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グレイ  作者: 南なつ
1/3

前編


瞳を開いて、しばらくすると視覚からの情報が徐々に戻ってきた。

長く忘れていたかのように、酷く不思議な感覚。

まず始めに飛び込んできたのは、気遣うように私を見下ろす黒い瞳だった。


私を拾った男は、小さな修理工場で働いていると照れたような笑みを浮かべてそう言った。

この一週間の彼の動きを観察していた私は、いくらかのことを理解した。

彼は、道端に落ちているものを拾わずにはいられない性格らしい。

飽きて棄てられた玩具。生まれたばかりに放り出された小さな小動物。

その中に、私も含まれていた。


そして、同じなのは、彼はそれを必ず自分の手で修理したり、癒してから、誰か他の人間に手渡してしまうということだ。

彼は決して、自分の手元には何も残しはしなかった。

「僕は、ただ誰かに喜んでもらいたいと思っているよ。でも、何を拾ったって、全ての責任をとれる訳でもない。他人から見れば、僕はただの傲慢な人間でしかないだろうね」

そう言うさびしげな瞳を、私は何を言う訳でもなく、ただ見ていた。

その呟きにかける言葉を捜しても、見つかりはしなかった。


それに、彼に何かを伝える手段が私にはなかったのだ。


彼は仕事から帰って、眠るまでの間の大半を、私を修理することに費やした。

何かに追われるように真剣な目で、私を見つめる。

ある程度外形が整ってから、彼は私の欠陥を知ったようだった。


「何か、言ってみて。何でもいいから」

そう言われて、私は心底困った。

首を横に振って、彼の視線から逃げるようにその場で俯くしかなかった。


「まさか……喋れないのか?」


そうだ。初めてのマスターの胸の鼓動が止まったときから、何故か私の声を出すという機能が停止した。

それは、私を愛しつくした彼女の、呪いのようだった。

彼女の親族達は、その事実を隠したまま私を売り払い、その先で私は欠陥品としての扱いをうけた。


それは、酷く虚しい日々だった。

どうして、私を作った人間は痛覚を与えたのか、恨まずにはいられなかった。

毎日与えられる折檻に身体が耐えられなくなって、私は漸くその日々から解放される。

廃棄された身体は、そのまま朽ちていく筈だった。

彼に、拾われなければ。


私は、人々の話し相手となるように造られた。

子ども達に、夢物語を聴かせるために造られた。

今の私に、できることは何もない。

何度も、私は彼に修理することが無意味だと伝えたかった。

ただ、その手段が私にはなかったのだ。

アナタは、失望しているだろう。

自分の費やした無意味な時間を。


どうすれば彼に私の思いを使えられるだろうか。

彼の修理してくれた身体で、私はただ、頭を下げた。


「喋れないなら、文字は?文字は書ける?」

もう一度、私は首を振る。

文字を読む機能はあっても、私には文字を書くという機能はそなわっていない。

「そうか」

淡々とした声だった。

そこには、いくらかの落胆はあるのかもしれない。

けれど、彼は私に露骨な失望を突きつけはしなかった。

立ち上がった彼に続いて立ち上がろうとした私は、自分の身体を支えられず、床に膝を折った。

「そうだ。部品が足りなくて、足が直せていない。少し、我慢してくれ」

その言葉に頷きながら、彼がまだ私を修理しようとしていることが、不思議でならなかった。



彼は、私を罵らなければ、理不尽な暴力を振るうこともなかった。

私に出来るのは、簡単な掃除や調理くらいのことで、両足を引き摺るようにして歩く分、動作も遅かった。

それでも、彼は私を責めなかったし、どちらかというと喜んでいてくれるように見えた。


「グレイ、ありがとう」

名前のない私を、彼は便宜上そう呼んだ。

私は記憶をなくしたわけではないから、前の名前を覚えている。

けれど、売られた先でその名前を呼ばれることはなかった。

もう、遠い昔に呼ばれた名前を自分のものだとは思えない。

だから、私はその名前を喜んで受け入れた。


くすんだ灰色の髪も、彼が私をグレイと呼んでくれるのなら、そう恥ずべきものでもなくなったのだ。


彼は、自分の賞与が出た日に必ず廃品市へ出かけていた。

そこで、私には理解できないが、私の一部(パーツ)を少しずつ購入しているようだった。

何の価値もない私を、彼は何故修理し続けるのか。それを問うことは、怖かった。

私は、今のままで充分満ち足りていた。

彼の隣にいるのは、とても心地が良かったし、怯える必要も感じなかった。



このまま、彼が私の機能を停止して、一生目覚めることのなくなる日を、いつの間にか望んでいたのだ。

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