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龍王様の迷宮探索記  作者: 夜桜
現世に降り立つ龍王
6/15

初の迷宮探索と森人の魂

「ほう、ここが迷宮か」


時刻は昼をとうに過ぎ、太陽が僅かに傾き出す頃。大迷宮都市ラビリンスの迷宮入り口にドラグスは立っていた。

神力で形取った蒼を基調としたロングコートに身を包み、腕にはギルドで渡された鈍い銀色に輝く魔道器を装着し、まるで獲物を待つ魔物のごとき風体を放つ迷宮をニヤリと眺め見る。

周囲には迷宮探索から少し早目に戻って来た探索者達がそんな彼を訝し気に見やり通り過ぎて行く。そんな中、彼の顔を見た者は皆一様に足を止めて見惚れる。女性探索者の中には卒倒する者まで現れる始末だ。


「クククッ、では早速入ろうか」


そんな周囲の様子など全く歯牙にかけずドラグスは迷宮の入り口に足を踏み出す。


***


カツーン、カツーンと靴の音だけを響かせて入り口を下ったドラグスは田舎者のように周囲をキョロキョロと見回しながら薄暗い道を進んで行く。時刻が時刻なのか、探索者の姿はあまりなく、ドラグスの黄金の双眸だけが薄暗い迷宮の内部にて爛々と輝きを放っていた。

迷宮の内部には魔力を含む事で発光する「光苔」や同じく魔力を含む事で緑っぽい燐光を放つ「燐光石」が所々存在しており、一般の探索者達の迷宮攻略の手助けをしている。最も、ドラグスは例え光源が全く無い場所でも目に魔力や神力を集中させる事で視界の確保を可能なのでそれは余り大した意味を成さない。ついでにこの程度の光量があれば魔力や神力を目に集中させなくても数百メートル先程度までは見通せる。


「ギギッ!」


迷宮を進む事、数十分。唐突に迷宮の壁の影から醜悪な見た目をした人間の子供程度の大きさの生物が現れた。


「む、ゴブリンか」


ドラグスはその正体を知っていた。遥か昔からこの世界に存在していたゴブリン。彼等の繁殖能力は種族として繁殖能力が高い筈の人間を以ってしても舌を巻く程高く、幾ら倒しても直ぐにまた増える。あまりにも大量に繁殖し過ぎて『1匹見つけたら近くに30匹はいる思え』と言う何処かの某黒光りするGのような言葉を人界に広めたと言う実績がある。

通常、ゴブリンは3〜4匹で共に行動するのだが、この迷宮の特性上か現れたのは一匹だけであった。

ドラグスは現れたゴブリンを軽く蹴飛ばし、瞬時にその命を奪い去る。ドラグスに瞬殺されたゴブリンは瞬く間にその姿を灰に変え、小指サイズ程度の小さな魔石がコロンと音を立てて落ちた。


「ふむ、どうやら身体能力は多少強化されている感じはするものの、ゴブリンの強さは昔とあまり変わらんな」


ドラグスは残った魔石を回収しながら徐に呟いた。


迷宮に存在する魔物はこのように魔石と呼ばれる道具を落とす。魔石の大きさや質は所有するモンスターによって千差万別だ。

迷宮に存在するモンスターは迷宮が生み出しているとされる。魔石は迷宮がモンスターを生み出す際にそのモンスターの核となる心臓として迷宮が作り出すと言う説が有力だ。事実未踏破領域や地上に存在するモンスターは魔石を持たない。倒しても灰変わる事は無く死体もそのまま残る。それが地上のモンスター達だった。

モンスターの素材で最も高く売れる部位が魔石だ。だが世界に存在するモンスターは魔石を持たない。魔石での一攫千金を夢見る人々ここ、大迷宮都市を訪れ、探索者となる。これが大迷宮都市が大迷宮都市でいられる所以でもあるのだ。


***


迷宮を進む事およそ3時間。ドラグスは1階層最奥部に辿り着いていた。ここまで倒したモンスターはゴブリンが12体、コボルトが8体の計20体。モンスター達は全て出現すると同時にドラグスの蹴りや拳を喰らい、時には四肢をバラバラにさせながら灰へと姿を変えて行った。


「うむ、この体にも大体慣れて来たのう……ではそろそろこの魔道器とやらを試してみるか」


ドラグスは魔道器を眺めるように眼前に持っていきながら呟いた。そしてニヤリと笑い、地面に片膝と片腕をつき、そこから下を透視するかのように目を瞑った。


(確か我が行くことを許可されているのは5階層までであったな。では5階層までのモンスターを全てこの階層に引っ張ってくるかの)


ドラグスはカッ!と目を見開いた。次の瞬間。


『ギャギャギャギャッ!!」


唐突に数多のモンスターがドラグスを囲うようにして現れた。


「成功、だ」


『強制転移』

対象となる存在を設定し、神力も以って強制的に対象を転移させる。神々の中でもここまで大規模な強制転移は龍王であるドラグスのみが出来る力技だ。


そう、ランク上げる為にわざわざモンスターを探し出す必要は無い。特に魔道器は攻撃範囲と威力が売りの武器だ。それなのに一々モンスターを探し出して相手して行くのは時間がかかりすぎる。勿論ランクが高くなればこのようなやり方では逆に時間がかかる可能性が高くなるが、最初の方はこのやり方で十分だ。

ドラグスはニヤリと笑い、自信を囲う何十体ものモンスターを見やり、魔道器に神力(・・)を流し込んだ。


(あ、間違えてしもうた)


普段魔力をあまり使う事が無いため、魔道器に流し込む魔力を神力と間違えてしまったドラグス。彼は頭は良いのだが偶にこう言う間抜けなミスをする。龍界でのシグマの苦労が目に浮かぶようだ。だが今回は幸いにも魔道器はきちんと発動した。ただし色も音も無く、だ。


ドラグスの耳に人の声のようなもの聞こえたと思った次の瞬間、モンスター達は一斉にドラグスへと踊りかかった。


(まぁ良いか。きちんと発動したことだしな)


構わずドラグスは魔道器に流し込んだ神力を解放する。神のみが扱える神力を解放させた魔道器は音も無く膨大な力の奔流を放ちこの階層全てを覆った。そしてドラグスがモンスターと認識している全ての生物の命を静かに、だが確実に奪い去る。

訪れる静寂の中、ドラグスは自信の能力が大幅に上がった事を自覚した。ランクアップ。ただでさえ馬鹿げた強さを持つドラグスがランクアップによって更に強化される。


「ククッ、やっぱり下界は面白い」


ドラグスはそんな自信の様子に獰猛そうに笑い、パチンと指を鳴らし、死に去ったモンスター達が残していった魔石を回収する。そこで漸く先程の人の声の事を思い出した。

気配のする方を向くと、三人の森人(エルフ)の女性達が呆然とこちらを見ていた。


「む?誰だ貴様等?」


呆然とする女性達にドラグスは何のことも無いように尋ねる。


「え、あ、あれ?あ、私達《森人の魂(エルフソウル)》って言うパーティです、はい」


尋ねられた女性達のうち、真ん中にいた片手剣を装備した女性が一人、はっ!としながら答えた。ドラグスは女性達のそんな様子に頭上に”?”を作りながら首を傾げる。


***


「ふむ、つまり主達はこのラビリンスでそこそこの実力を持つ探索者と言うことか」


「まぁ、はい……自分で言うのもなんですが。ドラグさんはどうやってあれを?」


「うんうん!ボク達でもドラグさんみたいな事は出来無いよー」


「ドラグさん!あの攻撃は魔法なのですか!?」


あの後漸く正気に戻った三人とドラグスはお互い自己紹介を交わし、迷宮内で円を作るような形で座り込んでいた。森人の魂(エルフソウル)曰く、あんな広範囲にあんな威力の攻撃を放ったドラグスと少し話しをしてみたいとの事だ。


160cm程度の身長で、薄緑色の髪を腰辺りまで伸ばし、シンプルな形状をした片手剣と盾を装備した前衛だろう少女ヴィーチェル。

150cm程の身長で、クリーム色をした短めの髪に弓を装備した幼い容姿に活発そうな雰囲気を放つボーイッシュな少女ソイル。

三人の中では最も高身長で170cmの少女は肩まで掛かる水色の髪を頭の後ろで一本に纏めた魔道士で、魔法の発動媒体だろうレイピアを装備した知的な雰囲気を放つアイラ。

彼女等は皆一様に目を輝せ、ドラグスに詰め寄る。エルフである事から彼女達もシアン同様に見目麗しい容姿をしているので、傍から見たらドラグスが美少女三人に詰め寄られていると言う非常に羨まけしからん状態だ。


「そうは言われてのう……あれは我のオリジナル攻撃のようなものであるから主らが期待するような答えは教えれぬぞ」


なんせドラグスのあれは魔道器に魔力と神力を間違えて流した結果だ。後になって気付いたようだがあの時の一撃はひたすら広範囲に広がり、最終的には1階層のみならず5階層全体まで広がったらしい。この時ドラグスが強制的に1階層まで引っ張って来たモンスター以外のモンスター達が2、3、4、5階層のあちこちで魔石へと姿を変えていた。勿論気付いた後できちんと回収はさせて貰った。

ドラグスはなお詰め寄って来るヴィーチェル達に溜め息混じりに答えた。


「でも、あんな攻撃を出来ると言う事はドラグさんは上位探索者の方ですよね?」


ヴィーチェルは言動こそ冷静であるものの、実際には興奮しているのかググッと身を寄せて来た。それに追随するようにソイルとアイラも近付いて来る。その際、三人の中で最も大きなサイズのヴィーチェルの胸がむぎゅっと強調されるがドラグスは完全にスルー、と言うか見てすらいない。


「残念ながら我は今日探索者登録をしたばかりの新人だ。ランクで言うなら主らの足元にも及ばん」


ドラグスは詰め寄って来る美少女達等歯牙にもかけず冷静に言ってのける。

そのことを聞いた森人の魂(エルフソウル)は皆、えっ!?と言う表情になる。

あんな馬鹿げた攻撃を放つ目の前の人物が自身よりランクの低い新人なのか、と少し理不尽に思いながら口を開く。


「と、と言う事はドラグさんはまだランクGと言う事ですか?」


ヴィーチェルは恐る恐る言う。聞きたく無い。でも聞きたい。そんな矛盾する感情を抱きながら目の前少年に問いかけた。


「うむ、っていや、さっき戦闘でランクが上がったからF……じゃない、Eだな」


ランクアップのランクはG〜SSSの10段階と定められている。ランクによって潜る事を許可される階層はGが5階層まで、Fが10階層まで、Eが20階層まで、Dが50階層まで、Cが75層まで、Bが100階層まで、Aが200階層まで、Sが300階層まで、そしてSS以降から迷宮の全ての階層に潜る事が許される。ランクCの森人の魂(エルフソウル)達は本日は迷宮攻略では無く、ギルドに出されていた依頼(クエスト)を達成し、帰路に着いていた。その時にモンスターの鳴き声を聞き付けてここまでやって来て、そしてドラグスと出会ったと言う。


「は?ランクアップ?」


「うむ、ランクアップ」


「一日で?」


「一日と言うか一回で」


「2つのランクアップ?」


「2つのランクアップ」


森人の魂達は間抜けそうな顔をして実際間抜けな会話をドラグスとした。確かに大体G〜E辺りまでは比較的簡単に上がるとは言え、それをするには少なくとも数百単位のモンスターの討伐が必要な筈。それを一回の迷宮進撃(ダンジョンアタック)で達成すると言うのは異例を通り越して異常だ。しかしドラグスはこの時、きちんとランクアップしていた。討伐数は驚異の1000。この数は1階層から5階層までに生息していた全てのモンスターの総数である。


「ドラグさん、本当に何者なんですか?」


「ククッ、我は我だ。なんと聞かれてもそうとしか答えられぬわ」


「いやいや、ドラグさん、自分のやった事考えてみ?相当異常だからね?」


「ドラグさん、私を弟子にして下さい!」


ヴィーチェルがとぼけた顔でそう聞き、ドラグスがドヤ顔で答え、ソイルがいやいや!?と手を振りながらツッコミみ入れ、何故かアイラは弟子入りを懇願して来る。なんともカオスな光景だ。

人を喰らう恐ろしい魔物が跋扈するこの薄暗い迷宮内で、ここだけは何故か不思議とのほほんとした空気が流れていた。


***


太陽が完全に沈み、夜の帳が落ちたラビリンス。大通りに面している建物からは客を呼び込む声が上がり、路地に入った所では少し怪し気な店が軒を連ねる。

ある人間は数人の仲間と共に酒場へ向かい、ある獣人は(ワービスト)は自身の力を自慢したいのか自分に勝てたら賞金と言う形で腕相撲大会を開き、ある鉱山人(ドワーフ)は酒を大量に用意して飲み比べだと言い、各々が各々の好きな事を行い過ごす夜のラビリンス。そんな喧騒の中、ドラグスと森人の(エルフソウル)は歩いていた。


「え?じゃあドラグさんはまだ宿を決めてないんですか?」


「うむ。まぁなんだ、恥ずかしながら登録した事に浮き足立っておってな……つい登録と同時に迷宮へ向かってしまったのだ」


「あははは、ボクもその気持ち分かるなー。ボク達も最初そうだったし!」


「お師匠様!それならば私達が借りている宿などいかがでしょうか?」


あの後ドラグスは今日はもう遅いから一旦地上に戻ろうと言う森人の魂(エルフソウル)達と共に地上に戻って来た。何故か左手にソイル、右手にアイラを引っ付けて……。


「うーむ……確かに宿を取らんで迷宮に潜ったのは早計であったな。宿に当てがあるわけでも無いし、主等が良いのなら主等の借りている宿屋を紹介して貰おうかの」


ドラグスは左右に引っ付くエルフ達に対し、えらい懐かれたものだ……と内心苦笑しながら言う。周囲の男達は美少女エルフを三人も侍らせているドラグスに嫉妬の視線を送り、女性達はゴミを見るような視線を送るが、その視線もドラグスの容姿を見るやいなや、男はガーンっと言う表情になり、女性には卒倒する者が続出する。


「是非いらしてください!ではお師匠様、早速向かいましょう!」


アイラがドラグスの手を引っ張り、ドラグスがこらこらと言って宥める。何故かドラグスの事をお師匠様と呼ぶアイラはガシッとドラグスに腕を絡めながら自身達が借りている宿屋に向かい歩みを進めようとする。


「こらこらアイラよ、先ずはギルドへ行って魔石の換金をしてからだぞ?」


そんなアイラを諭すように頭をぽんぽんと叩く。唯一ドラグスに引っ付いていないヴィーチェルはそんな仲間の様子に苦笑しつつも何処か羨まし気にしていた。


「そうだよ。私達も依頼の達成報告をしないといけないんだから取り敢えずギルドに向かおうよ」


ヴィーチェルはそう言ってギルドの方へと歩いて行き、ドラグスとドラグスに引っ付いている二人もその後に続く。


***


「なんですかこの状況は……」


ギルドに着いたドラグス達は真っ先にシアンのいるカウンターに向かった。

自分に向かって来る気配に気付いのか、シアンはそれまで対応していた男の探索者の要件をささっと終わらしドラグスの方を振り向いた。そして現在の彼の様子を目に入れた第一声がこれであった。

現在のドラグスは両手にソイルとアイラを引っ付けている。シアンの言葉はごもっともだろう。

ドラグスが説明をしようと口を開きかけた時、ひょこっとドラグスの影から現れたヴィーチェルにシアンは驚きの声をあげる。


「おや?ヴィーチェルさんではありませんか。それによく見るとドラグさんにくっ付いているのはソイルさんにアイラさん。森人の魂(エルフソウル)の皆さん、お揃いですね」


「む?そう言えば主等は同じエルフであったな。知り合いであったのか?」


「はい、私達同じエルフで歳も近いって言う事でシアンさんと親しくなったんですよ。今でも仕事の斡旋とか報酬の受け取りとかはシアンさんに担当して貰っているんです」


ヴィーチェルは笑いながらそう言う。


「ほう、そう言えば主等は歳幾つだ?エルフの場合、見た目では分からんからのう」


ドラグスは思い出したように言った。女性に歳を聞いて良いのかと思うが、まぁドラグスならば仕方ない。ドラグス曰く、何故人族の(おなご)は歳を聞かれるのを嫌うんだ?との事。何万年もの時を生きる龍族であるが故の価値観の違いだった。


「女性に歳を聞くのは失礼ですよ。まぁ私達は別に聞かれて困る年齢じゃないですが」


シアンはそんなドラグスに溜め息混じりにそう告げた。しかしドラグスの何故聞いてはいけないのだ?と首を傾げる仕草に言っても無駄かと再び溜め息を吐く。


「私は16ですね」


「ボクは15〜♪」


「私は17になります」


「皆さん普通に答えるんですね……かく言う私も18なので恥ずかしがる事は無いですが」


何でも無いかのように答える森人の魂達にシアンも溜め息を吐きながら答えた。どうでもいいけど、そんな溜め息吐くと幸せが逃げてしまう。


「なんだ、主等そんな若かったのか。シアン以外まだ成長の余地がある年齢ではないか。シアンもシアンで成長が終わったばかりとは、主等エルフでも相当若い方なのだな」


ドラグスは驚いたように言う。何万年も生きているドラグスからしたらシアン達などまだまだ赤子程度に過ぎない。しかしシアン達はこんなにもしっかりとしているのだ。ドラグスは寿命と言う概念がある人族の成長の早さを改めて実感した。


「まぁエルフは長生きする人だと1万歳とかまで行きるからねー。そう言うドラグさんは何歳なの?」


ソイルがドラグスの腕に引っ付いたまま言う。どうでもいいがそろそろ腕が痺れて来たとドラグス。アイラもずっと引っ付いているので両腕の感覚が既に曖昧だ。


「我はもうずっと昔に歳を数えるのを辞めた。最早自分の年齢は自分でも分からん」


えっ?となるシアン達。だがそれも仕方ない。ドラグスの見た目は完全に人間のそれ。森人(エルフ)獣人(ワービースト)などにはとても見えない。だがドラグスの雰囲気には確かに熟年の貫禄がある。


「……どうやらドラグさんは訳ありのようですね。皆さん、これ以上聞くのは止めましょう。探索者としてのマナーですよ」


ドラグスの雰囲気に何かを感じたのか、シアンがそう言って話を締める。ドラグスもこれ幸いにすまぬなと言ってそれに乗る。森人の魂の面々もそうですねと言って引き下がる。ただしソイルとアイラはドラグスに引っ付いたままだ。


(危ない危ない、我とした事が自分で墓穴を掘るところであったわ)


ドラグスは内心、ほっと息を吐いた。人界に降りて一日でこんなミスをするとはこの先が心配だ。果たしてドラグスはシグマ達が降りてくるまでの一カ月、正体を隠し続けられるのだろうか。


「取り敢えず我は宿を決めて無いのでな、早速で悪いが魔石の換金を願いたい」


「分かりました。ではドラグさんは此方に来て下さい。森人の魂さんは依頼を受けてましたよね?依頼の達成報告をするならば隣の受付にお願いします」


「はい」


「はーい」


「分かりました」


そこで漸くソイルとアイラがドラグスから手を離した。ドラグスはふぅ……と息を吐き、ぐるぐると回して腕の調子を確かめる。


「お疲れ様ですドラグさん。正直何故あのような状況になっていたが小一時間ほど問い詰めたいところですが、流石に仕事に私情を持ち込むわけには行かないのでここで何かを言うような事はしません。ですがくれぐれも気を付けて下さい。彼女達は見た目の良さもさることながら実力もあるので探索者の方々に人気が高いんです」


人族の嫉妬は怖いですからね、と無表情で続けるシアン。


「ククッ、襲って来るなら返り討ちにするまでよ。それに人気が高いのは主もであろう?我は耳が良いのでな、主が男に言い寄られているのをばっちりと聞き取っていたぞ」


ドラグスはそんなシアンにニヤニヤと笑いながら言う。

実は先程ドラグス達がこのギルドに入って来た時にシアンの元にいた探索者は以前からシアンに言い寄っては断られると言う事を続けており、さっきも懲りずにシアンを晩御飯に誘っていた。ドラグスはそれをばっちりと聞き取っていたのだ。

シアンは無表情な顔を少しバツが悪そうに顔を歪め、無言でドラグスを換金テーブルに案内した。エルフの特徴である長く尖った耳がほんのり赤く染まっているのはご愛嬌と言う事にしておこう。


「では査定に移ります。ドラグさん、本日取って来た魔石を見せて下さい」


換金テーブルに着いたシアンは照れを紛らわすようにしてドラグスに魔石の提示を求めた。

換金テーブルは人一人が丁度使える程度の大きさであり、テーブルを挟んだ向こう側にギルド員が立ち、探索者の取ってきた魔石を受け取る。ギルド員と探索者の間にあるのは人の手が丁度二つ程通る程度の穴であり、そこ以外は全て魔力を織り交ぜて作られた透明なガラスが張ってある。これは探索者の中には手癖の悪い者もいて、査定額以上のお金を持っていこうとする場合がある。そんな探索者対策に作られたのがこの魔力を混ぜて作りあげたガラスなのだ。これにはランクC程度までの探索者の攻撃を弾く強度がある。流石にランクBとかのベテランになるとそうもいかないが、そう言う者はギルドで換金額をちょろまかさなくとも普通に余裕のある生活が出来るだけの金銭を稼ぐ実力を持つので、わざわざ対策する必要が無いのだ。つまりこれはもっぱら手癖の悪い新人探索者対策の物である。


「うむ、と言っても取りすぎて支給されたバックではしまい切れなかったので、特別な運び方をして来た」


そう言ってドラグスは指をパチンと鳴らす。すると空中に小さな亀裂が入り、次の瞬間には大量の魔石がそこから落ちて来た。


「!?」


シアンが驚く中、ドラグスは落ちて来た魔石を空中でピタリと止め、換金テーブルの上に乗せられるだけ乗せて、残りを空中に残したままにする。


「今日は千個程取って来た。一先ずこれを全て換金してくれ」


「空間系魔法に重力操作系魔法……ドラグさん、貴方は一体……いえ、なんでもありません。数が多いので査定に時間がかかります。少しお待ってて下さいね」


シアンは言い掛けた言葉を途中で止め、直ぐに魔石の査定へと入った。

ドラグスはそんな彼女の気遣いに少々の罪悪感を感じつつと静かに査定が終わるのを待った。


(まいったわい……今の人界の常識がまったく分からん。空間魔法と重力魔法は使ってはまずかったかのう……)


自身の能力がどの程度まで常識の範疇に収まっているのかを知らないドラグスに何か対策を取る事は出来ず、結局はその場その場で凌げばいいかと言う結論へ至った。勿論他の案としてはなるべく能力を使わないと言う手もあるが、それは自身のやる事が増えて色々と面倒くさいと考え切り捨てた。理知的とは言えやはりドラグスも王なのだ、面倒くさい事は極力やりたくないらしい。


「査定終了しました。魔石千個、合計で57000リルになります」


57000リル。日本円で57万円の稼ぎとなった本日のドラグスの迷宮探索。一般の新人が一日で稼ぐ額はかなり良くて2000リルだと言う事を考えると。その30倍近い額を稼いだドラグスは異常過ぎる。だがそんな事など知らないドラグスは何でもない様に代金を受け取る。


「ドラグさん、これだけ稼いだと言う事は恐らくランクアップもしましたよね?現在のランクを確認するので、ランクカードの提示をお願いします」


「む?そう言えばしたな。……ほれ、これだ」


ドラグスが念じると、胸の辺りからランクカードが現れた。

ランクカードは使用すると所有者と一体になるのだが、ランクアップした事を証明するためにこの様にして一時的に自身から剥離する事が出来る。

シアンはドラグスから渡されたカードを確認し、一つ頷いてからドラグスに返却した。


「はい、確認しました。ドラグさんのランクは現在Eなので、迷宮は20階層まで降りる事が出来ます。頑張って下さい」


「うむ、分かった。では今日はもう帰る。ヴィーチェル達に宿を紹介して貰う手筈になっておるからな」


「分かりました。お疲れ様でした」


シアンの言葉にうむ、と一つ頷き、そのままギルドのホールの方へと歩いて行く。シアンはそんなドラグスの姿を見送り、姿が完全に見えなくなった後椅子にどさっと座り込んだ。


「はぁ……」


シアンは額にかいた冷や汗を拭い、今見た事を思い出す。


(なんで一日……いや、半日であんなに稼げるのでしょうか……それに一気に2つのランクアップ……ドラグさん、貴方本当に何者なんですか)


ドラグスの得体の知れなさに少し背筋が寒くなる。だが同時に温まるものもある。それは心だ。


(でも貴方ならもしかしたらこの迷宮を完全に攻略してしまうかもしれませんね)


シアンは立ち上がりギルドの受付へと足を向ける。まだ仕事は終わっていないのだ。

月明かりが差し込む中、シアンは気持ちを切り替えて残りの作業に勤しむ。


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