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【1】

 

 まだ早朝。太陽は低い位置にある。にもかかわらず、強い日差しを撒き散らしていた。季節は春よりも夏に近づきつつある。

 タッタッタッタ。石畳の上を足音が駆けていく。

 ここは大陸の中央。東部を山脈で護られ、北部を鬱蒼とした木々に満たされた国『カルディア』。その第三の都市『オルデンベルク』。

 タッタッタッタ。足音はリズミカルに跳ねる。

 カルディア王国は百年の歴史を持つ。王を頂点とした有力な貴族達による封建国家だ。武芸に秀でた騎士や士気の高い傭兵を多く抱え、大国のひとつと数えられる。

 タッタッタタッタタッ。足音が厚みを増した。駆け足からスピードを上げたのだ。

 音の前を走っていた猫が、ちらりと振り返る。他の猫より一回り大きな体躯に、長くもふもふした体毛の白猫だった。飼い猫なのだろう。細かな細工が施されたシルバーの首輪をつけている。

「大人しく捕まりなさいってば!」

 声が上がる。足音の主、猫を追っていたのは一人の少女。

 健康的な小麦色の肌に、赤毛のショートカット。細身で凹凸の少ない、少年のような身体つきをしている。彼女の着ているのは水色のブレザーとスカート。名門『王立カルディアハイスクール』の制服だ。

「私から、この名探偵オティーリエ=ヴァイカートから逃げ切れるはずないんだから!」

 そう宣言するとスパートを掛けた。膝上丈のスカートが大きく揺れる。

 彼女、オッティと猫が走っているのは、八メートルのゆったりした道。西の住宅エリアからハイスクールまで伸びる大通りだ。通学のピーク前という事もあり、歩いている生徒は少ない。

 道の先では一人の少年がぼんやりと空を眺めていた。大きな青い瞳が印象的な穏やかそうな少年である。

「もうすぐ夏か。あんまり得意じゃないんだよね」

 誰にでもなくこぼす。身につけているブレザー、オッティと同じカルディアハイスクールの物だ。

「エド! 挟み撃ち!」

 オッティの言葉に、エドゥアルト=フィッツァウは目を向けた。

 必死の形相で逃げている猫に、それを実に嬉しそうな表情で追っているオッティが見える。

「エド! 逃がさないでよ!」

「大丈夫だよ、オッティ。任せて」

 気楽に応えると、両手を広げて猫の前に立ち塞がった。

「ここまでだよ。さあ、家に帰ろうね」

 笑顔で優しく告げるが、猫は人語を解する脳を持ち合わせていない。急ブレーキで踏み止まると、油断なくエドをねめ上げる。

「大丈夫、僕は敵じゃないから。安心して」

 その優しい声色に警戒が緩みかけた時だった。

「よぉし! そのまま一気に捕縛だよ!」

 後ろからの叫びに、びくんと身体を震わせた。そのまま野生の本能で逃亡に入る。

「あ、待って」

 逃がすまいとするエドを、左右のステップで巧みにかく乱。体勢を崩した彼の股下を一気に駆け抜けた。

「しまった」

 すり抜けるところを慌てて捕らえようとするが、その手は虚しく空を切ってしまう。

「なにやってんのよ! もう!」

「あ、ごめ」

 一喝に視線を戻したエドの顔が強張った。

 距離があまりに近かったからだ。しかも、追うのに夢中だった彼女は速度を緩めていない。

「待って!」

「どいて!」

 オッティとしてはエドが直ぐに道を開けると思っていた。エドとしてはオッティが止まると思っていた。そんな僅かな行き違いが二人の反応を遅れさせたのは、仕方のない事だろう。

 結果、勢いをそのままに、オッティとエドはもつれ合って転がる羽目になった。

「あいたたた」

 痛みに声が揃う。

 二人は抱き合う形で地面に倒れていた。エドを下に、オッティを上に、である。

「ごめん、オッティ」

「わ、私の方こそ、その、け、怪我とかしなかった?」

 普段よりも近い距離。オッティの頬が微かに朱に染まる。

「僕は平気だよ。オッティこそ大丈夫?」

「う、うん。私は丈夫だから」

「それなら良かったよ」

 青い瞳を細めるエドに、オッティの顔はますます上気する。

「ちょっとお二人さん、朝っぱらから何してんの。ここさ、一応通学路なのよ」

 呆れを多分に含んだ一言が飛び込んできた。

「オティーリエ、アンタ、後ろからパンツが丸見えよ」

 淡い空気を全て吹き飛ばす強烈な指摘に、オッティは慌てて立ち上がる。

「エドがぼけっとしてるからでしょ! まったく猫は逃がしちゃうし。最低の朝よ!」

 耳まで真っ赤にして、今更な不満を口にする。そんなオッティに声を掛けた少女は盛大な溜息を一つ。

 彼女はズザンネ=シュパング。平均的な身長のオッティより頭一つ小さい。小柄な部類だ。ダークグリーンの髪をシングルテールにまとめ、やや度の強いメタルフレームの眼鏡を掛けている。

「ハイスクールの二年にもなって、朝から猫遊び? いいご身分よね。エドゥアルトもよく付き合うわ。バッカじゃないの。一回、頭の中を大掃除してみたら?」

 悪態ズザンネ。彼女の不名誉なあだ名に相応しい言葉を添えつつ、小さな手をエドに差し出して助け起こす。

「ありがとう。それと、おはよう」

「はいはい、おはよ。にしても、朝から粗忽娘に押し倒されるなんて酷い目にあったわね。まったくアタシが駆けつけなかったら、アンタの貞操がどうなってたか」

「ズザンネ! 変な言い方しないでよ! エドも! へらへら笑ってないで!」

「相変わらず無駄に元気ね。脳の回線が壊れてんじゃないの」

 石畳を乱暴に踏みながら声を上げるオッティ。

 そんな彼女をまったく気にする様子のないズザンネ。

 この距離感は、ジュニアスクールから続く腐れ縁ならではだろう。

「まあまあ二人とも。とりあえず、学校に向かおうか」

「ちぇっ、今日こそは絶対に捕まえられると思ったのにな。でも、名探偵オティーリエ=ヴァイカートは絶対に諦めないからね。次に会った時が最後だよ」

「名探偵っていうより、どこぞの三流悪党ね」

 びしっと中空を指差すオッティに、ズザンネの溜息が重なった。


                    * * *


 王立カルディアハイスクール。

 王国と共に歩んできた歴史と伝統に彩られた学校だ。全校生徒は五千人。進学校にカテゴライズされるが、校風は非常に穏やか。生徒個人の自主性を尊重するスタイルを取っている。

 この学校の特徴の一つが、盛んなクラブ活動だ。百を越えるクラブが存在し、放課後になるとそれぞれが活動を開始する。

 校舎と隣接する敷地にある文化部棟。四階、一番奥の部屋がミステリィ研究会である。

「今日の失敗は明日の成功に繋げないと意味がないわ。エド、解ってる?」

「その通りだね」

 立ち上がって宣言するオッティに、エドが頷く。

 狭い室内はコンクリートがむき出しの無愛想な空間。部屋の中央に会議テーブルと椅子が三脚。壁際には推理小説や探偵漫画の並ぶ本棚が立っている。

「その為には脚力強化と反射神経の向上が必要と思うわけ」

「そうかな。もうちょっとプランを練って……」

「必要と思うわけ! エドもそう思うでしょ!」

「う、うん」

 オッティの勢いに押され、頷いてしまう。

「うるさいわね。廊下まで響いてたわよ。その品のない声が」

 金属製の重いドアを開けて室内に入ってきたのはズザンネである。

「あ、品がないっていうか下品な声ね」

 余計な一言を忘れない。それが彼女の信条だ。

「明日はズザンネも参加してよ」

「お断り。朝っぱらから猫を追い掛け回すなんて、くっだらないにもほどがあるわ」

「アンタもミステリィ研究会の一員でしょ。協力する義務があるの」

 腰に手を当てて主張するオッティに、ズザンネは大きく溜息をついた。

「いい? オティーリエ。アタシはね、このくっだらないクラブの存続の為に名前を貸してあげてるだけ。それ以上の協力をする気なんてないわ」

 クラブの存続には最低三人の部員が必要となる。ミステリィ研究会に所属しているのは、エドとオッティ、それにズザンネの三人。一人でも欠けたら廃部は確定だ。

「まあまあ、二人とも。それくらいにしておこうよ」

 タイミングを見計らってエドが声を掛ける。

「そうね。つまんない口論してても時間の無駄だし」

 さっさと矛を収めるとズザンネが椅子に座る。仕方なくオッティも腰を下ろした。

 上座にオッティ、その右にズザンネ。オッティの左側、ズザンネの対面にエド。これが定位置だ。

「で、脚力の強化と反射神経の特訓なんだけど……」

「その前に、面白いニュースを持ってきてあげたわよ」

 ズザンネが心地良いくらい見事に腰を折った。

「む。なによ。ニュースって」

「行方不明になってたペテレイト侯爵の猫ね。無事に保護されたらしいわよ」

 ペテレイト侯爵。卓越した内政力でこの地を治める貴族である。彼の政治はシンプル。税率を限界まで低く設定し、庶民の活力を高め消費を促す。一方、私財を惜しみなく公共事業に注ぎ込み産業を育成する。この方針により、田舎町であったオルデンベルクは王国第三の都市まで成長した。

 そんな彼だが私生活では恵まれず、妻とは二十年以上前に死別。再婚の噂もない。先日、家族のように可愛がっていた猫が逃げ出したという事で懸賞金が掛かっていた。

「またデビューが遠のいちゃったわね。名探偵さん」

 ズザンネが目を細める。実に嬉しそうな、実に彼女らしい表情だ。

「また次のチャンスがあるよ、オッティ」

「そのチャンスも逃すことになると思うけどね」

 意地悪満開のズザンネに、オッティは不敵な笑みを浮かべた。

「いいのいいの。迷子の猫探しなんて名探偵の仕事じゃないから。名探偵は大事件を解決して、鮮烈なデビューを飾るもんなのよ」

「そうかもしれないね」

「エドゥアルト、アンタがそうやって甘やかすから、おバカが悪化するのよ」

「おバカとか言うな!」

「言われたくなきゃ、言われないようにしなさいよ。このおバカ」

「まあまあ、二人ともそのくらいで。でも、これでしばらくはまた暇になるね」

「甘い。甘いわ、エド。眼球に砂糖を擦り込むくらい甘いわよ」

「アンタの比喩センスが不明過ぎんだけど?」

「なんとでも言えばいいわ。もうすぐ、もうすぐよ。依頼人がやってくるの。この名探偵、オティーリエ=ヴァイカートを頼ってね」

 目をキラキラと輝かせるオッティ。

「バッカじゃないの。くっだらない妄想しちゃって」

「ふふん。私にはちゃんと策があるのよ」

「あ、そういうこと」

 得意気なオッティに、ズザンネが妙に納得した様子を見せる。

「これがバカの考え休むに似たりってことなのね」

「どういう意味よ!」

「じゃあなに? すぐにこのドアを開けて依頼人がやってくるとでも? そんなことがあったら逆立ちして、グラウンドを三週してあげるわよ」

「ズザンネ、そんな言い方しなくても」

「聞いたわよ、ズザンネ。女に二言はないわよね」

「もちろんよ。あ、でもアンタにペナルティは要らないわ。だって、依頼人なんて来るはずないんだから」

「なによ! この眼鏡!」

「なにさ! この赤毛!」

 双方が椅子を蹴って、低レベルな悪口をぶつけ合う。

「二人とも止めなよ」

 うんざりしつつも仲裁役に立とうとしたエドだったが、ドンドンとドアを叩く音に遮られた。

 三人の動きが一瞬止まる。無理もない。この部室に来客なんて、今までなかった事だ。

「ほら来た。言ったでしょ」

「そんなのありえないわ」

「逆立ちだったわよね。可愛いパンツに履き換えてくるくらいは待ってあげるわ」

 彼女の夢、名探偵とは対照的な悪役然とした表情になるオッティ。一方のズザンネは珍しく顔色を失くし、憎々しげに唇を噛む。

「オッティ、つまらない話はそれくらいにしておきなよ」

 その残すとエドはドアに向かう。再びのノックに返事をしながら開けた。

「ハンナ先生」

 そこに立っていたのは、ミステリィ研究会の顧問であり、三人の担任でもある新米教師のハンナ=リオッテだった。

 ハンナはストレートのブラウンヘアーに、丸い輪郭の女性だ。控え目な鼻と目尻の下がった大きな瞳が、どことなく頼りない雰囲気を漂わせている。

「オティーリエさん、まだいる?」

「あ、先生! ここにいるよ!」

「オティーリエさん、この張り紙なんだけど」

 手にしていた紙を上げた。

「先生、ちょっと見せてください」

「エドゥアルトくんは知らなかったのね。はい」

 見た瞬間に固まるエド。横から覗き込んだズザンネも、同じく動きを止めた。

「どんな難事件もたちまち解決。お困り事はミステリィ研究会オティーリエ=ヴァイカートへ。殺人事件の捜査から大怪盗の捕縛まで、お手軽料金で見事に解決してみせます」

 呆然としたまま、赤く扇情的な文字をエドが読み上げた。右上がりの特徴的な筆跡は間違いなくオッティの物だ。

「なにこれ?」

「エド、これからの時代は広告よ。今日の授業中に先生達の目を盗んで書き上げたの。全部で五十枚も。凄いでしょ」

 得意気に告げるオッティに、エドはどう反応すべきか困る。

「バッカじゃないの。この短い文句に解決って単語が二回も入ってる。そもそも捜査と捕縛を解決するって変でしょ」

「そこが問題じゃない気がするんだけど」

 どこがずれたズザンネの指摘にエドが苦笑を見せる。

「そうよ。授業中はちゃんと先生の話を聞きなさい。先生が学生の頃はね……」

「ハンナ先生も。そこが問題じゃないですよね」

 エドの指摘にハンナがはっと息を飲んだ。

「そうだったわ。授業中に書いていたのが問題じゃなくて、いや問題なんだけど」

「この広告を持ってきたってことは、依頼があるってことですよね」

 瞳をキラキラさせて、尋ねるオッティ。

「いや、あのね、そうじゃなくて……」

「どんな事件もお任せください! この名探偵オティーリエ=ヴァイカートが見事に解決してみせます!」

「え? 違うのよ。あの、あのね。この張り紙が……」

「エド! 支度して! いよいよ私の出番が来たわ! 世界が、この名探偵オティーリエ=ヴァイカートを必要としているのよ!」

 椅子を蹴ってオッティが声高に宣言した。


                    * * *


「エドゥアルト、いいこと教えてあげるわ」

 切り出したズザンネに、二歩前を歩いていたエドが振り向く。

「世の中には二種類のバカがいるの。積極的に行動して迷惑を掛けるバカと、それを甘やかして迷惑を広げるバカ」

 相変わらずの悪態ぶりに、エドは苦笑を浮かべつつも反論する。

「それだけじゃ足りないね。もう一種類、巻き込まれるバカってのもいるよ」

「ふうん。上手いこと言うわね。オティーリエ、アンタはどう思う?」

 にぃっと歯を見せると、エドの更に三歩前を歩いていたオッティに問い掛ける。

 三人は部室を出て、校舎に向かっていた。部室棟と校舎は隣接した敷地にあるが、煉瓦の壁で区切られており、門を出て行き来する必要があるのだ。

「オティーリエ、聞いてる?」

「なによ。うるさいわね。私は機嫌が悪いの」

「あら、奇遇ね。アタシもすっごく不機嫌なのよ。どうしてか解る?」

「私のせいって言いたいんでしょ」

「そう、アンタのせいよ。自覚があっただけでも安心したわ」

「別に手伝ってくれなんて言ってないでしょ!」

 ぶっと頬を膨らますと、歩調を速める。

 ハンナの持ってきた話はオッティを落胆させる物だった。

 校内のあちこちに貼られたオッティの張り紙が、教師達の間で問題になったらしい。

「私は夢があっていいと思うんだけど。ほら、学校は勉強する場所でしょ。だから、あんまり似つかわしくないかなって結論になって。その、ね」

 気遣いながらそう言うハンナに、結局張り紙の撤去を申し出るしかなかった。

 こうしてオッティの画期的な広告作戦は失敗。三人で撤去しに行く事になったのだが。

「お生憎様。アタシは手伝う気なんて、これっぽっちもないわ。アタシはエドゥアルトを助けてあげるだけ。ったく、アンタの暴走にいっつも振り回されてさ」

「まあまあ、こういうのもたまにはいいと思うから」

「エドゥアルト。ぶっちゃけさ、アンタにも責任あんのよ。アンタが甘やかすからオティーリエが暴走するの。解ってる?」

「ごめん」

 素直に頭を下げるエドに、ズザンネが溜息をこぼす。

「まあ、いいわ。今に始まったことでもないし。オティーリエ、後でお茶くらい奢ってくれるわよね」

「解ったわよ。奢ればいいんでしょ、奢れば!」

 石畳の床を強く踏み鳴らすと、足を止めて振り返った。

「それだけじゃないでしょ、オティーリエ。言わなきゃいけないことがあんじゃない?」

 ズザンネが一歩詰め寄る。

「ごめん。悪かった、と思ってるわよ」

 普段にないきつい口調に後押しされて、オッティはようやくにして言えずにいた台詞を口にできた。

「ううん。僕は全然気にしてないから」

 エドの優しい笑みに、なんとなく恥ずかしくなって視線を逃がす。

「でも、私だけの責任じゃないわ。エドのせいでもあるの」

「え? 僕の? なんで?」

「エドがいつもボケっとしてるから、私が苦労することになるのよ。今日のことだって半分は、ううん、八割はエドのせいなんだから!」

 ありえない理論と凄まじい飛び火に、エドは助けを求めてズザンネを見た。

「そういうのは、アタシの管轄外。当事者同士で適当に落しどころを見つけたら?」

 もちろん、ズザンネは彼女らしい結論を返す。

「ま、美味しいお茶とケーキが待っているんだから、さっさと片付けちゃお。オティーリエ、どこに貼ったか覚えてないんでしょ」

「適当に貼ったから正確にはね。でも、数は全部で五十枚よ」

「じゃあ、三人で手分けした方が早そうだね。一時間後に校門前に集合でいいかな?」

 エドの妥当な提案にオッティとズザンネが首肯し、駆け出そうとした時だった。

「あの、すいません。オティーリエ=ヴァイカートさんですか?」

 遠慮がちな、か細い声が届いた。

 三人が反射的に目を向ける。立っていたのは一人の女生徒。

 ふわりと広がるハチミツ色の長い髪に、陶器を思わせる艶やかな白い肌。潤みのある大きな瞳は深いグリーン。鼻は上品で形良く、薄桃色の唇は小ぶりで愛らしい。

 エドはもちろん、同性のオッティやズザンネですら、見とれてしまうほどの美少女だ。

 シャツのボタンは一番上まで留め、スカートの丈も校則通り膝下十センチ。ブレザーの上着も崩すことなく着ており、真面目で清楚という言葉がピッタリだ。

「ごめんなさい。人違い、でした?」

 反応しない三人に少女の顔が曇る。

「あ、ううん。私がオティーリエだけど」

 焦点のぼやけた様子で答えつつ、少女が自分の書いた貼り紙を手にしているのに気付いた。

「その貼り紙……」

「これ、校門に貼られていたんです」

「アンタ、そんなとこにまで貼ってたの? バッカじゃないの?」

「ズザンネは黙ってて。で、それを見て、私を探してたってことは?」

「あの、実はお願いしたいことがあって」

 三人が揃って絶句。

 その反応に慌てたのは少女の方だった。

「い、いきなりお願いとかダメ、なんですよね。その、そう、私、ちょっと前に、この街に越してきたばかりで。なんていうか、まだ慣れてなくて。だから、ごめんなさい。この話は忘れてください」

 早口でそう告げると背中を向けて走り去ろうとする。

「あ、待って」

 オッティが咄嗟に手を掴んで引き止めた。

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから。依頼は大歓迎よ」

「本当ですか?」

「もちろん! どんな難事件も、このオティーリエ=ヴァイカートが見事に解決してあげるわ、わわわっ」

 まだ膨らみの薄い胸を張って見得を切ろうとしたオッティを、横からズザンネが押し退けた。

「アンタ、バッカじゃないの。このオティーリエに任せたら酷いことになるのよ」

「邪魔しないでよ、ズザンネ。っていうか、どういう意味よ、それ」

「アンタの脳はスポンジ? そのくらいのこと、わっざわざ説明しないと解んない?」

 いつものように顔を突き合わせて尖った言葉をぶつけ合う二人。

「ちょっと止めなよ。二人とも」

「あの! 待ってください!」

 これまた、いつものように仲裁に入ろうとしたエドだったが、少女の大きな声に遮られた。

「あの! あの! さっきのバカって私のことですか!」

 頬が薄桃色に染まっていた。かなり興奮しているようだ。

「そうなんですね!」

「ごめん。なんていうか言葉の綾っていうか、勢いでさ」

「嬉しい! 私、嬉しいです!」

「はぁ?」

「私、バカなんて言われたことなかったから。すっごく嬉しくて」

「そ、そう良かったわね」

 目をキラキラさせて感激を表す少女に、流石のズザンネも当惑するばかりだ。

「えっと、まだ名前聞いてなかったよね」

 きゃっきゃと喜んでいる少女に、オッティが尋ねた。

「わ、私の名前、ですか?」

 その質問に少女の声が不自然に跳ね上がる。

「あの、私の名前は、その、えっと、アリーセ。そう、アリーセ=フェルステです」

 目を泳がせながら、たどたどしく答える少女。

 その余りに不自然な仕草に、エドとズザンネは怪訝そうに視線を交わす。だが、オッティは一向に気にせず、満開の笑顔を見せた。

「アリーセね。これからよろしく!」

「はい。よろしくお願いします。オティーリエ=ヴァイカートさん」

「私のことはオッティでいいから」

「あ、はい。オッティさん」

「ついでに紹介しとくね。こっちの小さいのがズザンネで、隣の頼りないのがエド」

「あ、よろしくお願いします。アリーセ=フェルステです」

 深々と頭を下げるアリーセに、慌てて二人も礼を返す。

「二人とも私のアシスタントなの」

「いつ、アタシがアンタのアシスタントになったのよ。ふっざけんじゃないわよ」

「で、アリーセ。依頼って?」

 吠えるズザンネを完全無視して、オッティは話を進める。

「あの、実は友達を探して欲しいんです!」


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