騒動終結
遅くなりましたー
「ドラグさん!」
ギルドへと帰ったドラグスと森人の魂を迎えたのは疲労を無表情の顔にあからさまに出していたシアンであった。シアンの他にはギルドの職員と思われし者が数名と明らかに強者の雰囲気を放っている探索者と思われる5名の人物であった。
「今帰ったぞシアン。ギルドは動いたか?」
「はい、ドラグさんが提出された仮面が決定打となりなんとか。既に当ギルドが保有する特務部隊が捕縛に動いています。現在は彼等の結果を待っているところです……それでヴィーチェルさん達は……」
ヴィーチェル達と言う名を口に出す時、シアンの顔に僅かな陰りが現れたのをドラグスは見逃さ無かった。
「安心しろシアン。彼奴らは無事だ」
「シアン!」
ドラグスがそう口にした瞬間、ギルドの扉が開き森人の魂達が現れた。
「ヴィーチェルさん!ソイルさん!アイラさん!」
それを見た途端シアンは安堵からか涙を流し、次の瞬間にはふっと力が抜けたように体制を崩し、地面に座り込みそうになる。
「おっと、気を付けよ」
それをドラグスが片手で難無く受け止める。
「すみません……ちょっと力が抜けちゃって……」
「ククッ、この程度構わん。だから泣くな。主にそんな顔は似合わんぞ?」
そう言いながらドラグスは自らの指でシアンの涙を拭う。
「あうぅ……」
シアンは恥ずかしさに顔を赤く染め上げるが、ドラグスは気にも止めない。寧ろ泣き止んだ事に満足そうにすらしている。
「ドラグさんの天然ジゴロ……」
「シアン羨ましい……」
「お師匠様のイケズ……」
それを森人の魂達がジト目で見る。他のギルド職員の女性達もドラグスと言う人間の美では測れない程に整った容姿をしている者に、抱き抱えられたあげく涙まで拭って貰ったシアンに嫉妬の目線を送っている。探索者と思われる人物達の反応はよく分からない。
「ド、ドラグさんもう大丈夫です」
流石に居心地が悪くなったシアンは顔を赤く染めたままではあるがだんだんといつもの無表情に戻っていった。
「うむ、ならば良いのだ。……ところでさっきからこっちを見ているあの厳ついジジイは誰だ?」
ドラグはシアンの様子に笑みを浮かべ、ゆっくりと手を離しながら、先程から気配を消しながらこちらを観察している一人の男性をジロリと睨み付けた。
「……気付いていたのか」
そう言いながら奥から現れたのは見た目の年齢こそそこそこ行っているが、筋骨隆々の肉体と獲物を狙う獰猛な肉食獣のような瞳をした厳つい初老の男性だった。数字で表すと50歳と言ったところだろうか。
「当たり前であろうが。我を誰だと思っている」
「異質な力を持った謎の新人探索者だろ?」
「……そうであったな」
ドラグスは男性の返しにバツの悪そうな顔になる。そしてまたうっかり自分の正体を明かしそうになってしまった事に対して内心反省をした。
「ギ、ギルドマスター!?いらしたのですか!?」
そんなドラグスとは違い、驚きに声をあげるシアン。それは他のギルド職員や森人の魂の面々も同じで皆一様に驚きに顔を染めている。驚いていないのはドラグスとずっと沈黙を保っている探索者5人だけである。
「ああ、月影の道化師に狙われている探索者を助けに行った新人探索者が帰ったと聞いてな」
「嘘を吐くな。貴様、元より我の存在を感知しておっただろうが」
「ドラグさん!相手はギルドマスターですよ!」
ドラグスは瞳に警戒の色を浮かべ、現れたギルドマスターを睨み付ける。
シアンから態度について慌てて注意されるが、こそこそ隠れてこちらを観察するような者相手に態度良く接しろと言う方が無理と言うものだ。それは例え相手がギルドマスターであっても変わる事は無い。
「ガハハッ、バレていたか!」
現れたギルドマスターはドラグスの反応に愉快そうに笑い、ゆっくりと歩み寄って来た。
「改めてワシの名前はガイア。ガイア・カオスシアだ、よろしくな」
「最初からそう堂々しておれば良いものの……我の名はドラグだ。世話になる」
ガイアが差し出してくる手をドラグスは渋々ながらも握り返した。その様子を森人の魂やシアン達ギルド職員達はハラハラしながら見守っていた。
(む?なんだこの奇妙だが感じ慣れた感覚は……もしや此奴は……)
ギルドマスター改めガイアの印象は、ドラグスからしたら良いものでは無かった。彼女達はそのせいで何かトラブルが起きないかと気が気で無いのだ。
ーーだがドラグスが感じたのはまた別の何か。ガイアの悪印象な登場の仕方等最早思考の片隅にすら無かった。
(いや、取り敢えずは今の状況についての理解が先だ。ガイアについてはまた今度考えれば良いか……)
「それでガイアよ、月影の道化師の件はどうなったんだ?」
「ドラグさん!」
言っても変わらないドラグスの不遜な物言いに最早悲鳴に近い声を小声で出すと言う器用な真似をしたシアンを無視し、ドラグスはガイアに近付く。
「そうだな、そろそろ連絡が来るはずだ……っと噂をすれば。ちょいと失礼するぞ」
まさにそう言った直後、ガイアの元に念話による連絡が届いた。
「ふむ、ふむ、……そうかご苦労だった」
「どうだったのだ?」
短い会話を終えて念話を切ったガイアは、この場にいる全ての者へと聞こえるような大声で念話で来た連絡を伝える。
「月影の道化師達の拠点と思われる場所への襲撃に向かわせた者達からの連絡だ!月影の道化師の構成員と思わせる者達の捕縛には成功!ただ幹部以上の地位に位置する者達の姿は無かったようだ!」
その言葉に対する反応は人様々であった。ある者は喜びに顔を染め上げ、ある者は悔しさに歯をくいしばる。またある者は何かを思い出したようにポンと手を叩く。
「ガイアよ、こいつらを受け取っておけ」
ドラグスはそう言って自身で創り出した空間から12人の黒ずくめの者と4人の普通の探索者の姿をした者達を取り出し、ガイアの足元に雑に投げ捨てる。
「空間魔法か?いや、それよりこいつらはまさか……」
「ああ、我が捉えた者達だ。黒ずくめの奴等はヴィーチェル達を襲ってた奴等で普通の探索者の格好している奴等がダンジョンの入り口付近で怪しい動きをしていた奴等だ」
ドサリと鈍い音を立てて投げ捨てられた月影の道化師の構成員達は、息はあるものの既に瀕死の者やもう既に手遅れの者ばかりであった。
ギルドの職員達はそんな無惨な姿となった人族に頬を引き攣らせ、中には吐き気を堪えている者もいた。だが、ギルドマスターたるガイアですらその死体の様子には顔を顰めているのだ、一端の職員がこれを見て何とも無いと言うのは酷と言うものだ。
「恐らくそこに幹部とか言う奴等の一人がいるだろう。多分生きてるだろうから好きにするが良い。死んでる奴等の処分はどうするのだ?なんならここで我が肉片一つ残さず消し飛ばしても良いが……どうする?」
「少し待って欲しい」
そこに今まで沈黙を保って来た探索者の一人が声をかけて来た。
「申し遅れた。僕はミハエル、ドラゴンハートと言うクランに所属する探索者で、探索者としてのランクは一応SSランクを貰ってる者だ」
「そうか。聞いていたとは思うが我の名はドラグ、ランクはまだEランクの新米だ。それで?待ってくれとはどう言う事だ?」
これに驚愕したのは森人の魂達であった。
「ドラゴンハートのミハエル……まさか【破刃】のミハエル!?」
「そんな……と言う事は他の4人は【破刃】率いる【破刃の流星】の面々!?」
「それって、パーティのメンバー全員がSランク以上で、この街でも屈指の実力派パーティって言われてるあの【破刃の流星】ですか!?」
「アハハッ、知っていてくれたのかい?嬉しいな。そうだよ僕達は【破刃の流星】。今回の月影の道化師の件でガイアさんに呼ばれていたんだ」
ミハエルは屈託の無い笑顔でそう話す。
彼の姿は動き易さを極限まで極めたような軽鎧に、片手で扱うのに丁度良い大きさの白銀直剣を腰の右側に帯刀し、左の腰には右に帯刀されている剣と同じくらいのサイズの漆黒の剣が帯刀されていた。
兜は被っていなかったので顔もよく見えた。うなじの辺りで乱雑に切り揃えられた金髪に、碧眼の彼の容姿はドラグスに比べると劣るが、かなり整っており、街を歩けば10人中7〜8人は振り返るだろうと思われる。年齢の程はまだ若く、20代前半から半ば程度だろうが、180cm程度だろう身長の割に肉体は鍛え上げられ、細身の肉体にはぎゅっと筋肉が凝縮されているだろうと言うのが鎧の上からも分かる。
(ふむ、この青年中々に強いな……それにあの白銀の方の剣……僅かにだが神力を帯びておる。ふむ、ちと試してみるか)
恐らくかつてこの地に降り立った何らかの神が記念にでも迷宮に隠したのだろうと当たりを付ける。
「っと、すまない。実は君が捕らえた人物達の中に普通の探索者らしい格好をしている人達がいるのが気になってね。ほら、間違えて一般探索者を傷付けてたら大変でしょ?」
ミハエルはそう言いながらドラグスが投げ捨てた人達に近付いて行った。
「見た所月影の道化師とは関係が無さそうだけど……怪しい動きをしていたって言ったね?具体的に教えてくれるかい?」
「……しきりに辺りを警戒している雰囲気があった。それにその者達の一人はダンジョンの入り口付近で明らかになんらかの目的を持って潜んでいた。なので一応捕らえておいた。この対応に何か問題でもあったのか?」
ミハエルの問いにドラグスは一瞬何かを思い出すような仕草をした後、件の4人を捕らえた状況を説明した。
ミハエルはその答えに少し何かを考え込むような仕草を取り、そして再びドラグスの方へと向き直った。
「と言う事は確証は無いって事だよね?」
そう言ってドラグスの元へと歩み寄って来る。
「これ、本当に一般探索者だったら問題になっちゃうよ?ドラグ君だったっけ?君、後でもう少しだけ話を聞かせて貰えるかな?」
ミハエルがそこまで言った途端、ミハエルの目にも捉えられない速度でドラグスの腕が胸倉へと伸びて来た。
「さっきから黙って聞いておれば……貴様、ミハエルとか言ったな。貴様の言葉は一々不快だ。SSランク探索者だかなんだかは知らぬが、長生きしたくば我の機嫌を損ねるな。……そもそも月影の道化師が動き回っている中で怪しい動きを取った其奴等が悪い」
「あ、ぐっ、な、なんだって?」
ミハエルは自分の力を以ってしても抜け出せ無いドラグスの腕力の強さに驚き、続いてドラグスが発せられた言葉に更に驚く。
ーーなんて事は無い、ドラグスは自身が気に入った、もしくはそれなりに友好的な者に対しては友誼を図るが、興味が無い、または自身を不愉快にする者に対しては容赦が無いのだ。
これはある意味普通の対応であるが、それを行うのが龍神たるドラグスであると言う点で普通とは違わされている。それに加え、ちょっとした好奇心もあったので、それ以上にドラグスを止められるものが無かった。
この世界は龍神ドラグス・V・マグナートの持つ圧倒的な”強さ”により調停されている。そんな彼の機嫌を損ねる、それ即ちその者の破滅を意味する。
「良いかミハエル、二度は言わぬから良く聞け。我は我の正しいと思った行動を取る。我の裁量に貴様等ごときが口を挟めると思うな」
ドラグスは普段の優し気の雰囲気を全て霧散させ、神々の王としての姿を見せる。それを真っ向から浴びたミハエルは、体の至るところから冷や汗を吹き出し、それと同時に目の前の存在が放つ神々しい気配に圧倒されていた。
「あ、は、はい……お許し下さい……」
それ故か、口調が無意識に敬語へと変わる。
ーーだがそれはあくまでドラグスから神々しい気配を浴びせられたミハエルだけの事であって、彼の仲間がそれを許容するかどうか言う事は、また別の問題であった。
「ミハエルを放しなさい!」
直後、ドラグスの横から鋭い突きが放たれた。
「や、やめーーっ!」
ミハエルが咄嗟に止めようとするが、未だ神々しい気配に当てられており、思い通りに声が出ない。
「なんだこの突きは。遅いし威力も無い。褒める事と言えばきちんと魔力を込めている事だが……それすらも弱いし、無駄が多い」
ドラグスはミハエルを掴んでいる腕に向けて放たれる鋭い突きを開いている方の手の親指と人差し指で難無く掴み取り、そのまま何でも無いように奪い取る。
「なっ!?」
これに驚いたのは突きを放った本人の女性である。まさか自身の渾身の攻撃を指だけで受け止められ、その上得物まで奪われてしまうとは思いもしなかったのだろう。
「ミレイ、避けて」
「大丈夫、殺しゃあしねーよ」
直後背後で2つの膨大な魔力が練り上げられる。
「馬鹿者!ギルドを破壊する気か!」
横からガイアの怒声が投げ入れられるが、それは無意味に終わり、ドラグス向けて龍を象った水と炎が放たれる。
「ふむ、魔力は人族にしては上々。だがまだ魔力の制御が甘い。この程度の魔法で龍の姿を真似る事も不愉快だ。『消えろ』」
ドラグスは顎を開いて向かって来る水龍と炎龍に苛立ち混じりの声をあげる。その瞬間猛々しくうねっていた2つの龍は、一瞬にしてその姿を霧散させる。
「「は?」」
魔法を放った二人は自身の得意とする魔法がわけわからぬ内にあっさりと消された事に、二人揃って間抜けな声を上げる。
「フューズさん!リリーさん!間通ります!」
そんな二人の影に隠れるようにして立っていたまだ少年と思われる子供が二人間を縫うようにして弓を放つ。
放たれた弓は何らかの方法で魔力コーティングされているらしく、その速度は森人の魂達程度ーーつまりCランク探索者レベルーーでは視認する事すら出来無い程に超強化されていた。
「複数の付与魔法か、中々器用な事をするでは無いか。だがやはりまだまだ粗が目立つな。もう少し効率良く魔法を付与せられるようになってから出直すが良い」
最早、矢と呼んでいいのかすら分からないそれをドラグスはあっさりと口でキャッチし、そのまま難無く噛み砕いた。
「そんな!?超加速に加えて、土魔法でコーティングして頑丈さを極限まで高めたのに!」
少年はそんなあり得ない光景に、目を見開き、顎が外れないか心配になる程に口をあんぐりさせた。
「ククッ、どうしたもう終わりか?」
ドラグスは獰猛に笑いながら、掴み上げていたミハエルを雑に床に投げ捨てる。すると直ぐ様彼の元に彼の仲間達が集まり、ミハエルを庇うようにしてドラグスを睨み付けてくる。だがその目には最早先程までの覇気は無かった。僅か数秒の交戦で彼我の実力差を強く痛感した彼等の様子を言葉にするなら、死期を悟った小動物の家族と言ったところか。
「はぁ……ミハエル、ワシがお前達を呼んだのはドラグと喧嘩させるためじゃないぞ。
まったく、ギルドが壊れたりして機能が止まったらどうなると思っているんだ!」
そこにガイアの呆れと怒りが混ざったような声が浴びせられ、ミハエルがバツの悪そうな顔になる。
「すみませんガイアさん……」
ミハエル達は怒りを隠そうともしないガイアの様子に僅かにビクッとなり、次いで慌てて頭を下げて謝罪の意を見せる。
「……ったく、まぁいい。被害と言う被害は無かったしな。だが謝るならワシよりあいつに謝れ」
ガイアはそう怒鳴り、視界の端で我関せずを貫いているドラグスに向けて顎を向けた。
「そうだよ!みんな、何でドラグ様にいいなり攻撃なんて仕掛けたんだ!」
ガイアの言葉にハッとなったミハエルは唾を飛ばしながら仲間達へと怒鳴りかかる。よく聞くとミハエルのドラグスの呼び方が様付けになっているが、あんな神々しい気配を向けられたら自然とそうなってしまうのも仕方ないだろう。人型と言えど、ドラグスは神々の王たる龍神だ。余程の無神論者であっても彼の神気を間近で浴びたら、無意識の内に祈りの姿勢に入ってしまう事だろう。
「だ、だってミハエル!あいつが貴方の胸倉を掴んだから……」
「それは僕が失礼な態度を取ってしまったからだろう!それは君も見ていた筈だ!」
ミレイと呼ばれた、まだあどけなさが残る赤髪の少女はそう言い募るが、それはミハエルの怒声によって遮られ、ミレイの背筋がビクッとなる。
「で、でもよう、あれはミハエルは悪くねぇじゃん」
「うん、ミハエルの判断は正しかった」
「だって、その……見るからに一般探索者っぽい人があんな姿になってたら誰だったあんな反応を……いえ、ごめんなさい。何でも無いです……」
「馬鹿!僕達が実際に彼等の活動している姿を見ていたわけじゃないんだから、この場合はドラグ様の判断が何よりも優先されるべきだろう!」
「最初に話を聞かせろと言って来たのは貴様だろうがミハエル」
ミハエルが怒鳴り散らす中、ドラグスの冷静な声音がぴしゃりと浴びせられる。
「うっ、それは……いえ、その通りです。ごめんねみんな、少し興奮し過ぎていたようだ。ガイアさんも本当にすみませんでした……それにドラグ様も、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
ドラグスの声に冷静さを取り戻したミハエルは、自らの行動を振り返り、申し訳なさそうに仲間達とガイア、そしてドラグスへと謝罪をした。
「まぁ良い、今回の件は水に流そう。我は寛大であるからな」
「ちょっと!今回のは元々ーー「ミレイ!」……うっ、分かったわよ……」
ドラグスの傲慢な態度に再び怒りを見せようとしたミレイだったが、冷静さを取り戻したミハエルに遮られる。
「それにしてもドラグ、お前さん、一体何者だ?Eランクまでの恩恵しか受けていない筈のお前さんが仮にもSランクやSSランクの恩恵を受けている筈のあいつらを圧倒するなんて普通じゃないぞ。一体どんなトリックを使いやがった?」
「ククッ、トリックも何も無い。ただ単純に我が元より彼奴らより遥かに強いからに決まっておろう。それこそ例えSSSランクとか言う恩恵を受けていたとしても、彼奴らでは我の足元にも及ばん」
ミレイ達がドラグスの不遜な物言いにまたもや何か言いたげになるも、自分達が軽くあしらわれたと言うのは紛れも無い事実なので、悔し気に口を結ぶだけで何も言わなかった。否、言えなかった。
「だがまぁそんな事はどうでも良い。我はもう帰りたいんだが構わぬか?」
そんなミレイ達の様子等、歯牙にもかけずにドラグスは欠伸混じりにガイアへと話しかける。
「ん?ああ、今日のところは構わないぞ。だが悪いが、そこで呆然としているエルフの嬢ちゃん達も一緒に連れて帰ってくれ。お前さんが助けたとは言え、あの娘達は襲われたばかりなんだしな」
「うむ、元よりそのつもりだ」
そう言ってドラグスはシアンや他の職員と共に呆然となっている森人の魂の元へと向かい、彼女達の頭を一回ずつ撫でて正気に戻す。
「ヴィーチェル、ソイル、アイラ、帰るぞ。シアンもそんなヘンテコな顔をするな。せっかくの美人が台無しになっておるぞ」
ドラグスは苦笑しながらシアンの頭も軽く一撫でする。
撫でられた4人は直ぐ様ハッとなり、続いて撫でられた頭を恥ずかし気に抑え、僅かに耳を赤く染める。
(む?そう言えば昨日シアンをからかった時も耳を赤く染めておったな。エルフと言う種族は何かそう言う習性でもあるのか?)
ドラグスがてんで的外れな結論に落ち着いた頃、漸く動き出した森人の魂の面々は、慌ててガイアや破刃の流星の面々、そして未だ呆然としている他の職員達に軽く頭を下げ、そのまま早足でギルドの外へと向かうドラグスの後に続いた。
「ではギルドマスター、私はドラグさんが捕らえた方々で息がある者達をギルドの地下牢に運んで行きますね。皆さんも手伝って下さい」
彼女達に遅れる事数秒、シアンも動き出し、その声につられるように他の職員達も動き出す。その行動は中々機敏であり、その表情は「取り敢えず自分達はやる事をやってればいいや」と言う半ば投げやりの様子であった。
「ああ頼む。ミハエル達も今日はもう帰ってくれて結構だ」
ガイアはそんな職員達の意思を正確に読み取っていたようだが、まぁそれが本人の為なら好きに思わせておけばいいと判断し、余計な口を挟む事はしなかった。
「は、はい……では僕達も今日は失礼します」
「嘘よ、私の突きがあんなあっさり……」
「俺達の自慢の魔法が……」
「あの時何が……」
「僕の矢が……」
ドラグスがいなくなった事で、ゆっくりと先程の出来事について考えられるようになった破刃の流星達は、虚ろな眼で何事かぶつぶつ呟いている。そんな破刃の流星の面々を尻目に、ガイアは真剣な眼差しでミハエルに話し掛ける。
「……ミハエル、覚えておけ。あいつとは絶対に揉めるな」
ガイアが指すあいつについて瞬時に察したミハエルは、先程浴びたドラグスの気配を思い出し、神妙な顔つきで首を縦に振る。
「あいつはヤバイ。寧ろあいつの実力を目の前で見せられた上で、今この瞬間まで平静を保っていられたワシを褒めて欲しいくらいだ。正直な事を言うと今にも震えで座り込んでしまいそうだ。……それはお前も分かっただろう?」
「はい、最初見た時は何も感じなかったんですが、あの方に胸倉を掴まれた時に感じたあれはただの人が出せる気配じゃありませんでした……」
ミハエルは先程浴びせられた神々しいまでの気配が再び体を駆け巡る感覚に襲われ、ぶるりと身を震わせた。
「あんな強大な気配をあそこまで完璧に隠せるなんて……あの方は一体何者なんでしょう」
「分からん……だがあいつが受けている恩恵は確かにEランク程度のものだった。つまりあいつは本当に素でお前達よりも強い」
ガイアの声には一切の嘘偽りは無く、本当に心の底からドラグと言う人物の強さをそこまでのものだと判断している。
「どうしてあんな人の話を今まで聞かなかったんでしょう……」
「それも分からん。ただ一つ言えるのはあいつはただの人では無い。握手した時に感じたあの言い知れぬ感覚は、間違ってもただの人が纏うようなものではない」
ガイアの言葉に何か考えるような仕草をするミハエル。だが幾ら考えても正しい答えは出ないと結論付けたミハエルは、取り敢えず今は仲間達のケアが先だと判断した。
「そうですか……では一先ず僕は彼等を連れて帰ります。どうやら自分達の鍛え上げた技があんな風にあっさりと破られた事に相当なショックを受けてしまったようですので」
「ああ、そうしてやってくれ。そいつらには後でそう悲観する事は無いと伝えてやれ。幾らSランク、SSランクの最上位探索者とは言え、あの得体の知れ無い化け物には勝てる道理かさなど無いからな」
ガイアの言葉は傍から見ると投げやりのように聞こえるが、それが紛れも無い真実であり、それを覆す術が無いのは事実であるので、ミハエルは苦笑しながら頷く事しか出来なかった。
「分かっていますよ。特に僕はあの方の真の力の一部を直接浴びせられたんですから」
「そうか、ならいい。だがくれぐれも馬鹿な考えは起こすなよ」
ミハエルはガイアに向けて苦笑を返し、未だにぶつぶつ言っている仲間を引っ張ってギルドの外へと向かって言った。
「さて、ワシも執務室に戻り、新たな報告を待つか……」
一人残ったガイアは、最後にそう呟き、自分の執務室があるギルドの最奥部に向かい歩き出した。
(ドラグ、か……まさかな……)
想像を絶する力を持つ異例の新人探索者の名前について、何処か引っかかり覚えつつも、ガイアは己の仕事を果たすべく執務室へ向かう足を僅かに早める。
今後も亀の速度ではありますが、頑張って更新します!




