魔法詠唱朗読会に参加して
「聖女の原像、我望む星海の天窓より降り立ち、東雲の霊光を常闇に囚われし汝に注がん! ヴァニシングダーク! 」
凛とした発声の女性、もとい私の詠唱が部屋中に響き渡ると、昼間にしては暗めかな、と感じる程度の室内が若干明るくなった。
執政の目を盗んでこっそり借りた城内にある会議室。中には高級な木製の長机が二つ、そして六人分のスツールが置かれてたのに、今日集まったのは四人だけ。
メンバーは宮廷魔術師のソワンさんに弟子のメルケル、初対面の女の子と初参加の私。何故か巻き込まれた可哀想な私。
「あっ……メイコさん、はっ初めてにしては、とってもお上手な詠唱だと思います」
「うん、ありがとうね……」
名前も訊いていない女の子に、気遣いオーラ全開で誉められた。しかも微妙に上から目線だ。 潤い満ちた金髪と整った顔立ちで、困ったような愛想笑いを向けてくる。 見るな、そんな顔で私を見るんじゃあない……。
「でも口に出すのは詠唱部分までにしてくださいよ、メイコ先輩。照明の魔法だったから良いものを、これが炎の奴だったらみんなで丸焦げ上手に焼けましたッスから! 」
おいメルケル、私が使える中で最強の魔法を三発立て続けに浴びせてやろうか。そのスカした眼鏡を圧縮して鼻の穴に詰め込むぞ。という心境の今。
そもそもで、お前が「先輩マジ師匠のメンツのために来てくださいッス」なんて泣き付いてこなければ私は晒し者にならずに済んだ。王立魔法大学校の先輩後輩関係に無かったら、こんな子供の遊びもどきに付き合ったりしないわ。
「俺が手本を見せるッス! 」
「ふむ。メルケルよ、そこまで言うのならお前は余程見事な詠唱ができるのだろうな? 」
「当然! 」
ソワンさんが立派な白髭を撫で下ろしつつ、隣に座るメルケルに疑いの目を向けている。私も向ける。謎の少女は欠伸を隠す。
ふぅん、相当自信ありなのね。私よりも遥かに成績が悪かった癖に。ていうか、この女の子飽きてるじゃない。
「じゃあ、いくッスよ! 疼きと呻きの交わる渓谷。鼓動の彼方に眠らんとして、早世の凶報に震えんとしろ。汝に下すは定命の終焉。我ここに示さん! 」
「…………」
「ほうほう、これは中々」
「メルケルさんは慣れているから、本当に詠唱がお上手ですね」
メルケル……何かを成し遂げた男の顔をしてるけど、詠唱だけだと絵面がどうも地味すぎて。というか、ぶっちゃけ詠唱に上手いも下手もないでしょう。
あと、匿名少女の「本当」という何気無い一言が完全不意打ちで私のハートにヒットした。2コンボ。
「ちなみにさ、今の詠唱はどんな魔法のなの?」
「おおっ、良い質問ッスね! 今のは俺が開発した、死にかけの生き物を安楽死させる魔法ッス。これで誰も苦しませずに逝けるッス! 」
「……ソワンさん、それを踏まえてどうですか? 」
「そうじゃな……。 メルケル、お前は魔法をかけた相手を地獄に落とそうとしとるのか」
「へぇ? 」
「詠唱内容が陰鬱で、まるで敵意を持って相手を殺すみたいじゃと、言っておる。これが破壊の魔法なら申し分無いんじゃが」
「確かに。そう言うことなら、下手ですね」
残念ですと言わんばかりに俯いた。どうやら少女の脳内で、私とメルケルの順位が入れ替わった模様。
ざまぁないわ。魔法学校一年生からやり直せ。そして留年しろ。
「メルケル、まだまだ甘いわね」
「……んだよ」
「ん?」
いつの間にか、ヴァニシングダークの効果が消えて部屋は元の暗がりに戻っていた。不穏な空気に敏感な私は、いち早くメルケルの異変に気付いて、項垂れた。
多分、キレる。
「っああ!! 」
ほらね。
「……何なんだよっ! また文句ッスか! それなら師匠がやってみてくださいよ! いっつもオレらに言わせるばかりで自分は詠唱しないじゃないッスか! 」
あっ、そうなんだ。そう考えたら、毎回参加させられて毎回詠唱無理強いされるメルケルが哀れに思えてきた。師匠に対してこんな集会嫌だと言えず、出席数を増やすため必死で私を誘ったのに。
「ふざけんなよ! やれよ、師匠も! 」
唾飛ばし、その顔に吼える。
日々の積もり積もった鬱憤を爆発させた剣幕に、少女Aは今にも泣き出しそうだ。ちょっと、なんなんだこれ。この空気。もしかして、今日はハズレの回だった?
ああもう、誰でもいい……私をどうか助けてくれ、それかここから出してくれ。 出ようと思えば出れるけど、扉は私の後ろだし。
「良かろう……ワシの詠唱を聴かせてやる。メルケル、後悔するなよ」
そう言って、スツールから立ち上がると目を瞑り両腕を広げ始めた。
あれ、ソワンさん、聴いて後悔するような詠唱って何ですか?その動きは、詠唱には関係無いですよね……まさか発動まではやらないですよね?メルケルはムッとした表情のままだし、私は、どうしたら……。
「それじゃあ、いくぞ……」
ダメだ、お願い、誰か助けて―――
「あっ、あのぉ! 」
寸前で割り込む、振り絞った声。
少女だった。震える右手をそろそろと挙げて、伏し目がちに呟いた。恐らく涙目になっている、でも勇気を出して手を挙げた。私にはその時、名も知らない彼女が救民の女神様に見えた。
「私も詠唱して、よろしいですか」
「……ハルシア様がですか?」
様付けで、ソワンさんに名を呼ばれた彼女。
よもや上流貴族の娘なのか、そういえばどこか気品ある雰囲気を持っていた気がする。それは気のせいか。
「ダメ、ですか?」
「……いや、良いですよ」
ソワンさんは危なげな動きを中断して、スツールに座り直した。取り敢えずの命は助かったらしい。
恩人のハルシアちゃんには後でお菓子を買ってやろう。腕組みして不貞腐れるメルケルにも、何か奢ってあげよっかな。
「ありがとう、ございます。……皆さん、私が今から詠唱するのは、簡単な召喚魔法です」
「召喚魔法、ね。結構難しい魔法だけど、使えるんだ」
「はい……いきます」
はてさて、どんな詠唱だろう?
ハルシアちゃんはすうっと息を吸い込むと、お腹に手を当てて魔法の言葉を張り上げる―――
「お父さん、爺や!! お願い、助けてぇぇぇえっ!!! 」
「え……」
「ハルシア様っ! そんなに叫んでは……」
耳疑うような詠唱と共に、空いた二つのスツールに、二人の男が現れた。これは瞬間移動の魔法に違いなく、この城下街で一人にしか使用を許されていないものだった。
「どうしたのだ!? ハルシアの叫び声が玉座の間まで聞こえて来たが、一体お前たちはここで何をやっているんだ!!」
「会議室は、執政である私に許可を得ないと使えない決まりじゃなかったか?ソワン」
私は、思わず逃げ出した。当然、すぐに捕まって、衛兵に引き摺られ会議室に戻される。
あの時の滑稽な光景は、今も私の心に焼き付いている。王様はカンカンで、執政は呆れてた。ソワンさんは真っ青で、メルケルは慌ててる、そんな光景を。
その後、ハルシア・イヴェン・ティード王女の懸命な説得によって彼女は文字通り私達の命の恩人になりました、とさ。
「メイコさん、また一緒に魔法の詠唱しましょうね! 」
「ふふっ。この命尽きるまで、どこまでもお相手しますよ。我が主……ハルシア王女」
めでたし、めでたし。