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グレイ  作者: 南なつ
3/3

後編


「どう?動く?」

足踏みをして、調子を確かめる。

この間が嘘のように、両足が軽い。

その場でぴょんと跳んでみせると、彼は嬉しそうに笑んだ。


あのアンドロイドを売ったお金で、彼は私の部品を買い集めてくれたようだ。

今では、私は発声できないこと以外は問題なくできるようになった。


「グレイ、ちょっとおいで」

彼が、いくら私の回路を確認しても、私が喋れない原因は判明しなかった。

私は、彼の前で欠陥品であることに不自由さは感じていなかった。

彼は、私の機能が回復すれば、修理することが終れば、私のこともあのアンドロイドと同様に手放すのだろう。

そんな日が来るくらいなら、声など些末なことだった。


彼は、いつの間にか簡単なジェスチャーで、私の想いを酌んでくれた。

ただ、私が彼に売られることを恐れていることだけは、気付いていなかっただろう。


「グレイの声は、どんなだろう。色々想像してみるけど、なかなか難しい。低いのかな、それとも思ったより高いだろうか」

そんな彼の無邪気な問いに、私は曖昧な笑みを浮かべた。

どうしたら、彼は諦めてくれるだろうか。

ある日、彼は新たなアンドロイドを連れ帰った。

そのアンドロイドを担いで来た男は、私を見てニヤッと笑った。


「これは、お前のアンドロイドか?」

「それが?」

「いや、なかなか高く売れそうだ。俺が、買取先を探してやっても良いぜ」


私は、その来訪者の言葉を聞いて固まった。

しかし、彼の「その必要はない。まだ、修理中で声が出せない」という言葉に息をつく。

しかし、いつか売られてしまうことに変わりはないのだと思うと、心が沈んだ。


それでも、男は諦めず、しげしげと下品な目で私を観察した。

「だったら、こいつより直すのは早いだろ。そいつを先に直して、俺のところに寄越してくれ」

担いできたアンドロイドをモノ扱いし、男はおもむろに私の腕を掴んだ。

彼に触れられるのとは違う嫌悪感が、私を包む。

彼が私の腕を取り返し、その胸に抱いてくれたとき、心から安堵した。



しかし、彼の告げた言葉は、その場の何もかもを忘れ去ってしまう程の衝撃だった。



「必要ないと言っているだろう。僕は、グレイを売るつもりはない!」



私を売らないと、彼は。彼は、そう言っただろうか。

何故?今は売らない、そういう意味だろうか。

それとも。

男が渋々帰って行った後、彼は少しだけ気恥ずかしそうな顔をした。

それでも、私が不安そうにしているのを知ってか、そっと頭を撫でながら、ボソッと声を落とす。


「情が移るから、僕は拾い物に名前はつけない。お前が、初めてだ」


そうだ。あのオレンジの髪をしたアンドロイドを、彼は呼ばなかった。

名前を呼ぶのは、いつもグレイだけで。

あのそっけない扱いも、彼なりの努力だったのだろうか。




「マス、タ」

自然と、喉から、声が漏れた。


私は、ずっと、ずっとアナタを呼んでいた。

アナタを、心の底から、呼びたかった。


アナタだけを、呼びたかった。


「マスター」

彼は、感極まったように何も言わず、ただ私を抱き締めた。


アナタを、マスターと呼びたかった。

私は、アナタが全て。アナタの傍にいる間だけ、私は、私でいられる。

私は、アナタのただ一つの存在。最後まで、アナタのその腕に残る唯一のモノ。




グレイ。その名前は、アナタからのたった一つの贈り物。



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