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龍王様の迷宮探索記  作者: 夜桜
現世に降り立つ龍王
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プロローグ2

時は丸一日前……


「むぅ……暇だ……」


龍王ドラグス・V(ヴァースキル)・マグナートは住処である次元の狭間「龍界」に存在する唯一の国、「ミドガルズオルム」にある巨大な城の玉座に寝転ぶように座していた。


「龍王様、お言葉ですがそれは世界が平和である証拠ですぞ。良い事ではありませぬか」


自らの王の呟きに王の世話係であるシグマは紅茶を淹れながら苦笑して答える。

辺りに広がる芳醇な香りは、甘い柑橘系のようであり、ハーブのようなさわやかな香りでもある。銘柄を「天使の涙」。天使族の国で作られたそれは人界では既に伝説と言われる程の代物であり、龍王ドラグス・V・マグナートの大好物の紅茶でもある。



「それは良い事なんだが……いかんせんもう数千年以上こんな平和が続いておるのだ。我としてはその時間は退屈そのもの。……いっその事人界に降りてみるかの。確か大迷宮都市とか言う面白い物も出来たそうではないか」


「それは分からなくありませぬが……この世界ディセイヴは現在、人族共が繁栄しておりまする。我等龍族は彼奴等の間では既に伝説上の生物。長寿のエルフやハイ・エルフ達の中でも更に長生きしている者達以外では我等の姿を見た事ある者達は最早おりませぬ。そんな世界にいきなり我等が降りるといらぬ混乱を招いてしまいますぞ」


「それは我も理解しておるが……」


ドラグスはシグマの淹れた紅茶に口を付けながら納得のいかない顔をする。

しかしシグマの言う事は事実だ。彼等の姿は蛇のような体型に、鱗と魔力が纏わり付く異形の姿。世間一般で言う竜では無く、それよりも蛇に近い龍なのだ。こんな姿をしている生物は龍以外他に存在しない。そしてこの世界では龍とは世界を調停する神々の中の神。この世界ディセイヴで最も尊い存在なのだ。ドラグスはそんな龍族達の王。つまり正真正銘の神王である。

そんな伝説でしかないような龍族達の王を人界の人々は畏怖と敬意を込めてこう呼ぶ。龍神、と。


「でも退屈なものは退屈なのだ。……そうだシグマよ、主が何か我を楽しませてみよ」


「お戯れを。この老体に龍王様を楽しませる事は不可能であります。何かを求めるならば民に案を募ってみてはどうでしょう?」


「いや、老体ってお主、我より数千は歳下であろうが。主が老体なら我は一体何になるっと言うのだ」


ホッホッホッと笑うシグマにジト目を送るドラグス。だがシグマが言った民に案を求めるって言う案は中々良い。


「カムイ!カムイはおるか!」


ドラグスが名を呼ぶと、数十秒後には目の前の扉は開き、青……否、蒼と表現するのが適切な鱗をした一匹の龍が現れた。大きさのほどは20メートル程だろうか。カムイと呼ばれたその龍はドラグスの前まで来るとその蛇のような体を器用に曲げ、跪くような姿勢を取った。


「お呼びでしょうか、我等が王よ」


カムイは頭を下げながらドラグスとドラグスの隣にいるシグマに静かに問い掛ける。


「うむ、実は我最近ものすごく暇をしておってな。何か楽しめる催しが無いか民に案を募ろうと考えていたのだ。そこで我が近衛部隊の隊長であり、民からの信頼も厚い主にそれらを取り締まって貰いたいと思ったのだが……どうだ?」


「なるほど……確かにそれは名案でございます。取り締まるのは構いませんが……それならば私から一つ案がございます」


カムイはニヤリと笑いそう言った。

カムイがそんな表情をするのは昔から大抵何か面白い事がある時であり、それを知っているドラグスは少し胸を躍らせ頷いた。


「それでは暫しお待ちを、数分以内にその案に必要な物を持つ妹とやって参ります」


そう言って出て行くカムイの後ろ姿にシグマは少し焦りながら、逆にドラグスは楽しそうに見送った。


「カムイがあのような顔をするのは大抵面白い事がある時だ。楽しみだな」


「私は不安で一杯ですわい。あの小僧は昔から龍王様と仲が良く色々と悪戯したりして遊んでいましたが……その後始末を行う私共は常にハラハラさせられっぱなしです」


カムイとドラグスの年齢差は五千。だがドラグスとしては年齢差が幾らあろうと、面白い物は面白いのであり、そこに共に遊ぶ年齢差はあまり関係無い。これはドラグスだけでなく、永遠の寿命を持つ龍族全体の感覚であり、シグマとしてもそれは同じである。その証拠に口ではそう言っていても顔は少し笑っている。


「龍王様、戻りました」


「カンナも来ました」


そうこうしているうちにカムイが戻って来た。横にはカムイと良く似た姿だがその透き通るような声音から女性と判断出来る龍も一緒だ。


「うむ、それでは早速……ってうおっ!?カンナよ、唐突に抱き付いてくるな!」


早速聞かせてもらおうか、と言おうとした瞬間、カムイの隣にいたカンナと言う女性の龍は一瞬にしてドラグスに抱き付いた。その際二匹の巨大な体躯がぶつかり合った事で城全体が揺れる。


「ドラグス様〜最近あまりカンナと遊んでくれないではありませんか〜。カンナ寂しかったですぅ」


カムイはあちゃーと、シグマはまたか……と言う表情でその様子を見ている。彼等の様子からこの光景がいつも通りの事だと分かる。ドラグスは王ではあるものの、普通に民達と一緒に遊ぶような親しみ易い王なので、ミドガルズオルムには不敬罪と言う物は存在しない。そのためこう言う光景が国中で良く見られる。とは言ってもカンナのようにここまで積極的に来る者はいないが。


「むぅ……確かにカンナとはここ数百年遊んでおらんが……って止めい!そんな胸を押し付けるな!」


龍の姿に胸があるのかと言う疑問が生じるが、それはお互い龍同士。彼等にしか分からない何かがあるのだろう。


「カンナ、その程度にしておけ。龍王様、妹が申し訳ありません」


頭を下げるカムイにドラグスは良い良いと頷く。カンナは既にシグマによって引き離されている。


「それでカムイよ、主の言う案とはなんなのだ?」


はっ!と言ってカムイが差し出したのは一冊の大きな本。


「それには変身魔法と言う何時ぞやかに人界にて発見された魔法が書かれている物です。地上を監視する部下が近況報告ついでにと妹へ持って来ました」


そこにはびっしりと魔法言語が描かれており、これを読み切ると魔法を覚えられると言う所謂魔道書(グリモア)である。


「これはそのままでは看破系の魔法で見つかってしまいますが、我等が持つ神力を織り交ぜた神威(しんい)魔法と組み合わせれば完全な人族に変装出来ます」


「と言う事はつまり……」


ドラグスは受け取った本を持ちわなわなと震えていた。


「はい、これを使えば我等が人に扮して人界に降りる事も可能です」


カムイは先程のような笑みを浮かべながらそう告げる。


「カムイよ……お主、なんてものを……」


「ふふっ、そろそろ龍王様が退屈になる頃だと察知していておりましたので」


ドラグスとカムイはお互いにくっくっと笑い合う。シグマははぁ……と言った表情になり、カンナはキラキラとした表情でドラグスを見詰めている。


「シグマ、我はこの魔法を使って地上に降りたいと考えておるのだが、構わぬよな?」


「それを使うならば構いませぬが……せめて何時でも戻って来れるようにと念話は通じるようにはしておいてくだされ」


シグマがこう簡単に許可するのも、この龍界唯一の国「ミドガルズオルム」の治安は人界では考えられない程安定しているのだ。

ミドガルズオルムの民は全てが龍だ。子供も大人も一匹で人界等半壊させられる程の強さを持つ。

では何故そんな彼等が大人しいか。それはひとえに、ミドガルズオルムの兵士の持つ強さが故である。

彼等は皆一様に龍王ドラグス・V・マグナート直々の訓練を受け、一匹で人界を半壊させる力を持つミドガルズオルムの民達を一匹で十匹程度は相手取れる。そんな彼等が治安を維持しているのだ。事件等起こる筈が無い。それに加えどんな上手く悪事を行っても龍王ドラグス・V・マグナートの目を欺く事は絶対に不可能。ドラグスは自分が何処に居ようが龍界で起こった全ての事件を察知する。龍界の全てはドラグスに把握されているのだ。そんな異常な存在達がいる世界から事件が無くなるには百年と掛からなかった。それから数万年。この間に起こった事件の数はなんと0。この結果がシグマが簡単に許可を出した理由となる。仮にこの期に何か事件をおこす者がいたとしてもドラグスが察知することだろう。そうそれは例えドラグスが人界にいたとしても、だ。


「うむ!では決まりだ!では早速魔法を使ってみるとしよう」


実はドラグスはカムイやシグマと話している時には既に超常的速度で魔道書(グリモア)を読み終えていたのだ。


「ふむ、変身魔法の「シェイプ」に神力とついでに我の固有の魔力を込めて発動させるから「ドラグス・シェイプ」と言ったところかの?」


唱えた瞬間、ドラグスの30メートルにも及ぶ体長は金色の輝きを放ち、その輝きの強さにシグマもカムイも、シグマに抑え込まれているカンナも皆一様に目を閉じた。


「おお!これが我の姿か!」


聞こえるドラグスの声に目を開くと、そこにいたのは身長180cm程の体躯をした人間の青年と少年の間くらいの男性であった。

だが恐ろしく整った容姿をした少年の髪はドラグスの鱗と同様な漆黒。そして極め付けに少年の瞳は確かに龍族の証である黄金の輝きを放っていた。少年が身に纏う背中に黄金色をした龍の紋章が入った蒼を基調としたロングコートと、闇を体現したかのような漆黒のズボンは魔力では無く透き通るようでいて荒々しく猛る神力を放っている。こんな神力を持つ神はこの世界には一柱しかいない。


「ドラグス様……ですか?」


代表してシグマが問う。


「む?おお!人から見ると主等はそんなにも巨大なのか!我からしたら主等みんな小かったのにのう!」


その声や喋り方は全て彼等の主たる龍王そのものであった。シグマ達は確信した。目の前の人族の少年は龍王ドラグス・V・マグナートその人である、と。

となると黙っていない者が一匹。


「ドラグス様ー!人の姿でも凛々し過ぎますーーー!」


「のわっ!?馬鹿、体格差を考えろカンナ!!」


シグマの拘束が緩んでいるのを良いことにカンナは人型となったドラグスに飛び掛かる。カンナの体躯はカムイより僅かに小さく、大体18メートルと言ったところだ。龍形態の時は大体自身の半分に満たない程度の大きさでしかないカンナではあるが、今では10倍近くの差がある。間違い無くドラグスが潰れてしまう。

焦ったシグマとカムイは急いで止めにかかるが時既に遅く、カンナはドラグスへと抱きついてしまう。


「ぬおおおお!?ってむ?普通に抑えられるぞ?」


抱きつかれたドラグスは潰される!?と思ったが、無意識に構えた手でしっかりとカンナを抑えていた。


「ああん!ドラグス様のイケズー!」


180cmしかない人族の少年が18メートルもある龍を抑えている。そんなあべこべの状況に誰もが言葉を失った。どうやら身体は縮んでも力は変わらないようである。


「ドラグス様!ご無事ですか!?」


一足先に我に帰ったシグマが焦って問い掛けにドラグスは首を縦に振って肯定する。


「そう言えば部下の報告では「シェイプ」を使っても自身の能力は然程変わらないと言う事が分かっていると言っていたな……となると……ドラグス様、恐らくドラグス様はそのお姿であっても龍王ドラグス・V・マグナートとしての絶大な力をある程度までなら行使する事が可能です。ドラグス様が人界で龍王様としての力を行使すると間違い無く人界は吹き飛びます。そんな事になったら恐らく天使族や精霊族と言った我等と同じような超越種族の王達が文句を言って来るでしょう。勿論ドラグス様が本気で要求をつっぱねれば彼等も何も言え無いでしょうが面倒事になることは必至……くれぐれもお気を付け下さい」


「そんな事は分かっておる。あいつら力弱い癖にやたらハイテンションで面倒だからのう……肝に命じておこう」


カムイの忠告にドラグスはカンナに抱きつかれたまま了解の意を示す。


「それならば本当は行かないで貰いたいのですが……まぁ言っても無駄でしょうから引き止めはしません。ですがドラグス様だけでは心配なので我等も引き継ぎなどの重要事項を行ってからドラグス様を追って人界に降ります。それまでの約一ヶ月間はドラグス様お一人ですので本当にお気を付けください。それとカンナ、早くドラグス様から離れぬか。物凄く奇妙な絵面だわい」


「いやです。だって本当は直ぐにでもドラグス様について行きたいけど、引き継ぎとかやるために暫くドラグス様に会えなくなってしまうんですの?なのでせめてこの瞬間だけはドラグス様といたいのです」


カンナは頑なにドラグスから離れ無い。シグマもこれ以上は無駄と判断し、溜息を吐きながら俯く。


「では我はそろそろ行く!何かあったら念話で呼べば直ぐに戻るので心配はするな!さらばじゃ!」


そう言い残してドラグスの姿は消えた。どうやらもう人界に降りたらしい。カンナが「ああっ!」っと悲痛の声をあげるのを無視してカムイとシグマは直ぐ様引き継ぎ業務に入る。

こうして神々の王、龍王ドラグス・V・マグナートは人界に降臨したのだった。

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