた6人戦闘能力は森人の魂と同等。つまりCランク相当。そして階段から現れた6人はそんな者達とは比べ物にならない程の戦闘能力を持つ。つまりBランク相当。
探索者は通常G〜Eが下級探索者、D〜Cが中級探索者、B〜Sが上級探索者、そしてSS以降が超級探索者と呼ばれる。特に超級探索者では中には誰もが成し得ない偉業を達成して伝説級探索者や英雄級探索者等と呼ばれる者もいる。それはEとD、CとB、SとSSの間で技術や気持ちとかではどうしようもない隔絶した差が存在するからである。そしてそれに比例するようにランクアップに必要な経験値も高い。一般的な探索者の中にはEランクからDランクに上がる為に数年も費やす者もいる程だ。
ーーだが
「雑魚が」
ドラグスは吐き捨てるように声を発し、徐に動かした腕の一閃だけで今まさにドラグスを斬りつけようとしていた6人を纏めて吹き飛ばす。
「なっ!?」
それに戸惑いの声を上げる指揮官。吹き飛ばされた者達は近くの壁や木々に思い切り叩き付けられ、今まで保って来た沈黙はいったい何だったのか苦悶の声を上げる。
全ての生物の頂点に立つドラグスにとっては例え自身のランクアップの恩恵が相手より遥かに劣っていても、例え相手が探索者最高峰の超級探索者であったとしても、全ての者が等しく小動物と変わらないのである。そんなドラグス相手にたかがBランク程度の者達が抗えるわけなかった。
「次は我の番だ」
その言葉を置き去りにドラグスの姿が掻き消える。
「ぐわっ!」
「うぐぅ!」
「きゃあ!」
そして続く3人分の悲鳴。何時の間にか先程と同じ場所に立っていたドラグスからドサリと何かが落とされる。
それは隠れていた筈の仲間。指揮官らしき人物は驚愕に目を見開き、声も出せず苦悶の表情を浮かべる3人を見て心の中で絶叫する。
(なっ!?我々の中でもトップクラスの隠密能力を持つ者達に気付いたですって!?一体何者なんですか彼は!あんな目立つ容姿なのに噂すら聞いた事ありませんよ!)
「ついでに我の実験台にもなってもらおうかの」
指揮官の苦悩など露知らず、ドラグスは徐に腕輪に魔力を流し込む。
「我はここに来ながらこれの使い方を理解した。これはイメージと流す魔力によって放つ魔法を変える」
ドラグスの足元に水色の魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間にはその魔法陣から上に向かって濁流が滝の如く激しく流れる。重力を完全に無視したその滝は空中に昇って行き、ある一定の高さに到達した途端、突如雨のようにして降り注ぐ。
「うわあああ!」
「ぎゃあああ!」
当然ドラグスが態々魔道器を使ってまで出現させた水が普通のものであるわけも無く、降り注ぐ雨をその身に受けた者はその部位を貫かれ、無様な悲鳴を上げて転げ回る。そしてそのまま次々と降る雨に腹や胸、頭部等を貫かれ、絶命して行く者も出て来た。
「『降り注ぐ雨矢』」
遅れて紡がれる技名。しかしその言葉を聞けた者は既に最初の半分にしか満たなかった。
生き残っているのはCランク探索者2人、Bランク探索者4人。そのうちまともに動ける者はCランク探索者0人、Bランク探索者2人。指揮官らしき者とその補佐的な者だけである。そしてその2人であっても体はボロボロであり、仮面は壊れ、中の顔が晒される。
指揮官らしき者はまだ20代半ば程度の若々しい男であり声通りの中性的な整った外見をしている。普段であれば映えるであろう金髪も今は血で濡れ、まさに敗残兵のような無様な姿であった。
補佐らしき者もこれまた若く20になるかならないか程度の女性であった。見た目はそれなりに整っており、動き易くする為に肩辺りで切り揃えられた茶髪は中々に明るい色合いをしている。
男よりも女の方が重傷であり、身体中から血を流し、痛みを堪えるように顔を顰めつつも男性を護るように前に出て来る。しかしその足取りは重く、男の前に出ると同時にガクンと膝をつき意識を手放した。男もそれにつられるようにして力無く地面に膝をつく。最早誰の目から見ても完全に戦闘不能だ。
「くっ、貴方、は……本、物の……化け……物……」
男はドラグスを憎々しげに睨み付けるが、その声には既に力など殆ど無く、怯える子羊の如き有体でプルプルと震えている。それが恐怖によるものかダメージによるものか、あるいはその両方か等分からないし興味も無い。ドラグスは男の頭部に手を掛け、催眠系の魔法を掛けた。反抗的な男の顔は徐々に収まって行き、最後に残ったのは目から光と表情を失い、何も考えられ無くなった人形であった。
「Bランク探索者ですらこの程度の魔法で倒れるか……ふん、つまらん」
ドラグスは誰にも聞こえ無い声音で呟くと、森人の魂達の元へと向かって行く。
「終わったぞ」
「ドラグさん!」
ドラグスが魔法を解除しながら告げると、弾かれたように森人の魂達が一斉に抱き付いて来た。
「ぬおっ!?」
それにギョッとなるが、その程度で倒れるドラグスでは無く、きちんと3人の体重を受け止める。
「助けてくれてありがとうございます!」
「ボク達、捕まってたら何をされていたか!」
「お怪我はありませんか!?」
三者三様の反応を示す森人の魂達に、ドラグスは僅かに苦笑しながら一人一人順番に撫でて行く。
「なに、気にする事は無い。あの程度の輩にやられる程、我は弱くないわい。それに傷なら主等の方が重傷であろうが」
ドラグスは3人に回復魔法をかけた。彼女達の傷はみるみるうちに塞がって行き、数秒後には傷跡すら無い綺麗な身体となる。回復が終わった次の瞬間に3人は破顔してより強くドラグスに抱き付く。
「でも何で私達を助けてくれたの?」
数秒そうしていると、ヴィーチェルが徐にそう問いかけて来た。まだ不安が抜け切れていなかったのかその言葉は今までのような敬語では無く、いつも仲間達と話す時のような口調であった。
「私達はドラグさんを利用したんだよ?そんな私達を態々危険を冒してまで助ける必要なんて……」
「なんだそんなことか」
自虐的に語る言葉を遮るようにドラグスが声を発する。そんなヴィーチェルの頭にドラグスの手が優しく乗せられる。
「そんなもの具体的な理由があるわけ無いであろうが。ただ助けたい。死なせたくないと思ったから助けたんだ。謂わば我の我が儘みたいなものだ」
ドラグスの発言に森人の魂達は一斉に顔を赤で染め上げる。無自覚にこのような言葉を発するドラグスに3人はどのような反応すれば良いのか分からなかった。
「で、でもなんで私達が襲われるって分かったの?」
ソイルが恥ずかしさのあまり話題を変えるように発した質問にそう言えばと他の2人も反応を示した。
「む?ああそれか」
ドラグスは立ち上がり、襤褸雑巾の如く倒れている襲撃者から先程の『降り注ぐ雨矢』で破壊されていなかった仮面を引き剥がしてその裏側を森人の魂達に見せた。
「これは……月影の道化師!?」
仮面の裏には所属を証明する紋様が印されていた。真っ黒な背景に三日月と三日月をバックに戯ける道化師のような顔。月影の道化師の紋様である。
「仮面の裏にこのように堂々と自らの組織の紋様を書くとはそれだけ自信があったのか、それとも単に馬鹿なのか……まぁ良い。なんにせよ、それが主等の”すとぉかぁ”と言ったか?其奴が付けていた仮面の裏にも印されていたのだ」
「そんな……」
「彼等は私達を捕まえようとしていました。もしかして一連の探索者行方不明事件は月影の道化師によるものだったのですか?」
ヴィーチェルの口から漏れた声を後に、アイラが冷静に問い掛ける。ドラグスは恐らくな、と頷きその考えを肯定した。
「この情報は既にギルドには伝えてある。流石にこんなあからさまな証拠があればギルドも動かざるを得ないだろう」
ドラグスはニカリと笑い、続いてヴィーチェル、ソイル、アイラの順番に頭をポンッと軽めに叩き歩き出した。
「さて、帰るぞ。流石にそんなボロボロの状態での迷宮探索は危険だ。今日は大人しく宿で寝ているのだな」
「は、はい!」
「うん!」
「そうですね」
そう言うドラグスに慌てて付いて行く森人の魂達。その手はちゃっかりドラグスの服や腕を摘んでおり、そんな子供のような仕草をする3人の娘にドラグスは苦笑を漏らした。だがそれ以上に暖かい思いがドラグスの心を満たして行く。それは遠い日の記憶。かつてドラグスが愛していた者達の懐かしい思い出。
(ふっ……我らしくないな。だが今だけはそれも悪くない……)
そんな事を考えながら森人の魂達と共に迷宮の階段を上って行く。
先程の襲撃者達は死者生者関係無しに空間魔法にて創り出した世界に放り込み、後ほどギルドに突き出すつもりだ。
ドラグスは懐かしい記憶に思いを馳せながら歩く。いつかまた同じように笑える日が来るように、と……。
とりま一章の大きな事件は終わり、かな?下手くそで申し訳無いです。
因みにドラグスの過去はいつか確実に書きます。
報告
学生として天敵(宿題)を倒さないとならないので、少しの間全ての作品の更新を止めます。なるべく早く倒して来るので、お待ち下さいm(_ _)m