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【2】

 エドの一日は朝のランニングから始まる。約三十分。真面目な彼らしく、実に規則正しいペースで走る。

 彼の走っている時間帯は街がようやく目覚め始めた頃。大通りでも行き交う馬は少なく、定時馬車もほぼ空席の状態だ。

 もうすぐ家という地点でエドは足を止めると、ジャージの袖口で汗を拭った。

 見慣れた少女が手を振りながら駆け寄ってきたからだ。

「こんな朝早くから、よく走れるもんね。まったく呆れるわ」

 開口一番に飛び出すのは挨拶ではなく憎まれ口。悪態ズザンネは今日も健在だ。

「おはよう、ズザンネ」

「おはよ、エドゥアルト。相変わらず無駄な汗を流してるのね。なに? 健全少年でも気取りたいの?」

 そう言いながら、手にしていたスポーツタオルと水筒を手渡した。

「ありがとう」

「ちょっと話があんだけど、いい?」

「それは構わないけど」

 少し言葉が揺れた。正直、時間が気になる。

「アタシに抜かりはないわ。はい」

 提げていた鞄から小さな紙袋を取り出した。

 香ばしい匂いが広がる。中を見るまでもない。エドの好物、ベーコンサンドだ。

「アンタの行き付けの店で買って来てあげたわ。まだアツアツよ。これを食べながらなら話す時間があるわよね」

「流石はズザンネ、用意周到だね。ここのベーコンは最高なんだよ。ジューシーで」

「胡椒が利いてて美味しいんでしょ。アタシも気になったから買って来たの」

 もう一つ紙袋を取り出すと、にいっと笑みを見せた。

「そろそろ暑くなる季節ね」

「僕は夏が苦手なんだ」

「あ、解る。オティーリエの言動を、より鬱陶しく感じるもんね」

「そんなこと言ってないってば」

「あら、たまには正直に言ったらどう? 包み隠さずオティーリエに伝えてあげるから」

 下らない会話をしながら、道の端っこに移動。壁にもたれながら、サンドイッチを頬張る。

 じゅわっと広がる肉汁に、ぴりっとした胡椒の味わい。レタスのシャキッとした歯ざわりとトマトの瑞々しさが続く。

「あ、美味しい。思ったより食べやすいのね」

 ズザンネが目を細める。彼女が滅多に見せない素直な表情だ。

「毎日食べても全然飽きないんだよ」

 そう言いながらエドが、水筒を口に運ぶ。中は無糖のレモンティだった。甘さより清涼感に重点を置いたチョイスは、運動後の飲料という点を考慮してだろう。ズザンネなりの気遣いが感じられた。

「ありがとう。とっても飲みやすいよ」

「ん」

 シンプルな礼に、ズザンネが小さく頷く。無愛想なリアクションだが、ほんの僅かに上気した頬から照れ隠しなのが解る。

「ズザンネ、話って?」

「回り道なしで聞かせてもらうわよ。昨日のあの子、アリーセについてどう思う?」

「そうだね。正直、可愛い子だと思うよ」

「オティーリエとどっちが可愛い?」

 いきなりの不意打ちに、エドが思わずむせ込んだ。

「っていうか、どっちが好みかって問題かな。どっち?」

「ごめん。僕が悪かったよ」

 容赦のない連続攻撃にエドは白旗を揚げた。

「アリーセってのは多分偽名だね。ラストネームがすんなり出たところを見ると、知人の名前じゃないかな。となると、次に来る疑問は、何故偽名を使って僕らに近づいたかなんだけど」

 言葉を揺らすエドに、ズザンネは頷いて続きを促す。

 エドが真面目に話す時、ズザンネは決して茶々を入れたりしない。それは彼女がエドの分析力を高く買っているからだ。

「その謎は、彼女の依頼にあると思うんだ」


                    * * *


「友達を探して欲しいんです!」

 アリーセの言葉に、三人は衝撃を受けた。

「来た」

 最初にショックから立ち直ったのは、オッティだった。

「来たわ! 来たのよ! ついに私の出番が!」

 地面を踏みしめて、歓喜の声を上げる。

「アリーセ、あなたは行方不明になった友人を探しているのね!」

「はい?」

「言わないで。解ってる。あなたのその瞳が、私に全てを教えてくれたわ! あなたの親友は、事もあろうにあなたの目の前でさらわれたのね! 謎のカルト教団に!」

「あの、なんの話ですか?」

 アリーセが盛大に疑問符を浮かべる。しかし、オッティは止まらない。

「もちろん、あなたは直ぐに警察に向かったわ。でも、取り合ってもらえなかった。そんな突拍子のない話、信じてもらえるはずがないもの」

「エドゥアルト、バカのスイッチが入ったわよ。さっさと止めて」

「オッティ、とりあえず落ち着いてアリーセの話を……」

「黙ってて! 今、いいところなの!」

「あ、うん。ごめん」

「そんなだからダメなのよ。ったく」

 レンズ越しの冷たい視線に、エドは苦笑いするしかない。

「警察も頼りにならない。もちろん、一人でどうこうできるはずがない。そんな時、この貼り紙を目にしたあなたは感じたのよ。これは神の啓示に違いないと!」

「掲示してある紙でしょ」

 ズザンネの茶々にもめげず、オッティは続ける。

「安心して、アリーセ。名探偵の使命は困っている人を助け、正義を貫くことよ。私が、このオティーリエ=ヴァイカートがあなたの友人を、邪神の生贄から救ってあげるわ、わわわっ」

「ちょっと邪魔だからどいて」

 痺れを切らしたズザンネがオッティを横から押し退けた。

「えっと、アリーセだっけ?」

「はい。アリーセ=フェルステです。小さいズザンネさん、でしたよね」

 嫌な前置詞に、ズザンネが露骨に不快な顔をする。

「あ、失礼しました。頼りないエドさんの方でした?」

 ズザンネの表情に気付いて、アリーセが慌てて訂正した。

 その呼ばれ方にエドが肩を落とす。否定できない分だけへこむ。

「アンタさ、アタシ達をバカにしてんの?」

「そ、そんなことありません。私、まだ、この土地に来て浅いんです。その、だから、解らないことが多くて」

「アンタ、異国の出身?」

「え? あ、そうです。異国です。とても遠い国から来たんです」

「ふうん。アタシ、異国に興味があってね。どこから来たのか、詳しく聞かせてもらいた、いたっ! いたたたっ!」

「そんなのどうでもいいでしょ、ズザンネ。捜査の邪魔しないで」

 さっきの仕返しとばかりに、オッティがズザンネのポニーテールを引っ張った。

「オティーリエ! 邪魔してるのはアンタでしょ!」

「ズザンネが先に邪魔したじゃない。私のは正義に基づく報復よ」

「報復に正義なんてあるわけないでしょ!」

 吠え合う二人に、アリーセはただ唖然とするだけだ。

「アリーセ、って呼んでいいかな?」

 仕方なくエドが声を掛けた。

「はい。頼りないエドさん、ですよね」

「頼りない、の部分は勘弁して欲しいな。そこさ、称号じゃないんだよ」

「え?」

 あまりに意外だったのだろう。アリーセが目を丸くした。

「僕はエドゥアルト=フィッツァウ。シンプルにエドでいいから。それと彼女はズザンネ=シュパング。だからズザンネって呼んであげて」

「ひょっとして、ズザンネさんも」

「うん、小さいってのは称号じゃないんだ」

「あの、ごめんなさい。私、全然知らなくて、その」

「君の国では称号を付けて呼び合うことが多かったんだね」

「そ、そうです。みんな称号を持っていて」

「ちなみに、君の称号は?」

「白き、あ、いえ、そうじゃなくて、えっとその、また考えておきます」

「うん、じゃあ、また今度教えてよ。ところで、友達を探して欲しいというのは、どういう意味かな? もし厄介な事件に巻き込まれてるのなら……」

「あ、違うんです。事件とか、そういうのじゃなくて。ただ友達を探して欲しいんです」

 アリーセの意図が解らず、エドは当惑してしまう。

「あの、私、引っ越したばかりで友達がいなくて、だから、その」

「あ、なるほど」

 ようやく合点がいった。

「だってさ、オッティ」

 エドがオッティに視線を向けた。

 呆けた顔のオッティがカクンと首を傾げる。

「ごめん。私、バカになっちゃったのかな? 全然解んなかったんだけど?」

「じゃあ、アタシが説明してあげるわ、オティーリエ。あの子はね、行方不明の友人を探してるんじゃなくて、友達になってくれる人を探してるの。解った?」

「じゃあ、謎のカルト集団は?」

「んなのいるわけないでしょ」

「じゃあじゃあ、頑固で融通の利かない警部は?」

「アンタ、警察に知り合いとかいないでしょ」

「じゃあじゃあじゃあ、遺跡に眠る古代の秘宝は?」

「はぁ? どんな妄想してんのよ、まったく。あのさ、一言だけ言わせてもらうけどね」

 言葉を切って、少し間を取った。

「バッカじゃないの!」

「そんな言い方しないでよ。ちょっと勘違いしただけなんだから」

 赤らめた頬をぷっと膨らませる。

「あの、オッティさん、ごめんなさい。私、その」

 申し訳なさそうなアリーセに、オッティは笑みを見せた。

「謝らないで。私の方こそ、変な勘違いしてごめんね」

「あ、いえ、そんな」

「じゃあ、アリーセは友達が欲しいってことだよね」

「そうなんです。こんなこと頼んでいいのか解らないんですけど」

「その依頼、確かに受けたよ」

「ほ、本当ですか!」

「で、すぐに解決してあげる」

「え?」

「私達が友達になってあげる」

 いきなりの展開に唖然とするアリーセに。

「僅か五分で一件落着。やっぱ私は名探偵だよね」

 オッティが得意気に頷いた。


                    * * *


「友達が欲しいなんて、探偵に依頼することじゃないわよね」

 むぐむぐと口を動かしながら、ズザンネが感想を述べた。

「逆に考えるとアリーセは、友達を作るような環境で過ごしてなかったってことだよね。それに称号とファーストネームを組み合わせて呼び合う習慣があるというと……」

「一番に思いつくのは貴族ね。名前を呼び合うことは忌諱されるんだって?」

「昔からの風習らしいよ。呪術を避ける為にそうしていたらしい」

「そりゃまあ随分と時代錯誤なこって。呪いより恐ろしい銃ができたってのに」

「銃の威力は絶大だね。普及されたら戦争の形も変わるって言われてるくらいだよ」

「ふうん。ま、アタシには興味のない話。戦争なんて騎士様の道楽で十分」

 ズザンネらしい的を射た意見だ。

「仮に、仮にの話よ。アリーセって子が貴族の娘だとして、そんな子が進学校とは言え、うちみたいな庶民の学校に通うなんて考えられないわ。貴族は家庭教師でしょ」

「それはそうだね。でも、アリーセはうちの生徒じゃないよ」

「エドゥアルト。アンタさ、なに言ってんの。しっかりしてよ」

 ズザンネが呆れた声を出した。

「オティーリエのバカが伝染しちゃったの」

「また酷い言い方だね」

「冗談じゃないのよ。あの子はうちの制服着てたでしょ」

「制服を着ていても生徒だとは限らない」

 エドの意図が解らず、ズザンネが首を捻った。

「彼女の制服の着方だよ。昨日は暑かった。クラスでも、みんな上着を脱いで過ごしてた。それなのに彼女は上着をきちっと着ていた。それにスカートもね」

「丈が長かったってこと?」

 スカートをスタンダードなスネ丈で着ている生徒は殆どいない。ズザンネのスカートは膝下ギリギリ。オッティはそれより十センチは短い。

「それも珍しいけど。そうじゃないんだ。上着とスカートにしわが出来てなかった」

 その指摘にズザンネが目を大きくした。

「上着を脱いで置いておけば、どうしてもしわが寄る。椅子に座って授業を受けたら、スカートやズボンにしわが出来る。それがなかったということは、授業を受けていないということになるよね」

「そう言われるとそうね」

「それだけじゃないよ。彼女が最初に言ってたよね。校門にあった貼り紙を見てきたって。校舎の中じゃなく、門の貼り紙を最初に見たということは……」

「学校の中でなく、学校の外にいたってことね」

 ズザンネが感嘆の息をついた。

「さっすがエドゥアルト。呆れるわ。まるで物語の探偵ね」

 こぼれた言葉に、エドが力ない笑みを浮かべる。

「ごめん。変なこと言っちゃった?」

「いや、そうじゃないんだよ。なんか、そう言われるのって、あまり嬉しくないから」

「一応褒めたつもりなんだけど」

「探偵とか、そういうの好きじゃないんだ」

 ズザンネにとっては意外な告白だった。

「いつも名探偵少女に振り回されてるだろ。お陰で、すっかり苦手意識がついちゃって」

「なるほど。それは納得ね」

「ははは、そんなに納得されても困るんだけど」

 エドがサンドウィッチを食べ終え、もたれていた壁から背中を離した。

「そろそろ支度しないと、学校に遅れちゃうよ」

「そうね」

 残った一口を頬張ると、ズザンネが制服についたパンの粉を払う。

「とりあえず、アリーセって子が何者か、ちょっと調べてみるわ」

「うん、頼むよ。ズザンネはそういうのが得意だからね」

「旺盛な好奇心は夢見る乙女の特性よ。じゃ、今日は先に行っとくわ。また学校でね」

「じゃあ、後で」

 互いに手を振り合って別れると、エドは家に、ズザンネは学校に向かった。


                    * * *


「改めて紹介するわ。我がミステリィ研究会の新しい仲間、アリーセ=フェルステよ」

 放課後の部室でオッティが声を上げた。

「あの、アリーセ=フェルステです。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げるアリーセに、オッティ達三人が拍手で応える。

「まだ正式な部員じゃないけど、いくいくはウチの部員にって考えてるから。そう言えば、アリーセは何年だっけ?」

「ほぇ? あぁ! えっと皆さんと同じです」

「あ、二年なんだ。じゃあ、みんな気を遣わなくていいよね」

 笑顔満面で告げるオッティ。

 そんな天真爛漫な様子にズザンネは小さく溜息をこぼす。

「なんでこんなに間抜けなんだろ、この子。エドゥアルトとは大違いね」

「ズザンネ、ぶつぶつ言わない。今日はアリーセの歓迎会、楽しくいかないとね」

「歓迎会はいいとして。このチョイスはなに?」

 机に敷かれたテーブルクロス。その上に置かれた皿に並ぶのは、一口サイズに切られたチーズとビーフジャーキー。それにベーコンとハムだ。 

「お菓子とか、もうちょっと可愛い物を準備しなさいよ」

「しょうがないじゃん。私の家ってさ、こういうのしか売ってないんだもん」

「勝手に売り物を持ち出すのは良くないと思うけどな」

「いいの。今度の休みに手伝いしてチャラにするから。もちろん、エドも手伝うのよ」

「僕も、なんだ」

「あったり前でしょ」

「オッティさんの家は商売をしていらっしゃるんですか?」

「うん。お酒を売ってるんだよ。と、言うことで家から高いワインを盗んできました」

「ワインってアンタ!」

 ズザンネが思わず椅子を蹴った。エドは唖然として言葉も出ない。

「学校でワインなんて、絶対不味いわよ!」

「不味くないよ。高いワインだもん。きっと美味しいよ」

「アンタ、バカじゃないの! バカでしょ! バカよね!」

「なんで三回も言うのよ! バカって言われる方がバカなんだからね!」

「オッティ、僕も学校でワインはダメだと思うよ。校内での飲酒は校則違反だし。バレたら大目玉。下手をすれば停学だよ」

「既存のルールを打ち破るのが探偵ってもんでしょ」

「ただの校則破りじゃないの!」

 いつものように、きゃんきゃんとじゃれ合い始める。そんな二人を楽しそうに見ながらアリーセがワインのボトルを手に取った。

「あ、ドレシャーの十五年もの。とても良いワインですね。この年はブドウが豊作で、とてもワインの美味しい年になったんです。中でもドレシャーは秀逸、ワイン好きの方には、ドレシャーの十五年ものが最高という意見もあるんですよ」

 みんなの視線が集まっているのに気付いて、アリーセの頬が一気に赤く染まった。

「あの、ごめんなさい。つい、その」

「アリーセってワインに詳しいんだね。びっくりしたよ」

「その、親の仕事の関係でワインを扱うことが多くて、少し詳しくなったんです」

「じゃあ、私と似たようなもんだね」

「アンタは値段しか見ないでしょ。酒屋の娘のくせに」

「値段が大事なんだって。実際さ、味なんて変わりゃしないんだから。値段見てさ、高いな、美味しいなって飲むもんなの」

「オッティがそれを言っちゃダメなんじゃないかな。商売的に」

「いいのいいの。で、このワインだけど、なんと四万クローネもするんだよね」

 オッティの一言に、エドとズザンネが言葉を失う。

 無理もない。学生の彼らにとって四万クローネはかなりの大金だ。エドが朝食に食べているベーコンサンドが百クローネ。学食のランチが三百クローネ。いわゆる高級店でのディナーにしても、一万クローネくらいだ。

「そんな高いの持ち出したらダメだよ。絶対に怒られるよ」

「大丈夫だって。こんな高いの全然売れないから、倉庫に嫌ってほど転がってるもん」

「また、そんなこと言って」

「値段の分はちゃんと働いて返すから。私とエドで」

「四万クローネか。これはかなり頑張らないとダメだよね」

「エドゥアルト、こんな時は怒ってもいいのよ」

 ズザンネは呆れ顔で一応のアドバイスする。

「まあ、余談はこれくらいにして飲もうよ。エド、カップを取って」

 エドが本壇の下に置かれた収納箱から三色のマグカップを取り出す。赤がオッティ、エドが青、ズザンネが黄色だ。

「はい、プレゼントっていうにはアレだけど。これがアリーセのカップね。飲み終わったら自分で洗うのがルールよ」

 説明しながら、緑のカップを手渡す。

「ありがとうございます」

「じゃあ、注いでいくよ」

 ワインを開けると、大胆なオッティらしく並々と注いでいく。

「こんな高いワインをマグカップで飲むなんて、すっごく罰当たりな気分よ」

 ズザンネが嘆息する。

「その罰は、週末から僕に当たるんだけどね」

「自業自得とは言え、ちょっとだけ同情するわ」

「自業自得、なんだ」

「そうよ。少しくらいは自覚持った方がいいんじゃない?」

「はいはい。無駄話はそれくらいにして。乾杯するよ。私達の新しい仲間、アリーセ=フェルステに乾杯!」

 オッティの音頭で四つのカップを合わせる。こうしてささやかな酒宴が始まった。

 チーズとジャーキー、それに他愛ない雑談を肴に高級ワインを飲む。学生にしてはあまりに贅沢な時間が、小一時間過ぎた頃だった。

「オッティさん、ミステリィ研究会って、どんなことをする集まりなんですか?」

「ふえぁ?」

 唐突なアリーセの質問に、オッティが間抜けな声を上げた。

 やや顔色が良くなった程度のアリーセに比べ、オッティは首まで朱に染まっている。

「そんなの簡単よ。名探偵の私が世界の謎を解き明かしていくの」

 そう答えるとカップの中をぐぐっと飲み干し、けたけたと笑う。

「いい? アリーセ。この世界は色んな謎で満ちているの。古代王国の秘宝。悪の秘密結社。冒険を夢見る美しい令嬢。そして、勇気と知恵を武器にどんな苦難も超えていく名探偵。私はね、私は……」

 言葉を止めて、泣きそうな表情になった。

「オッティさん?」

 急な転調にアリーセが首を傾げる。

「オッティ、飲みすぎだよ。お酒弱いんだからさ」

「解ってるわよ! 私は名探偵になる! 絶対になるんだから!」

「夢なのよ、オティーリエの。探偵になるってのが。コイツさ、どうしょうもないバカだけど、夢を追うその姿勢だけはいいなって思ってんの」

 気だるそうな目で、ズザンネが補足する。

「だから、アタシも放っておけないってわけ。まったく下らない話よね。アタシってバッカじゃないの」

 言いながら大きな欠伸を一つ。

「むぅぅ、おかしい。なんかいつもより酔いが回るんだけど」

「あはは、私なんかさ、世界が回ってるよ。くるくるぅってさ」

 二人の言葉にエドが瓶を手に取った。そのラベルを見て、小さく驚きを漏らす。

「解った。度数だよ。普段飲んでいるテーブルワインよりも遥かに強いんだ」

「ドレシャーは度数の高いワインですから。みなさん、ご存知なかったんですか?」

「もっと気にしておくべきだったな。少なくともオッティに飲ませるんじゃなかったよ」

「エド、後悔は足腰立たずってやつだね。あはは」

 大声でひとしきり笑った後、いきなりテーブルに突っ伏し動かなくなるオッティ。

「アタシも少し休むわ。このバッカのせいで、いっつも酷い目に遭うのよね」

 そう告げると鞄を引き寄せて頭を置いた。僅か数秒で穏やかな寝息に変わる。

「アリーセはお酒強いんだね」

「小さい頃から飲み慣れていますから」

「パーティで、かな?」

「はい。月に二、三回はあるんです。だから自然と強くなっちゃうんです」

「ふうん、そうなんだ」

「結局、ミステリィ研究会って何をする集まりなんですか?」

「表向きにはミステリィ作品を読んで評価したり、自分達で物語りを作ることになってるんだけど。実際は雑談したり、探偵の真似事をして遊ぶクラブかな」

「うふ、なんか不思議なクラブですね」

「文科系クラブの半分は、集まって気楽に楽しむのが目的だから」

「素敵だと思います。そういうの。ずっと憧れてましたから」

「その評価は過剰過ぎる気がするね。なにしろ、こんなだから」

 殺風景な狭い部屋に、酔い潰れた少女が二人。誰がどう見ても「素敵」という単語には縁遠い。

「うふふ、そうかも知れないですね」

 エドの冗談に笑みを浮かべる。曇りのない綺麗な表情。

 アリーセは、すっかり打ち解けたようだ。そういう意味ではこのささやかな酒宴は無駄ではなかっただろう。

「ただ、後片付けがね」

 ズザンネとオッティ。この二人を家に送り届けるのは、かなり骨が折れそうだ。





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