表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍王様の迷宮探索記  作者: 夜桜
現世に降り立つ龍王
8/15

月影の道化師

翌朝。

昨日までの雲は嘘だったように姿を消し、東から上がる太陽の光が大迷宮都市ラビリンスに余すこと無く降り注ぐ。


「ーー!ーー!」


そんな心地の良い陽気をぶち壊すように、手足と口をがっちりと締め上げられた男性が雑に運ばれてギルドに突き出される。


「えーっと……すみません、状況の説明をお願い出来ますか?」


突然突き出された男に対応をしていたシアンがとまどったような声をあげる。


「ストーカーですよ!ストーカー!」


それに対し、男を突き出した本人である森人の魂(エルフソウル)は怒りに顔を染め上げて興奮気味に囃し立てる。


「信じられないよねー」


「ええ、何度かうっとおしく声をかけられた事ならありましたが、ストーカーに遭うなんて初めてです」


森人の魂達は口々に不満をぶち撒け、それを聞かされるシアンは周りの目と面倒くさいという感情に内心溜め息を吐く。尤も、表面の表情自体は普段通りの無表情であるためそれに気付かれる事は無かったが。


「はぁ……分かりました。ではこの人は此方で引き取ります。森人の魂(エルフソウル)さんはもう迷宮の方に向かってもらっても構いません」


シアンは面倒だと言う気持ちを隠しながら、さりげなく帰れと言う。


森人の魂達はまだ少し不満気であったが周囲の探索者達が此方を訝しげに見ているのを見て、渋々とだが引き下がった。


外へ出て行く森人の魂を見送ったシアンは森人の魂と入れ替わるようにして入ってくる一人の少年を見つけた。


「ククッ、中々面白い光景だったぞ」


「ドラグさん……やっぱり貴方も関わっていたんですね……」


人混みの中から現れたドラグスは楽しそうに笑っている。シアンはやっぱり……と溜め息を吐きながら、悠々とやって来たドラグスに呆れた表情になる。

ドラグスは登録一日でランクを上げ、かつ、このラビリンスで中堅どころに位置する森人の魂と面識を持ち、その上懐かれていた。宿も彼女達が紹介すると言っていた事も考えて、もしやと思っていたのだが、案の定ドラグスはストーカー事件にも関わっていたらしい。


「のう、シエル。女とはかくも恐ろしい者であったのだな」


「貴方が何を見たか知りませんが、女性がみな恐ろしいとは思わないで下さいよ……」


言葉とは裏腹に、本当に面白いものを見たと笑うドラグスにシアンは内心苦笑をしながら言葉を紡ぐ。


「ところでドラグさん、本日はどのような御用件で?」


ドラグスの魔石の換金やランクアップ手続きは昨夜のうちに済んでいる。わざわざここに足を運ばなくてもそのまま迷宮に潜っても構わないのだ。

それは前日に伝えてある筈なのでドラグスがここに来た理由が分からなかった。


「何、ちょっと20階層までに出るモンスターの情報を聞きたくてな」


「ああ、なるほど。確かに事前情報があるか無いかでは生存率が全然違って来ますね」


シアンが納得した様子で頷き、少しお待ち下さいと言ってギルドの奥へと引っ込んで行った。

ドラグス程の強さを持っていれば例え事前情報が無いモンスターが相手でも敗北すると言う事はまず無いが、昨日やったような強制転移を使った狩猟方法では倒したモンスターの判別が出来無い。うっかり20階層より下の階層の敵を倒してしまってペナルティと言うのはドラグスとしても御免なのだ。


「お待たせしました。5階層から20階層に出現するモンスターはこちらになります」


少しするとギルドの奥からシアンが戻って来た。その手には一冊の分厚い本が抱えられており、それをドン!とドラグスの前に置いた。

本にはモンスターの絵と共に特徴から攻撃方法、安全な倒し方までびっしりと細かく書き記されていた。


「では説明しますね」


シアンの説明はかなり丁寧だった。説明の内容は書き記されている説明と同じ筈なのに説明をただ読むだけの何十倍も分かり易い。それに加え、モンスターが攻撃の際によく行う予備動作など本に書かれていないような説明も丁寧にしてくれるなど、シアンの受付嬢としての能力の高さがよく分かる。



シアンの説明の中で特に注意すべき敵は11階層から14階層の間に出現する『キャストリザード』、15階層から18階層の間に出現する『ホッピングローカスト』、15階層のみに出現する希少(レア)モンスター、『インプリタカーバンクル』、15階層から19階層に出現する『ポイズンスネーク』、そして10階層に常に一体だけ存在する階層主『ゴブリンナイト』、20階層に常に一体だけ存在する階層主『ブラウンオーガ』。


キャストリザードはとにかく素早い。姿こそ100〜120cmと言った巨大蜥蜴だが、その動きの速さは上層に出現するモンスターの中でもトップクラスだ。ランクアップ直後で浮かれた新人の死亡原因の3割はこのキャストリザードだと言う。


ホッピングローカストは50〜80cm程のバッタ型のモンスターだ。単体の戦闘能力こそ出現する階層の中で最も弱いものの、ホッピングローカストは殆どの場合5〜8匹程度で纏まって行動している。雑魚だと思って油断していると死角からの攻撃を受け、そのままリンチにされて死亡と言う事にもなりかねない。


希少(レア)モンスターであるインプリタカーバンクルは額に不純物の混ざった宝石を付けているチワワ程度の大きさのモンスターで、長い耳を垂らした子犬のような愛らしい姿をしている。だがその見た目とは裏腹にインプリタカーバンクルの戦闘能力は階層主を除き、20階層までに出現するどのモンスターよりも高い。上位探索者曰く、強さだけを言うなら25階層とかにいてもおかしくは無いと言う。ただしエンカウントする確率が極端に低く、見つけたらある意味ラッキーだそうだ。額の宝石の影響か魔石の純度は高く、他のモンスターの2〜3倍の値段で売れる。それに、倒した際に獲得出来る経験値も他のモンスターと比べてかなり高く、インプリタカーバンクルは強いけど美味いハイリスクハイリターンなモンスターと言われている。


ポイズンスネークは真っ黒な皮に赤い目をした蛇型のモンスターであり、その名の通り強力な毒を体内に保有している。

毒の性質は麻痺毒であり、その毒で相手の動きを阻害し、巨大な顎でパクリとするらしい。生きたまま喰われると言う死に方は探索者の中で最も嫌な死に方と言われており、ポイズンスネークの出現する階層に行く探索者は他の何よりもポイズンスネークへの対策を取る。


10階層の階層主ゴブリンナイトは、片手剣と盾を持ち、防具として兜と鎧を纏ったゴブリンである。大きさはゴブリンより一回り大きく、武具を扱える程度の知能を持つ。

ゴブリンナイトは10階層から11階層へと繋がる階段の前の開けた空間に陣取り、探索者を待ち構える。戦闘能力としては15階層に出現するモンスターに匹敵する新人探索者の最初の関門だ。


20階層の階層主ブラウンオーガ。オーガと言う中層辺りから出現する巨鬼の下位種族で、2メートルを越す体躯に褐色の肌を持った鬼のような姿をしている。知能はゴブリンナイトよりも低く、片手に棍棒を装備してはいるが適当に振り回すだけでまったく扱え無い。だが肉体の頑丈さと膂力の強さでは20階層までに出現する他のモンスター達の追随を許さ無いほど高く、肉体性能だけなら30層以降に出現するモンスターに匹敵する。探索者はこれを討伐するために武器を数本用意する事もあるとの事。



「ふむ、よく分かった。では我もそろそろ迷宮へ向かう。丁寧な説明感謝する」


「はい、ドラグさんなら問題無いでしょうが、20階層は1〜5階層とは別次元の難度です。階層によっては迷宮内部の様相がガラリと変わる場所もありますのでくれぐれもお気をつけ下さいね」


シアンの言葉にうむと頷き、踵を返した時、ドラグスの視界にチラリと何かが書かれた羊皮紙が入った。

隣のカウンターに今しがた探索者が持ち帰った情報らしきその紙には真っ黒な背景に三日月と三日月をバックにおどける道化のような絵が書かれており、その下に何やら備考のような文が書かれている。

それを見たドラグスは一瞬記憶に引っかかる何かを感じ、次の瞬間には焦ったようにして懐から昨夜捉えた男性が身に付けていた仮面を取り出した。


「っ!?」


仮面の裏側には真っ黒な背景に三日月と三日月をバックにおどける道化のような顔が描かれている。


(まさか……)


嫌な予感が頭に過る。それを自覚した途端、ドラグスは隣のカウンターまで駆け寄り、バンッ!とカウンターを叩き壊しながら驚きに目を丸くしている探索者を無視して受付嬢に詰め寄る。


「おい、この人を小馬鹿にしたような絵はなんだ!」


「え、あ、はい!これは『月影の道化師』と言う組織の紋章です!」


「その月影の道化師と言うのはなんだ!」


「最近頻発している中堅探索者行方不明事件に関わっていると思われる犯罪組織です!」


ドラグスの剣幕に圧倒された後、ドラグスの容姿に頬を紅潮させながらもドラグスの質問にはきちんと答える受付嬢。唐突の奇行にギルド中の視線がドラグスに集まるが、それらの全てを無視してドラグスは盛大な舌打ちをする。


「チッ、そう言う事であったか……」


ドラグスは小声で呟き、シアンの元へと戻る。


「どうしたんですか?あんな大声を出すなんてドラグさんらしく……」


「シアン、これを見ろ。先程引き渡した男が身に付けていた物だ」


訝しそうにするシアンの言葉を遮り、ドラグスは先程懐から取り出した仮面を紋章が刻まれている裏側を上にしてカウンターの上に置く。


「これは……!」


それを見たシアンも動揺し、いつもの無表情が崩れ驚きに顔を染め上げる。


「あの男はストーカーなんてチンケなものでは無かった。彼奴は、この月影の道化師の構成員だったのだ」


ドラグスの推理にギルド中がざわつく。

森人の魂(エルフソウル)はランクこそCであるものの、三人のその見目麗しい容姿や人嫌いをしない性格からかなり知名度があった。そんな森人の魂のストーカーが現在起こっている中堅探索者行方不明事件に関わっているとされる月影の道化師の構成員だったと言う事は、次は森人の魂が狙われていると言う事だ。


「行ってくる……」


ざわつくギルドの中、ドラグスは厳かに言ってギルドの外へと歩いて行く。


「ドラグさん!」


そんなドラグスをシアンは思わず呼び止めた。

中堅探索者を攫う事が可能と言う事は少なくとも構成員は皆中堅探索者並みの戦闘能力を持っていると言う事である。中堅探索者と呼ばれるのはD〜Bランク探索者。普通に考えてまだEランクのドラグスが敵う相手では無い。だがそれを伝えようにも言葉が出ない。シアンは困ったように口をパクパクさせる。


「大丈夫だ。我は強いからな」


そんなシアンの葛藤を知ってか知らずか、ドラグスは優し気に微笑み、ギルドの外へ出て行った。


「くっ!」


シアンはドラグスの姿が見えなくなると、悔しさで思わずカウンターを叩く。ドラグスのようにカウンターを壊す程の膂力を持たないシアンの手には衝撃が走り、僅かに痺れる。だがそんな事はどうでもいい。森人の魂の三人はシアンに取っては大切な友人だ。その友人が危険な目に遭っているのに何も出来ない自分への苛立ちが手の痺れを忘れさせる。幾ら優秀であろうがシアンは所詮、一受付嬢なのだ。


(龍神様、どうかドラグさんとヴィーチェルさんとソイルさんとアイラさんをお守り下さい)


そんな自分に出来る事はこうしてただ祈る事とあと一つだけ。

シアンは暫く祈るような仕草をした後、意を決してギルドの奥へと引っ込んで行った。


(私が出来る事は祈る事。そして事件の証拠をギルド長に提出しなんとか動いて貰えるようにする事です!)


今回の件で月影の道化師の犯罪の証拠を入手した。今の今まで証拠が無かったため動けなかったギルドだが、証拠(これ)さえあればギルドが動いてくれるかもしれない。

シアンは片手にドラグスが残した仮面を持ち、目の前にある大きな扉をコンコンとノックする。そして中からの返事を聞くや否や、ガチャリと扉を開け巨大なギルドの中でも特に立派な作りになっているギルド長室に足を踏み入れた。


***


(チッ、我がもう少し早くこの人界に降りていればあの仮面を見て直ぐ、その場で今回の件を特定出来たものの……)


迷宮へと続く大通りを駆け足で進むドラグスは自身の甘さを心の中で叱咤していた。もう少し、本当にもう少しあれば月影の道化師の噂くらいは聞いていたかもしれない。そう考えれば考える程自らの詰めの甘さに反吐が出る。


(我はもう友が、大切な者が死に行くのを見たく無い)


思い出されるのは数千年前の出来事。かつてドラグスにとって何よりも大切でかけがえのない者であった仲間が死んだ。ドラグスが自らの手で殺したのだ。

未踏破領域の魔素に触れ暴走した仲間をドラグスは涙を流しながら殺した。そうしなければもっと沢山の大切な者が死んでいたとは言え、そう簡単に割り切れるものでは無い。

ドラグスは何日も泣いた。シグマやカムイ達もドラグスと共に泣いた。ミドガルズオルムの住人も泣いた。その時、龍界ミドガルズオルムはミドガルズオルムに住む全ての者の涙で溢れかえったのだ。あんな悲劇はもう二度と繰り返してはならない。


森人の魂(エルフソウル)とは出会ったからまだ一日、だがその一日でドラグスは森人の魂の三人に好意を十分に抱いていた。この好意はかつての友や今いる友に及ぶものでは決して無いが、それでも森人の魂の三人は既にドラグスの中ではそれなりに大切な者となっている。少なくとも危険が迫っていると知っていて見捨てる事が出来無い程度には。


「待っていろ……」


ドラグスは蒼のロングコートを翻し、大きく跳躍をして家々の上を駆け抜けて行く。

背中に象られている黄金の龍の紋章が太陽に照らされ輝いた。それは走るドラグスに呼応するかのように輝きの強さをを増し、一種の神聖さを醸し出す。


(シアンとの話で1時間半は経った。あの者達が真っ直ぐ迷宮を目指したとして20分。そして迷わずにかつ、真っ直ぐと階層を降っていたとして……大体まだ10階層に辿り着いていない辺りか!)


ドラグスは屋根の上から人が見ていないのを確認し、神威魔法『空間転移』を発動させて一気に迷宮前へと移動する。

昨日と同じく獲物を待ち構えるが魔物の如く広がる入り口の前。ドラグスはあれ程の速度で走っていたのにも関わらず、呼吸一つ乱していない。


(1、2、3……三人……いや、もう一人迷宮の入り口付近に隠れているな……)


ドラグスは迷宮の入り口の前で不審な輩の気配を捉えた。三人は探索者に混じる様にして周囲に散らばり、一人は迷宮内部の入り口近くに全力で気配を消して隠れている。


「奴等が月影の道化師か……あんなあからさまに不審な態度を取っておるとは、見つけ易くて助かるな」


ドラグスは獰猛に笑い、次の瞬間には地面を強く蹴り、探索者に混じっていた三人を次々と無力化して行った。


「かっ、はっ……」


唐突に頭部に落とされる衝撃に一人はあっけなく意識を失い、一人は腹部に喰らった拳で内容物を吐き出しながら意識を失い、ギリギリで異常に気付いた一人は声を上げようとしたところで喉を潰され、その瞬間に落とされた拳を脳天に喰らい、クラクラとした後、他の仲間同様に意識を失う。この間、僅か3秒。


「貴様で最後だ」


最後に残った迷宮内にいた一人も音も無く背後に現れたドラグスの怪力で頭部を鷲掴みにされ、間も無く泡を吐いて気絶する。




「チッ、10階層から下は我を以ってしても強制転移が行えぬか。まさか迷宮の魔力の濃度がここまで濃いとは思わなんだ」


ドラグスは気絶させた四人を空間系魔法で作り上げた仮世界に放り込み、昨日の狩りと同じように強制転移で無理矢理にでも森人の魂(エルフソウル)を引っ張ろうとするが、迷宮内の魔力濃度は予想以上に高く、ドラグスの力を以ってしても10階層より下の階層を完璧に感知する事が出来無い。

感知出来た10階層までに森人の魂の姿は無い。恐らく僅かな時間差で彼女達は11階層へと足を踏み入れてしまったのだろう。


「仕方無い、走るか……」


ドラグスはぼそりと呟き、次の瞬間には音を置き去りにして走り出した。

迷宮の内部はとにかく広い。その為、迷宮内で人と会うと言う事は階層主のいる部屋を除き非常に稀である。つまり人目に付けられ無いような事をするには迷宮内部はうってつけなのだ。そう考えると森人の魂が襲われるのは迷宮内と言う可能性が非常に高くなる。


(ヴィーチェル、ソイル、アイラ、無事でいるのだぞ)


ドラグスはあのエルフ族の三人組の安全を願いながら薄暗い迷宮を駆け抜ける。



次の話の最初は森人の魂視点

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ